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44.トサと毒

 これは第二軍徒研究所……オゥ―研究所における記録である。


【摂取】

 命令を聞き、トサは目を開ける。目の前に転がっているのは、人間の死体。肉が歪に膨らみ皮が裂けていることから、何かしらの毒ガスを受けた死体であることが伺えた。

 トサは死体を咥え、食む。ゆっくりと咀嚼して、嚥下する。味を見て、これは吐き気を催す毒だと思い出す。

 数時間後、トサは嘔吐した。毒が回り手足に力も入らず、不格好に背と腹を痙攣させていた。


【摂取】

 次に差し出されたのは、生きている人間であった。やはり毒を浴びたらしく、顔が爛れ目は血の色に濡れて。髪の毛が抜け落ちていた。

「いやだっ、死にたくない!!薬を、薬をくれ、俺はまだ戦える、戦うから、うあ、うああああああああああああ!!!!!」

 黒く変色した足を引きずる男を、トサが食う。腹で暴れないように、丁寧に、丁寧に噛み潰す。生きたまま丸呑みにしてもいいが、暴れられると消化しづらく、次の摂取が遅れてしまうためである。

 これは腹痛が来そうだ、とトサは思った。案の定、数時間後にトサは腹痛に襲われた。腹の底を刺されるような鋭い痛み。格納庫には、液状の汚物の匂いが充満していた。


【注射】

 トサの肩に、槍が突き刺さる。流し込まれる毒に、血管はビリビリと痛みを訴え、肉は熱を帯び。痒みに爪を立てれば、鱗がボロボロと剥落していた。




 しかし、丸一日経てば傷は全回復する。内臓系のダメージは残っておらず、消化も排泄も正常に行える。剥落した鱗も、既に元通り綺麗に生えそろっていた。

 驚異的で圧倒的な再生能力を活かした、毒物への耐性実験。それがトサの任務なのである。過酷な実験で得られたデータと抗体、血清はアオバを筆頭に多くの軍徒の命を救っていた。


「……」

 トサは当初、超弩級戦艦級として運用される予定であった。しかし、休戦協定に超大型個体製造の禁止が盛り込まれたことから、成長遺伝子の除去が行われた。同時にその能力の高さから決戦兵器として特級秘匿個体に登録された次第である。


 そのためトサは、他の軍徒と会ったことがなかった。


 知っているのは、自分と、自分に与えられる毒。何故自分の背中に左翼がないのか、知る由もなかった。他のどんな傷も一日で治せるのに、そこだけ治らないのは遺伝子操作の失敗だなんてことは知らなかった。そもそも、翼は左右にあるものだということすら知らなかった。



 そんなある日、オゥ―研究所は空爆された。

 革命軍による攻撃。ここで初めて格納庫が破壊され、トサは外の世界を見た。

 瓦礫が散乱する大地。そこに、燃え広がる炎。割れた培養槽。焼ける匂いは人間か、補給食か、あるいは軍徒か。

 夜の星空を黒く隠す煙。月の光もかすれさせる炎の色。鈍く光る航空機と降り注ぐ焼夷弾は、まるで流星のよう。

 そんな凄惨な光景を、トサは美しいと思った。

 

「頼む、助けてくれ、オマエは四十一ルインなんだ、オマエの砲撃なら、あんなの一瞬で全滅させられるんだ、戦えよ、戦ってくれよ!!」

 ある研究員はトサにすがりついた。BOSSシステムが破壊され予備電源も消失した現状、軍徒と人間の間には無情なほどにコミュニケーションの手段がなかった。

「逃げろよ、隠れろよ、動けよ、なんで、なんで動かないんだ、チクショウ……!!」

 それは、トサの中で未だ【待機】の命令が生きているからである。戦場も知らないトサに、緊急事態の判断などつくはずがなかった。


 そうしているうちに、近くで爆弾が炸裂し。その研究員は死亡した。全身が炭化し黒い塊となって、座るトサの前脚に崩れ落ちた。

「……」

 熱くてくすぐったかったので、トサは前脚を軽く振って炭を払い落した。



 その後しばらく、研究所戦力で命がけで守られていることも知らないまま。絵画か映画でも見るような心地で、トサは空を眺めていた。 

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