42.嗤う悪女 前編
これは、アオバ隊における記録である。
いつも通り、アオバ隊は敵軍を迎撃していた。
今回は特に聴覚系にダメージを与える攻撃が錯綜しており、お互いの指示が聞こえづらい状況にあった。
『三隻目』
空母撃沈のためにアオバが隊列から離れていたとき、事件が発生した。
【uminiochiroAoba】
アオバの耳にボスの声が聞こえた。
『了』
海に落ちろ、と一拍遅れて理解したアオバは、指定された座標へと向かい、海に身を投げた。
いつものボスと、少し何かが違っていたような。このタイミングでそんな命令をするなんて不思議。ああでも、水面下から見る空もキラキラして綺麗。水がもっと澄んでいたらもっとキラキラしていたんだろうな。アオバがそんなことを考えていたとき。
その視界が、鉄の檻に閉ざされた。同時にその全身を、冷たい金属の槍が刺し貫いた。
「……っ……!?」
口から空気が漏れ、水中に瞬き。続いて吐き出される黒い血に濁って掻き消える。傷口は熱を帯びたような、海水に凍えるような混乱した感覚をアオバの脳に訴えていた。自己防衛プロトコルが瞬時に起動し、痛覚は遮断されたのである。槍の先、甲殻を貫いて血管の奥へと侵入したシリンジは、神経麻痺の毒を流し込み。アオバを確殺せんとしていた。
ああ、これは死ぬかも……アオバがそう思ったとき、声がした。
「あちゃあ、これは派手にやられとるわ……アオバちゃん、生きとる?うん、まだギリ生きとるね、えらいわ」
海底の鉄の檻を破ったのは、イセ……潜伏任務中の超弩級戦艦級であった。白藍色の鱗に薄紅色のヒレを揺らす姿は、アオバの目にはまさしく天女のように見えた。
「こういうの抜いたらあかんてヒカワマルが前言うとった気がするけど……とりあえず抜かんと動かせへんからね、死なんといてな、アオバちゃん」
アオバに突き刺さった六本の槍を引き抜き、その体を抱きかかえるイセ。そのまま背に回すような形で、水上へとゆっくり浮上していく。
『こちらイセ。重巡洋艦級アオバを回収。状態は、大破。至急救護隊の救援求む』
海上の天候は悪化していた。低く唸る雷鳴はイセが読んだものであり、その雨は強力なジャミング性能を帯びていた。
『ミネカゼ。撤退航路算出。アオバを救護隊に引き渡した後、即時撤退せよ。この場は本艦が引き継ぐ』
『了』
イセの背でぐったりと、なお血を流しながらアオバが呻く。
「すみ、ませ……イセ……」
「ええよええよ、これがウチの任務やから。喋らんでかまんよ、傷開いてまうから。ああでも、意識は飛ばしちゃあかんよ、ええな?」
無言のまま、アオバは伏せた。
数分後、救護隊が到着し。マミヤがアオバを素早く防護筆くるんで、離脱した。
「よしよし、みんな逃げたな。じゃあ、この場はお開きにしよか」
敵軍残存戦力七十パーセント。イセは単騎の殿として不敵に笑う。
「超弩級戦艦級のご登場や、ここは派手にいかんと失礼やな?」
イセが敵駆逐艦に目を向けると同時に、その一点に雷が幾重にも降り注ぐ。照準は、速力の高い七隻に絞られ。雨と雷に狂った航行制御回路に、敵艦隊の隊列は乱れ止まらぬまま衝突が引き起こされていく。
切断された艦首。連鎖爆発する火薬庫。イセにミサイルが殺到するが、雷のカーテンを前に炸裂し、届かない。
潜水し、爆雷を浴びながら敵艦に迫るイセ。その耐久力はすさまじく、淡い色に揺れるヒレすらも引き裂けない。
「ほな、さいなら」
海中からの尾の一撃。優雅なようで重い一撃に、艦底から真っ二つに割られ沈む船体。
続いてイセは空母に飛び乗り、艦載機を薙ぎ払っていく。
「空母はちと沈めにくいんよなあ、ウチもアオバちゃんみたいな貫通系持ってたら良かったんやけど」
そう言いながら、迫ってくるミサイルの本数を確認し。着弾する直前でひらりと身を翻して海に潜り逃げるイセ。
「ほんま、容赦ないなあアンタら」
友軍のミサイル十二本を全弾受け、轟沈していく空母を見てイセは嘲笑った。
嵐の中での指定座標への落雷、および機械系へのダメージ。高い潜水機動力、水中から艦上への強襲。敵軍を利用して潰させ合う高い演算能力……騙し討ちを好む性格。これが、イセが海域戦力の中でもトップクラスと恐れられる理由である。




