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55.その言葉だけは
これは8月16日のムサシの記録である。
その日、ムサシにイセの訃報が届いた。
『よく聞けよ負け犬の遠吠えを!!これが我らが栄光ある玉砕ぞ!!』
天に吠えるような、勇ましいイセの声とともに、その死は伝えられた。
添えられた追悼の言葉、戦士としての鼓舞の言葉をムサシの脳は拒絶した。
花があれば、花に触れる手があれば、花を手向ける権利があれば。貴女の死に手向けの一つでも捧げることができたのだろうか。弔砲でも撃つことができれば、この気持ちは伝えられるのだろうか。そんなことを鬱々とムサシは考えていた。
「……やはり嘘しか言わなかったな、貴女は」
死に際の声を聞かせてやりたかったのだろう。こんな言葉しか、届けてはくれないのだろう。
一夜の過ち。もしもあのとき、間違えていれば。
「……嘘つき」
海の底に、独り言だけが落ちた。




