49.女子高生 歌方真矢
歌方真矢は女子高生であった。
輸入米の味に文句を言い、軍事演習の騒音に耳を塞ぎ。国の未来を憂いて嗤い、進路希望に頭痛をおぼえる、どこにでもいる平凡な女子高生であった。
「休戦協定って、いつまでもつんだろうね?」
歌方真矢は歌うのが好きであった。学校や塾の通い道では、誰に聞かせるでもなく歌っているのが常であった。
歌方真矢にはある秘密があった。忙しい日々の中、時折時間を見つけては神社の奥の山で夕陽を見ていたこと。そして、その獣道の道中にある大きな洞窟に、ある日機械の竜が不時着しているのを見つけたこと。竜の翼には損傷があり、真矢にはその経緯も分からなかったが。真矢は竜に懐いていた。あるとき首輪のない野犬らしき犬に追われて洞窟に隠れたところ、竜は真矢を守るように立ち上がり、尾で犬を追い払ったためである。
「シロちゃんのおでこ、ひんやりしてて気持ちいいねー」
歌方真矢には兄が一人いた。歌方慎也という男であり、真矢の世話を焼くのが好きであった。真矢は反抗期らしく慎也に冷たい目を向けながらも、彼を精神的支柱、大切なものとして認識し、記録していた。
8月14日。歌方真矢と歌方慎也の両名は、ある日軍徒の一般公開イベントに参加していた。軍徒上陸用臨海軍事拠点の一角。次世代の人材育成の一貫を目的として公表されたイベント。公開されたのは超弩級戦艦級イセ、および駆逐艦級イカヅチ。
大興奮する慎也を横目に見つつ、階級色のリボンを巻いてお洒落しているのシュールだけど可愛いなあ、と真矢がぼんやりと思っていたとき。その耳に声が聞こえた。
「暇やわあ、イカヅチちゃん、鱗繕ってもええ?ほら、サービスってやつで」
「任務中ですよ。というか長官がしたいだけですよね?」
雑談のような声であった。しかし、聞こえてはいけないはずの音を聞いてしまったと、真矢は直感した。
不意にイセが真矢へと目を向けた。真矢を見下ろす深紅の目はひどく冷たく、怒りすらも感じられるものであった。
真矢は思わず目をそらし、そのまま逃げるようにしてその場を去った。
8月14日21時、歌方真矢は家のシャッターを下ろした。軍徒の軍事演習中は、特に鱗などの落下物の危険があるためであった。
『こちらイカヅチ。第一エリア索敵完了。対処反応無し』
『同じくイナズマ。第二エリア索敵完了。対象反応無し』
『同じくタカナミ。第一、第二エリア索敵完了。対象反応無し』
【了。両艦とも帰投。アカツキ、ヤカゼ、オオナミと交代】
家族でアニメを見ながら夜食を頬ばりつつ、真矢はそんな奇妙な声を聞いていた。
8月15日8時30分。睡眠不足を認識した。耳の奥に響き続ける声たちのせいである。
『こちらイセ。気流制御完了。アタゴ、マヤ、すみやかに帰投せよ。これは上位艦命令である。繰り返す、アタゴ、マヤ、すみやかに帰投せよ。……今ならまだ間に合う』
夢なら早く終わればいいのにと思いながら、真矢はイヤフォンのボリュームを上げた。




