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追加記録 忘れないとは 前編

 歌方慎也はその日、三ヶ月ぶりの休みであった。残暑もあるが、朝夕は風が心地よい季節であり。天気も良かったので、なんとなく散歩に出かけた。


 まずは、学校の周りから。かつての大戦において兵営であった場所を、敗戦を経て大学にしたのだという。それがまた士官学校になっているのだから、奇妙な話である。


 歩いていくと、木の向こうに倉庫が見えた。白く、古ぼけた壁。特に思うこともなく、何気なく通り過ぎようとして……その小窓の物々しさに気づいた。

 かつての大戦で使われていた、弾薬庫。校内のどこかにあるというのは誰かから聞いていたが、こんなところにあるとは知らなかった。……少し探してみればこんなにもあっさり見つかることに驚いた。


 続いて、坂道を登った。スマホを片手に、ナビを頼りに。いつぞや、誰かが行っていた場所を目指して。

「あれか……」

 木々の向こうに見える、巨大な石柱。それは、大戦の戦没者たちが眠る忠霊塔であった。

 問題は、ナビが案内した地点が明らかに忠霊塔の裏側、裏道とも呼び難い鬱蒼とした林の中だったことである。ぐるりと回ればちゃんと階段はあるし入口らしきものもあった。

「なんでこっちに案内してくれないんだ……」

 知らないからナビに頼る。まさしく文明の利器。しかしそれは、知らず知らずのうちに誤った道に導いてしまうのかもしれなかった。


 よく見ると、かつては門があったらしく、コンクリートとそれらしき金具が残されていた。取り払われた門は維持費の都合か、あるいは訪れる人への配慮か。

 屋根付きの立札には、戦没者の内訳が示されており。教科書で見たような名前が、達筆な旧字体で書かれていた。


 整然と並んだ墓石。折れて、割れて、欠けた石柱。苔むして、すり減って、文字はもう読めない。生え放題の草、積み重なった落ち葉に溝は埋まり、どこに道があったのかすら分からない。

 ただ、なんとなく奥へ……巨木の枝葉に隠れた忠霊塔へと目が引き寄せられるのは。やはり押し倒された草のせいだろう。


「おはようございまーす」

「おうー」

「ほうき取ってくれるー?」


 木々のざわめき、小鳥の囀りの合間に聞こえる人の声。そういえば、定期的に内部調査しているとかどこかで聞いたな……と慎也は思い出した。

 時折カチャカチャと音が鳴っているのは、おそらく骨壺だろう。戦時中は敵の航空機に見つかるのを避けるため、火の使用は制限されており。死者の火葬もできず手首や小指だけ切り落として焼いたとか。それもできないときのために爪や髪を封筒に入れておいたとか。骨壺といっても、中身は骨だけではなく写真や遺品であったりする。湿気による水滴でインクが溶け落ちてしまった写真なんかもあるらしい。そりゃ百年以上前の大戦なのだから当然だろうとも思ったが。実は八十年の時点でほとんど何も分からない状態になっていたそうだ。

 ……覚えている人はまだいたはずなのに。八十年で分からなくなってしまうのか。どこの、誰で、どうしてここに眠っているのか。知り合えないというだけであっけなく、その生き様も思いも知られぬまま朽ちてゆくというのは。どこか不思議で、慎也にとっては他人事のようであった。


 帰りは、階段を降りた。降りた先で、靴紐がほどけていることに気づいた。

「うわ……」

 靴に、草やら種やらが大量にくっついていた。墓参りも楽じゃないなあ、なんて思いながら。慎也はしゃがみ込んでそれらを一つ一つ摘んで放り捨てた。

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