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45.戦前

 歌方慎也は士官学校生であった。

 幼いころから恐竜やドラゴンが好きで、そういったアニメや漫画にのめり込んでは妹に嬉々として布教するような、どこにでもいる兄であった。

 

 その日慎也は貴重な夏季休暇であった。隣の地区に軍徒が寄港し公開されるということで、なけなしの金と時間を使って検問を超えた。

「アキヅキ型三番艦、スズツキ……!やっぱアキヅキ型って綺麗だよなあ」

 道中、新幹線で駅弁を食べながら慎也はスマホをいじっていた。

 見に行く前に軽く予習はしておこう、というのが慎也のポリシーなのである。


 そのとき、ある記事を見つけた。


『七月に、スズツキがゾンジュオ領海内に侵入。航行系回路に異常があり、現在地の把握ができていなかったと海軍は発表。ゾンジュオ海軍は警告弾を発砲したがスズツキはこれを無視。三十分の無断航行の後、離脱。ゾンジュオはこれを非難し、海軍は技術的なミスであり意図はない無害通航と主張。また、こうした事態になった原因についても、軍事機密であるため回答は差し控えるとされ、専門家はこれに対し……』


 これを見た瞬間、慎也は背筋が凍るような思いがした。

 ゾンジュオの不法侵入は戦争以前から繰り返されており問題視されていたが、まさか自国の海軍までもが、休戦協定期間中に同じことをしているとは思っていなかったのである。


 さらに恐ろしく感じたのは、事件発生の七月というのが先月ではなく一年前の七月であること。それに対する海軍の関係者らの発表が、一年も沈黙していたこと。一年後の発表においても、軍事衝突につながりかねないこの事件を「技術的なミス」で片づけたこと。


 ネットは、スズツキを賛美する声で埋め尽くされていた。曰く、勇気ある報復。誰も危機感を抱いていない、むしろ誇りあるイーヴェン復活の狼煙とすら囃し立てるような。そんな雰囲気。

 こういうコメント欄にコメントを残していくようなのは、もともと過激なのが多い。多くはサイレントマジョリティとして、沈黙している。しかし、一見すればこれが世論であるかのような錯覚を受ける。この歪みは、アテンションエコノミーとして当然のこと。目立つものが優先されるというネットの構造的に覆しがたい。

 しかし、もしもこのまま、国がこの色に染まったらどうなる?


 戦争だ、と慎也は思った。


 政府が金をかけてプロパガンダを作る必要もない。自主的なフィルターバブルとエコーチェンバー。色のない大多数が、鮮やかな血の色に塗りつぶされていく。染めるのは一瞬。染まったら最後、二度と洗って落とせない。血の汚れはなんとも落ちがたいのである。


 




 五時間後、慎也はスズツキの前に立っていた。

 すらりと伸びた鼻先。首に巻いた黄色のリボン。歓迎の品として差し出されたスイカを豪快に咀嚼し。軍徒用のケーキを差し出されたら食べ方が分からず首をかしげる仕草は愛玩動物のようで可愛らしく。人々はにぎやかに笑いながらシャッターを切っていた。


 かつて、防衛費は教育費の倍額だった。今は、その差は十倍となった。スズツキは、確かに罪を犯している。犯したうえで、平然とここにいる。

 それを知っているのは、この場に何人いるのだろう、と慎也は思った。



「……戦前って、こんなだったのかもな」

 帰りのバス停で、誰にも聞こえないように、しかし自分には聞かせるように、慎也はそうこぼした。

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