51.軍神歌方慎也 その妹
8月19日。マヤはアタゴに乗って出撃した。
訓練もなく実戦に投げ出される姿は、かつての学徒の姿を彷彿とさせながら。迷いなくミサイルを放つ姿は、生まれる前から兵器であったことを証明していた。
8月20日。慎也はマヤの髪を切った。女の子らしからぬ、男のようなベリーショート。慎也は理由を語らなかった。ヘルメットを被ってもむれずに済むね、とマヤは笑った。
8月21日。慎也は革命軍の制服に腕を通した。前線に出て、マヤを守るためだと語った。
8月25日。マヤの靴が消えた。裸足のまま、マヤは灼けたアスファルトの上を走り、足裏の皮が剥落した。
8月31日。マヤのロッカーにネズミの死体があった。腐ったそれは虫を呼び、他の革命軍員にも被害をもたらした。
9月4日。副長はマヤを殴った。腹痛のために出撃が遅れたことが理由として述べられていた。
なお、このようないじめ行為や副長、および他団員からの暴行、暴言は明記していない日についても日常的に行われていたことをここに明記しておく。
9月29日。マヤの髪が抜けていた。ストレスによる円形脱毛、および無月経が確認された。慎也は、航空隊用の帽子をマヤに譲った。
10月3日。慎也が初めて出撃した。一か月半で航空機の操縦を覚え、敵機を五機撃墜したその実績は、後に軍神と謳われることになる。
11月23日。カコおよびミクマの連合部隊が革命軍隠蔽拠点へと侵攻。マヤはこれを全滅させた。国軍はマヤの声に対し対策を行っていたが、革命軍もアタゴを改修しその防衛機構を突破したのである。
11月29日。マヤは軍徒の討伐数五十を突破した。これはメイミィのベオウルフシリーズをはるかに上回る脅威として、国軍を震撼させた。
12月5日。慎也は軍需品として配布された防寒ジャケットをマヤに譲った。ダボダボの袖口を見て、燃え袖というよりキョンシーみたい、とマヤは笑った。
12月24日15時2分。マヤと慎也を含む航空部隊は海上警備、メイミィからの新型毒ガスを受け取る潜水艦の護衛を行うこととなった。
しかしここで潜水艦がイゴウに発見され。国軍艦隊の集中砲火が始まり。フルタカ隊、アオバ隊、シナノ隊の連合部隊が参戦。大規模な戦闘が開始された。特にシナノのデバイスによるジャミングはすさまじく、マヤの声も搔き消されるほどであった。
その戦闘の中で、慎也はアオバに対し爆弾を満載した自機での体当たりを行った。吹き荒れる爆風。抉り飛ばされ、宙を舞う金色の尾。
『尾を失ったフルタカ型なぞ肉塊も同然!!撃て!!撃つんだ!!』
マヤの耳に副長の声が聞こえた。マヤの目には、アオバへの射線上にパラシュートで浮かぶ慎也の姿があった。
「撃てるわけないじゃん……」
マヤは引き金から手を下ろした。
そのとき、上空からミサイルが落ちてきた。革命軍が開発した超長距離ミサイル。ターゲットはアオバ。周囲への甚大な被害。すみやかな退避をアタゴのモニターは警告した。
アタゴの速力なら逃げ切れる。しかし逃げれば慎也は確実に死亡する。助ける時間は、無いに等しい。
マヤが止まった瞬間、空へと躍り出たのはアオバであった。尾を失ったまま、迷いなくミサイルへと直進し。部隊へと被害が及ぶ寸前で、体当たりで起爆させた。
瞬いた閃光。圧倒的な豪圧。左翼を失い、そのまま焼け爛れた体で海水へと落ち沈んでいくアオバ。
身を投げうって守る。マヤが恐れ、選択肢から外したそれを、アオバは選んだのである。それが命令なのか、意志なのか分からないまま、マヤはただ呆然とそれを見ていた。
数秒後、本部から撤退指示が下り。援軍として駆け付けた味方駆逐艦に慎也が回収されるのを確認し、マヤは引きあげた。
12月24日。22時6分。仮説基地でマヤは、駆逐艦が撃沈された報せを聞いた。慎也が乗っていた駆逐艦と、同じ名前であった。
「……クリスマスプレゼント、これだけかあ」
一着だけの慎也の私服を遺品として引き取ったマヤは、そうこぼした。
12月29日。革命軍内部に、軍神の死が流布された。
そして若い男性三人が、洗浄を終えたマヤを取り囲んだ。
邪魔な兄貴分もくたばった、もう誰も止めないだろ、イライラすんだよ、軍徒だし別に平気だろ、メス型だしちょうどいい……そんなことを口々に言って、マヤの細腕を押さえ込んだ。助けを呼ぼうとししたその口を、殴りつけた。
隊服をナイフで切り刻まれて、マヤはパニックに陥った。下卑た男の笑い声に、恐怖した。ああ、そうだ兄はずっと、傍にいた……トイレもシャワーも、ずっと出入り口に背中があった。ずっと兄は自分を守っていたのだと、再確認した。
「お兄ちゃん!!」
マヤは叫んだ。もうこの声は届かないと知りながら。
男たちは助けを請うマヤを嘲りながら、その柔肌に手を伸ばし……次の瞬間、肉片と化した。
係留ケーブルを引き千切り格納庫を突き破ったアタゴに、轢き殺されたのである。
マヤはすぐさまアタゴの操縦席に逃げ込んだ。震えているのは、寒さ故か、戦慄か。もう既に、自分の居場所はここしかないのだと、マヤは悟ってしまった。




