46.罅に嘘を注いで
これは、事実上軍徒最強となったムサシと、その護衛であるイセの記録である。
深く暗い海底。静かに伏せる影は二つ。
「ヤマト型や聞いとったから、どんなおっかない顔やろ思うとったけど……やっぱりええ顔しとるわ。ウチ好み」
小さく笑いながら言うのは、イセ。
「褒めても何も出せぬからな」
すげなく返すのは、ムサシである。
「勿体ないわあ、こんな男前をこんな暗い所で待たせるなんて」
「……余の能力を考慮すればこれが最適解なのだ。文句は言うまい」
超弩級戦艦級の最高峰たる四十六ルインクラス。圧倒的な熱量を、指向性をもって放つ。シンプルだが、その扱うエネルギー量故に運用が難しい。肉体の冷却機能のテストとしてヒエイが造られたわけだが、それでもなお冷却不足になる可能性が高いとされ水中運用となった次第である。
「余はこれでいい。……余は兄のようにはなれないし、なりたくもない」
ムサシの声には、嫉妬か嫌悪のような念があった。
ヤマトの相討ちは、軍徒にも流布されていた。多くの実態を伏せられた美談として。お国のために美しく散るがよい、と。
そのため、ムサシは常にヤマトを継ぐ者として扱われてきた。それが、ムサシには虚しく重い屈辱であった。色眼鏡の色は、絵の具のようには落とせない。誰もがヤマトの輝きを知っていて、刷り込まれていて、自分はその影に埋もれて溺れている。そんな感覚に、ムサシの精神は折れ曲がっていた。
「へえ、お兄さんのこと嫌いなんやな」
探るようにイセはそう言った。
ムサシは、心を見透かされたような感覚を覚えた。同時に、その言葉への抵抗感を感じた。
「……嫌い、なのかは分からない。顔だって合わせたことがないからな。ただ……名前を聞くたびに、胸がざわつく」
その名前に、自分の名前が上書きされているような恐怖であった。
ムサシの曖昧な返答と表情に、イセは思考を巡らせる。共感を求められたら慰めて、否定するならその愛情を尊重しておだててやろうと考えていたが、どうやら状況は殊の外複雑になっているらしいと察した。
「余としては、貴殿が羨ましい限りだ。……自分の力では自分の身すら守れず、常に誰かに守られていなければならない自分が本当に情けない」
生き残った片割れというプレッシャーは、ムサシに深く影を落としていた。陸にあがるための足もなく、誰かを助け出す手もなく。空を駆ける翼もない。ただ黙々と潜み、沈み、撃つ。それが自分の宿命だと、ムサシは自分に言い聞かせていた。
……どうして、自分ではなく兄が死んでしまったのだろう。兄のようにあっけなく死ねれば、どれだけ楽になるだろう。兄のようにはなりたいくないと思いながらも、そんな思考が、ムサシの脳裏にはちらついていた。
「ウチとしては、ムサシ君は頑張ってると思うけどなあ。あんなん撃てるの、キミしかおらんし」
ムサシのこの調子に引きずられてはならない、とイセは判断した。
おそらくこいつが欲しいのは、自身への興味関心。個としての尊重。ならばその承認欲求を満たしてやればよい。打算的に、イセは言葉を選ぶ。
「大丈夫、キミが思ってるよりも、たぶんウチはキミの努力知っとるよ」
旗艦である超弩級戦艦級が、弱音を吐いているなんてことは異常事態。もともとこういう弱気かつ構ってちゃんな性格か。いや、だれかれ構わずこんな話をしていたら情報が回ってくるはず。接触者の少なさか。あるいは、自分に心を開き、本音を語りたいと思っているのか。
だとしたら順調だ、とイセは内心嗤った。
「キミのおかげで、ウチらも守られてるんやから、お互いさまや。そないな心配せんでええよ」
ひび割れた心に、あたたかく優しい言葉を流し込む。なじんで隙間に入り込んで、もはや振り払えないくらいに丁寧に。
「ああ、ウチ補給行ってくるけど……ムサシ君、ちょっと顔上げてくれへん?」
言われるがまま顔をあげたムサシの頭を、イセは優しく撫でた。それはまるで、愛情表現のように。
「……なんだ、これは」
「よしよし、ってやつや。頑張ってるキミへのプレゼント」
ヤマトは撫でられるのが好きだったと、ユキカゼがどこかの折でぽろっと言ったという話をイセは噂として聞いていた。同型艦なら、その傾向があるかもしれないと判断した。イセ自身は撫でられたことなんてなく、それがどんな感情を生むのか、どんな意味を持つのかも知らなかったが。案の定、ムサシはその感触をもどかしい表情で甘受していた。
「……感謝する。理由は分からんが」
「なはは、律儀やなあキミ」
イセは軽く笑った。
さあ、あといくつ嘘を重ねればこいつは堕とせるか。そんなことを考えながら。




