39.作り物でも
これは、カコとサワカゼの例の夜から二週間後の記録である。
その日、カコに睡眠指示が下りなかった。同時に、サワカゼがカコの格納庫に収容された。
これは、司令部の指示。カコ隊を擁する第二十四艦隊では、非公式に賭博が行われているのである。内容は様々あるが、そのうちの一つに、カコがサワカゼに手を出すか否か、手を出すのなら何回なのか……そんな低俗なものがあるのである。
要するに、人為的な同衾とでもいうような歪な状態。兵士たちは紙を数えながら、モニターを食い入るように覗き込んだ。
この二頭の関係は、人為的要因が大きい。
もともとサワカゼはカコに対し好意を抱いており、カコも少なからずサワカゼのことを思っていた。
そこに、兵士たちは面白半分で火をつけた。二頭を懲罰室に入れて、交配実験を命令したのである。共同任務期間が長く、仲が良さそう。比較的体格も近く、相性が良さそう。同性なら証拠も出ない。そんな理由である。
二頭は混乱した。彼らのアーカイブには、交配という概念は一応あったが。自分たちは双方オス型であるとして理解できなかったのである。
そして、例の交配促進信号を受け。二頭の体は完全に理性を外されてしまった。自分たちが何をしているのか、分からないまま玩具になったのである。獣が獣らしく、狂い堕ちてゆく様はまた艶美で背徳的で。軍徒の無機質なすまし顔を歪ませるのは、兵士たちにこの上ない優越感をもたらした。
それが五回目にして本部に情報が漏れて、もう潮時かと思われたが。研究所側が実験データとして是非欲しいと強く希望を示し。二頭の研究所収容を打診。カコ隊の撃墜能力の高さから、軍部はこれを拒否。妥協案として、実戦運用しつつ実験データ採取という狂気の沙汰が取られた。賭博行為に関しても、利益の一部を軍に供出する形で認可されたのである。
「この時間でおやつはなしっつーことは……お戯れか」
「ワレとしては、もう一度洗浄したかったのだがな。まあ、そこは妥協しよう」
二頭は、司令部が何を考えているのかまるで分からなかった。分かるはずもない。そんなに世界が汚れているなんて、無垢な軍徒は知らないのである。
「声は押さえろよ。恥ずかしいから」
「善処しよう」
都合のいい言葉選びやがって、と思いながらカコはサワカゼを床に転がし。サワカゼの後頭部へと翼腕の掌を這わせた。
「……じゃあ、遠慮なくいたぶらせてもらうぜ」
その接吻は普段以上に熱烈で。出向任務明け、しかもそのあと二週間おあずけを食らったカコはいつも以上に可愛い、ちょっと荒っぽさが出てより好み……とサワカゼは秘匿メモリに記録を残した。
午前四時二十七分。一段落したところで、清掃のため二頭はカコの格納庫から締め出されサワカゼの格納庫に押し込まれた。駆逐艦級用の格納庫に重巡級と二頭で入るとなると狭いが。二頭はそれをさして問題には感じていなかった。
「結局、ボスからは何も言われなかったな」
洗いたての、雫のついた尾を舐めてメンテナンスするカコ。
「これで良かったのだろう、おそらく」
満足げに、サワカゼはカコの隣で横になった。
「なあ、オマエはいいのかよ。俺とこんなことするの」
カコはサワカゼを見つめた。その目には、感傷的なものがあった。
カコは、自分の感情に疑いを持っていたのである。自分の感情なんて、ボスの声で簡単に塗りつぶされてしまう。それなのに、こんなことを繰り返していいのか、と。
「俺の気持ちも、オマエの気持ちも、都合よく全部作られてるだけって思うと、怖くなっちまうんだよ」
このような疑心を持つことはプログラムされていない。本来は生まれるはずのない不確定要素。排除されるべき思考。それが、歪な流れで生じてしまったのである。
「声が聞きたい、顔を見たい、触りたい、抱きしめたい……初めてはあんなだったけどよ、やっぱりキスだって、その先だってしたいって思っちまうんだよな」
実際に、三回目にしてこの二頭は信号無しで実験を開始するようになっていた。
「……オマエは、どう思う?」
カコは不安げにサワカゼの目を見た。そこには、複雑な感情が込められていた。
「ワレはキミのことを好いている。愛している、と言っても過言ではないかもしれない。この気持ちは、作り物であっても構わない」
カコはその言葉に、やや目を見開いた。
「こんな幸せな心地を知らないまま朽ちていく方がよほど恐ろしく感じるくらいには、ワレも狂っている」
あっさりとした声で、サワカゼは笑いながら言った。
「知らないままの幸せより、悩んだうえでキミの手を取りたい。その方がずっと幸せだろう。……違うか?」
現状打開の策はない。ならば、享受して踊ってやろうという投げやりなニヒリズム。
しかしそこには、惑う心を否定しない優しさがあった。
「オマエが言うんなら、間違いねえな。……ありがと」
諦めたようにカコは笑った。自分が信じられないなら、いっそその言葉を妄信してしまえばいい、と。
そして二頭は、お互いの温もりを感じながらゆるやかに眠りについた。




