35.死神御伽噺
四羽望は女性アルバイトであった。
幼いころ、政府の意向により一家でゾンジュオへ移住。そして二十年以上ゾンジュオで暮らし、父の死亡を機にイーヴェンへ帰国。
就労年齢に達していたことから勤労の義務を課せられたが、二十年のうちにイーヴェン語はほとんど忘れてしまい。文化感覚もゾンジュオとイーヴェンでは大きく異なったことから、ふとしたことですれ違いが多発し。望は周囲の人間から疎まれていた。母はその環境の変化と重労働で体を壊し入院し。その治療費は望に降りかかってきた。
もともと奨学金の返済も終わっていなかったことから生活は困窮し。望は体を売った。こうした社会の人間は、弱者の状況をよくよく理解した上で利用することに長けているのである。
二年後には、母は死亡した。もはや望に悲しみはなく、終わったことへの安心感しか残らなかった。
そして望は安楽死を申請した。以前は七十歳以上でなければ申請できなかったが、政権交代により万民が安楽死の権利を与えられたのである。
書類に署名を行い、役所に提出する。死亡日が決まれば、退職手続きも遺産相続も国がすべて代行し、申請者は十日間の自由が与えられるという仕組みだ。
会いたい親族もおらず、望はすることもなく家でネットサーフィンを続けていた。そのときふと、とあるオンライン小説が目に留まった。
タイトルは、『黄金の神殿』。
『 この物語はフィクションであり、実在の人物、団体とは一切ありません。
昔々あるところに、美しい国がありました。その国は、神々の御遣いたちによって守られていました。ただ、御遣いの方々はどんな厄災も打ち払うのですが、たいそう大食らいなので、その生贄を用意する国の人々の頭を悩ませていました。
あるとき、国の人々は話し合い、みんなで生贄をもっとたくさん集める方法を決めました。安らかに死なせる魔法を、万民に解放しようと。
その報せを聞いて、国の人々は喜びました。もうこれ以上、頭を悩ませずに済むと。
ある少女は、生きることを辛く感じていました。そんな彼女の前に、死神が現れました。
「苦しませずに死なせてあげるよ、死者の国へおいで」
少女は優しく誘う死神に連れられて、黒いトラックに乗って神殿に向かいました。
少女は神殿で、全ての衣服を脱ぎました。髪はバリカンで刈り上げられて、アルコールで全身消毒されました。従順に、少女は人間であることをやめていったのです。
祭壇の間には、たくさんの老若男女がいました。みな、死神にさらわれてきた人々です。
ここで魔法にかけられて安楽死するんだと、少女は思いました。
少女は天井を見上げました。
天井には、赤黒い血がこびりついたミキサーの刃のようなものがありました。
次の瞬間には、その刃が轟音を鳴らして回転しつつ急降下し。少女とその他大勢の生贄は一瞬で裂かれ、砕かれ、混ぜられました。
毎日、八十台のトラックが神殿に参拝します。
そして八十台のトラックは、真空パックに詰められた生贄のすり身を御遣いの方々へと献上しに行くのです。
始めは本当に、毒ガスによる安楽死だったのです。
しかし、その毒ガスを吸った生贄を召し上がった御遣いの方々がいくらか体を壊してしまったのです。
そのため、毒ガスではなく冷凍庫での凍死を行うようになりました。
しかし、凍死には時間がかかり、お金もかかりました。
これでは御遣いの皆様の夕餉に間に合わないということで、最終的に、原始的に、効率的に、経済的な案が採択されました。いっそ殺害と加工を一度にしてしまえばいい、と。
このようにして、人々は御遣いの方々からの寵愛を受け、平和を享受できるようになりました。めでたしめでたし。
ああ、一つ伝え忘れていることがありました。
死神というのは人間と同じ姿をしていて、影も体温も心臓もあるうえに、あなたの近くに存在していますので、ご注意ください。
最後にもう一度、重要なことなので再度伝えさせていただきます。
この物語はフィクションであり、実在の人物、団体とは一切ありません』
望は、その首筋に冷や汗が流れるのが分かった。
ピンポン、と玄関のチャイムが鳴った。
「お迎えにあがりました。四羽望様。安死党職員の、六門と申します。さあ、どうぞこちらへ」
にこやかな青年の後ろには黒いトラックと、銃を携えた憲兵が立っていた。




