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38.手を出すか否か 後編

「では、キスだけで我慢する。ちゃんと我慢するからキスだけさせてくれ」

「オマエそう言って毎回キスだけじゃ済まなかったじゃねえか!もう引っかからねえかんな!」

 チッ……と舌打ちするサワカゼ。上官に対する態度とはとても思えないものである。


「……あんまりごねるなら、俺だって考えがあるんだからな」

 ドン、と力を込めてサワカゼを床に押し倒すカコ。そのまま両翼腕を使ってサワカゼの前肢を押さえつけ。右前脚でその胸を踏んだ。どれも痛くはないが、下手に動けば何かしらの傷を負わされることは明白であった。

「……怖いだろ」

 カコの声は、低かった。赤い目は、冷たくサワカゼを見下ろしていた。

「俺はオマエよりガタイも良いし、力も強いし、階級も上。だから、オマエを危険な目に遭わせられる。……俺が気づかないうちに、オマエを危険にさらす可能性は十分にあるんだぞ」

 厳密にいえば、軍徒は他の軍徒を殺傷する権限は基本的に持っていない。しかし、偶発的な事故としてならその可能性はゼロではない。実際に、ミクマはモガミの両足を欠損させている。

「だから、俺がちゃんと理性的に配慮できるうちに言うこと聞いとけっての。分かったか?」

 それは上官としての、恐喝。無礼への警告。同時に、ただ大切にしたい、愛したい者としての誠意。傷つけることへの恐怖があった。


 

 それを聞いて、サワカゼは不敵に笑った。ああ、やはりこの子は優しいなと感じながら。

「安心してくれ。もしもキミがワレを傷つけるのなら、ワレは最大限抵抗する。……ワレはキミに一太刀も与えられないまま死ぬような輩じゃない。それはキミも重々承知しているだろう……違うか?」

 全く怖がらないサワカゼに、カコは呆れた。相手の実力を見誤るようなバカではないことは知っている。絶対に傷つけられないという信頼や自惚れでもない。やり返してやるから心配するな、という暴論。そこには、不器用な対等があった。

「……そうかよ」

 戦場では、共に駆ける。しかし、いつもどこかでカコは旗艦として自分以外を守らなければならないという使命感があった。それはあって然るべきであり、おかしなことではない。ただ、上官としての責任は本人の無意識のうちに重くのしかかっていた。

 ああでも、こんな夜の一幕なら。それも忘れてもいいのかもしれない。そう思えるくらいには、カコもサワカゼに惚れ込んでいた。




「もうちょっとビビってもいいだろ……ああもう、恥ずかし……」

 サワカゼを解放し、角を翼腕の掌で掻くカコ。きまりが悪いときの癖であった。対してサワカゼは何故かどこか興奮気味であった。

「押し倒したときの、あの顔が非常に良かった。キミあんな顔できたんだな……見下されているのが伝わってきてゾクゾクしたぞ」

「オマエの趣味が時々分かんねえよ俺」

「もう一回してくれないか?いっそのこと首に噛みついてほしい」

「だから寝ろつってんだろ」

 グイグイ近づいてくるサワカゼを翼腕ですげなく押し返すカコ。それはそれ、これはこれ。サワカゼは休息すべきという判断は変わらないのである。

「てか首はあれだろ、急所だろ。危機感持てよ」

「キミに噛み跡つけられるくらい、傷のうちにも入らん。ワレはもっと凄まじいのを知っているからな」

「オマエのはたぶん比較対象が間違ってる気が……いやオマエがいいならいいかもう。ツッコむの疲れたわ」

 触れ合うならば無傷では済まない。関係が深くなればなるほど。

 なら、多少傷つけあってもいい、傷を許し合えるのが愛というものなのだろうか、とカコはやや哲学じみた思考をめぐらせた。



「二週間後に、一応艦隊移動の予定があったはずだ。おやつのタイミングが合うかは分からねえけど……それまで待て」

 なお不服といった顔をするサワカゼの耳に、カコがそっと口を近づける。


「……コンディションが良いときのオマエの方が反応が良くて可愛いから。きっちり休んでくれ。……そしたら、オマエが泣いて謝るまでいたぶってやるよ」

 サワカゼが好きそうな言葉を、好きそうな言い方で並べてみたカコ。いたぶるって何だよ……と言った後で恥ずかしくなってすぐに顔を伏せた。

 サワカゼはというと、感激、感動とでもいうような顔で歓喜していた。

「……了解した、全力で寝よう。あとこの音声記録は絶対永久保存する」

「やめろ定期メンテで捨てろバーカ!!」

 そしてサワカゼはカコの翼の下にまた入り、秒も数えぬうちに寝た。やっぱり疲れてるじゃねえか……とカコは呆れた。


「……おやすみ」

 カコもすぐに眠りについた。その表情は、どこか幸せそうにも見えた。


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