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追加記録 忘れないとは 後編

 それから、コンビニで買った菓子パンを食べて。なんとなく、慰霊碑にも寄ってみた。通学のときに毎日通っている道の脇。いつも通り過ぎてしまうそこは、桜の名所であり。小さい頃家族とお花見に行った思い出の場所でもある。


 神社のお膝元とあり、砂利道は手入れが行き届いていた。いくつもの戦いの慰霊碑がそれぞれ建てられており、パネルには戦没者に向けられたらしい文言が記されていた。


 ただ不思議なのは、それらがどれも勇ましく、美しく、華々しい言葉だったことである。いつぞやの教官が語ったような、戦いへの惰性と上意下達の戦時体制については一切述べられていなかった。


 理想郷を求めた開拓民。海の向こうの土地を、本来の価格の十分の一以下で買いたたき、原住民を追いやり。見知らぬ大陸に放り出されるのなんて恐ろしくて誰もやりたがらないので、抽選で人数だけ送り出した話はおくびにも漏らされていたかった。


「海行かば水漬くかばね、山行かば草むすかばね……」

 今でも学校で歌う軍歌の一節が、パネルに示されていた。あまりにも美しい引用であった。


 何より驚いたのは、真新しいブロンズ像が建っていたことである。その目は凛々しく、空ばかりを見上げていた。

「特攻……」

 祖国のために勇敢に戦った者たちを忘れない。そう記されてあった。

 かつての大戦末期。資源、技術、人間、金の全てを欠いたイーヴェンは航空機の数も枯渇していた。そこで苦肉の策として始められたのが、航空機による体当たり。


 命と引き換えに、刺し違えてでも。そう言えば美しいが。実際の効果はそれほど高くなく、あらぬ海面へと墜ちていくこともままあったらしい。しかし、無為に墜ちて戦友は死んだと報告するわけにもいかず。その武勲を称えるような……敵軍に損害を与えたと、せめてもの手向けを繰り返すうちに、数は狂い始めてしまった。


 航空機の数も足りないので、壊れかけの旧式機に爆弾を積んで。重量のため離陸するのも困難なのを、空へ放り出す。場合によっては、爆弾を機体に溶接したという。……敵前逃亡を許さぬため。不時着した瞬間に炸裂するように。

 軽量化のため無線機も機銃も外した機体で爆弾だけ抱えて。兵として連携することも、抵抗することも諦めてただ飛び込むことだけを求められる。

 これを人は勇敢な戦士と呼ぶらしい。


 もうまともに飛ばすことができない、そんな消極性の最終形。作戦を第一に人命を軽視し、作戦を度外視して死に様を求める倒錯。

 それが、偉大であるらしい。

 航空士官育成コースを取っている慎也としては、うすら寒い心地であった。

 ああそういえば、そんな怖いことを延々と語っていたあの教官は、どうしていなくなったのか。考えるとより恐ろしいなと思った。


 千年くらい前の戦争は、人が勇気を示す場であった。戦場に立つ者は勇者であった。

 しかし近代以降の戦争は、国家が力を示す場になった。戦場に立つ者は労働者になった。

 哲学をかじったいつぞやの友人が、そんなふうに語ったのを慎也は思い出した。学費の関係で士官学校を選んだ慎也に対し、その友人は重い借金と暗い未来を背負って学業の道を選び。お互いに唇を噛んで、袂を分けた。そのときの友人の笑顔は、驚くほどに眩しく、泣きそうなくらい寂しそうであったのをよく覚えていた。


「忘れない、か……」

 知りもしないことを忘れるとは、なかなか奇妙な話である。

 慰霊碑の前で手を合わせ、頭を下げ、思いを馳せる。間違ってはいないが、正しくはないだろう。感傷的に、雰囲気に流されるように死を悼み。平和を願い前を向く自分に満足するのは傲慢だろう。

 名も知らない海で、名も知らない艦と共に沈んだ、名も知らない人々の死を知ったような気になるのは、おそらく追悼の意を履き違えている。


 知らないことを自覚した男が哲学を始めたんだ、と友人が語っていたのを思い出した。

「絶対時間足りねえわこれ……」

 図書館で借りてきた本たちを開きながら。忙しさと努力の間で慎也は溜め息を吐いて苦笑いしたのだった。

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