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53.イセの嘘 前編

 これは、やや時間を遡った形での、イセに関する記録である。


 8月13日。イセ隊はガオドゥ軍徒上陸用臨海海軍基地に寄港していた。トネ隊も遅れて到着し、待機室はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。


「アカツキ君とイカヅチちゃん、イナズマ君も同型艦なんやな。めでたいわあ」

「ヒビキがいりゃ、同型艦全員集合だったな」

「同型艦少ないですものね、アカツキ型」

「いやあ床が揺れてないのって逆に落ち着かないっすね!」

 どこか嬉しそうなイセに答えるアカツキ。それに追随するイカヅチ。久しぶりの陸に浮かれて話を聞いていないイナズマ。

「タカナミ姉様、お久しぶりです。八十五日九時間五分ぶりですね。ハグしていいですか」

「よく覚えとるなオオナミ……いやハグはちと恥ずかしいぞ」

 クソ真面目なトーンのままハグを要求するオオナミに、タカナミは呆れていた。


「オオナミは同型艦に会うといつもこれで……困ったものです。すみません、うちのが騒がしくて」

「ええよええよ、ウチ、にぎやかなの好きやから」

 頭を下げるトネに対し、イセは笑って返した。普段は潜水し、単騎での潜伏任務も多く、寂しさもあり。こうした場は楽しくて仕方がなかった。

「……ヤカゼ、です……こんばんは」

 トネの背に隠れて、恐々と挨拶するのはヤカゼである。

「あらまあ可愛いいやんか、もっとこっち来てもええよ?撫でたるさかい」

 ヤカゼはオドオドとしたまま、トネの背から出ようとしなかった。

「にぎやかなのは苦手なようで……まあ、それも可愛らしいのですがね」

 トネは保護者らしく困ったように、イセはあらまあ可愛いこと、と微笑まし気にヤカゼを見つめた。なお、年齢的にはトネが最年少であることを追記しておく。


「ああ、そうだ。明日は長官がイベントに参加されるとうかがいました。もしよろしければ、ジブンがグルーミングをしようかと思うのですが、いかがでしょう?」

 トネの提案に、イセは考えた。モガミ型系であり、指先の器用さには定評があるトネ。イセはヒレの関係で自分では舌が届かない部分も多い。

 トネは純粋な善意で言っている。やってもらって損はない。しかし。

「いや、遠慮するわ。他の男の子の匂いついたら、あの子いじけるかもしれへんから」

 イセは断った。暗い水底で帰りを待つ、自己肯定感の低い彼を思い浮かべながら。

「?そうですか」

 トネはどこか機嫌のいい笑みを隠しきれないイセの顔を、不思議そうに見つめていた。


 8月14日。イセはイカヅチと共にフェンスに囲まれていた。炎天直下、アスファルトからの放熱も相まって。イセにとってはうだるような暑さであった。

「陸ってこんな暑いん?嵐呼んでええかな?あースコール浴びたいわあ」

「長官がそれを言うと冗談に聞こえません。四時間ですので、我慢してください。……あ、散水車来ましたよ」

 ホースからの水を浴びて、イセは満足げに喉を鳴らした。リラックスしたその仕草に、見学客たちはわき上がり、シャッター音が次々と鳴った。

「これで喜ぶのですね、みなさん」

「こういうイベント来る人らって、変なところで喜ぶってノカゼ君が言うとったわ。ウチもよく分からん」

 イセが欠伸をすると、またもシャッター音が鳴った。

「暇やわあ、イカヅチちゃん、鱗繕ってもええ?ほら、サービスってやつで」

「任務中ですよ。というか長官がしたいだけですよね?」

「これが一番客が喜ぶってウチの演算回路が囁いとるんよ」

 そんなものだろうか、とイカヅチは思案した。

「イカヅチちゃん可愛ええし、妹みたいなもんやん?ほら、遠慮せんでええから、こっちおいで」

「マツ型ならともかく……可愛げのないアカツキ型ですよ、客人が喜ぶとは思えないのですが」

「そこはウチの体格とお姉さんな感じのパワーでカバーしたるから。ウチの周りの子はだいたいちっこく見えて可愛くなるんやで、知っとった?」

「ちっこいはちっこいで不服ですが……まあ、少しなら」

 イセに大人しくグルーミングされるイカヅチ。仲睦まじい光景に、一部の層は歓喜して地面に這いつくばって写真を撮り始めた。


 一段落して満足した折に、イセは見学客の方を見た。


 その中に一人だけ、人間じゃないものが混じっていた。

 黒髪に黒い瞳。華奢な体躯。帽子を被ったその少女は、やや目を見開きながら立っていた。

 ……何でこんなところに来たんだ、とイセは思った。他人事のような顔をして、のうのうと姿を見せるだなんて。そんな怒りを感じるのと同時に、その無垢な眼差しを見て、この少女は何も知らないことを悟った。


「……長官、今のは……」

 イカヅチはイセを見た。

 連合部隊の上陸目的。表向きは、メンテナンス。しかし本来の目的はマヤの捜索および奪還であると伝えられていた。

「ああ、リボンが曲がっとるわイカヅチちゃん」

「あの、長官」

「今のウチらの任務は、イベントエリア内での待機。指定時間中、外部への干渉禁止。今ここでウチらが動けば、何も知らん民間人にケガさせることになる……それは避けるべきや。せやろ?」

「……了」

 イカヅチは引き下がった。長官はやはり口がうまいと思いながら。

「でも、報告は入れるべきやな……大人しく捕まってくれるとええけど」





 8月14日21時。イセは基地の格納庫にいた。昨日騒ぎすぎたせいで全員個別の格納庫に収容され。超大型個体であるイセだけが、だだっ広いその場に残されていた。


『こちらイカヅチ。第一エリア索敵完了。対処反応無し』

『同じくイナズマ。第二エリア索敵完了。対象反応無し』

『同じくタカナミ。第一、第二エリア索敵完了。対象反応無し』

【了。両艦とも帰投。アカツキ、ヤカゼ、オオナミと交代】

 


『こちらイセ。気流制御完了。アタゴ、マヤ、すみやかに帰投せよ。これは上位艦命令である。繰り返す、アタゴ、マヤ、すみやかに帰投せよ。……今ならまだ間に合う』


 イセは三十六回通告を行った。通告は、三十六回無視された。

「流石にウチだってヘコむわこれは……」

 弱々しいイセのぼやきだけが、空しい格納庫に落ちた。

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