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54.イセの嘘 後編

 8月15日12時25分。気流制御を完了させたイセは、歌方真矢の家へと照準を合わせた。

 度重なる警告の無視。アタゴからも応答なし。よって、殺処分が決まった次第である。どちらか一頭でも取り逃がしてはならない。真矢への攻撃でアタゴをおびき出せ、というのが司令部からの命令であった。

「……大人しく死んでくれな、マヤちゃん」


 12時30分。合図とともにイセは落雷させた。

 案の定、アタゴは姿を現した。すぐさまイカヅチが発砲したが、これも防がれてしまう。

 そして、作戦通り、予定通り真矢はアタゴへと乗った。

 この状態でまとめて仕留めるのが、一番首尾がいい。正面からはイセが、背後からはトネが照準を合わせなおした。このとき、想定外の事態が起こった。

 

「【返せないなら死んでよ!!死ねよ、みんな死んで!!!】」


 真矢が、軍徒として覚醒してしまったのである。

 可能性はゼロではなかった。だが、もし覚醒したとしてもその能力に認識が追い付かず、性能を十分に発揮することはできないだろうというのが司令部の判断であった。

 しかし、マヤはそんな予測を易々と突破した。覚醒と同時に突破型能力上限解放(リベラゼーション)を実行し、その頭上に赤いヘイローを出現させたのである。


 イセは撤退指示を出そうとした。だが、もう既に手遅れであった。

 ヤカゼは、軍用機の前に飛び出して。アカツキはイナズマと喉笛を嚙み合って。オオナミはタカナミを地面に叩きつけた。トネはその砲身を自分の胸に当て、引き金を引いた。

「……座標、および時間指定なし。対象不明。敵性可能性あり。よって、命令を拒否」

 傷ついていく仲間たちを見下ろしながら、イセは自分に言い聞かせるように言った。コールメイデン対策としての、拒否権。それを与えられているのが自分だけであることが、イセにとっては業のように思えた。

 

 ただ、トネたちもただ操られ狂っているわけではなかった。わずかに残った意識でマヤの声を記録し、かき集めて分析データを紡いでいた。

「長官。あとは、頼みます」

 イセはイカヅチからデータを受け取った。そして、アタゴのミサイルに射抜かれてイカヅチは爆ぜた。


 とうとう最後の一頭となったイセは、アタゴを……マヤを睨んだ。

「まあ随分と、好き勝手言うてくれたな、嬢ちゃん」

 何としてもここで撃ち落とさなければ。イセは雷の攻撃をさらに激しく乱舞させた。

 それに対し、マヤはたった一言だけ反撃した。


「【現時刻、現座標をもって自沈しろ、イセ】」


 あまりにも的確で、冷徹な命令であった。

 ……マヤの軍徒としての本能。設定された命令構文。それはマヤの意図しないところで、明確に起動していたのである。





『……了』

 ここまで言われてしまっては、イセの嘘も詭弁も役に立たなかった。

 イセは、自分の体が命令に屈したのを感じた。そこには、深い屈辱と怒りがあった。

「超弩級戦艦級に死ね言うのはな、こういうことや。覚えとき、嬢ちゃん」

 イセは獰猛に、狂ったように笑う。イカヅチから受け取ったデータは、イセに下された命令のデータも上乗せされて、投げ捨てるように司令部へと送信されていた。


「敵国に粛清を!祖国に鉄血の義を!能力上限解放(アンロック)!!」

 自沈せよ、という命令を拡大解釈し能力上限解放(アンロック)を実行するイセ。その頭上には青白いヘイローが展開され、見る間に黒い亀裂が走っていく。激痛とともに亀裂の黒はヘイロー全体を浸蝕し。エネルギー制御回路は暴走状態へと移行した。

「全部吹っ飛ばしたるわ……よーく見とき。これが三十六ルインの威力や」

 イセの周囲に激しい乱気流が発生し、コンクリートや鉄筋を巻き込んで凶悪な竜巻へと変貌していく。その鱗は雷を帯びて爛爛と輝き、その熱に体のあちこちから焦げるような匂いが生じていた。


 司令部からは中止命令が発せられていた。しかしマヤの強制力がそれを上回っていた。


『よく聞けよ負け犬の遠吠えを!!これが我らが栄光ある玉砕ぞ!!』

 声高に吠えるイセ。超弩級戦艦級としての、最後で最大の嘘であった。

 咆哮に呼応して、エネルギーの暴走はさらに加速し辺り一帯は真っ白な光に包まれた。




「ごめんな、ムサシ君。お先」

 イセは目の縁の涙を蒸発させ。一秒後、死亡した。

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