25.守りたかったのは 前編
これは前回に引き続き、リュウジョウに関する記録である。
二か月後、リュウジョウの運用が本格化してきた頃。リュウジョウは、やや喉をいためていた。
「けほっ、こほっ……ごめん、ユウバリさん、少し霧を増やしてもらえないかな……ちょっとでいい、から」
小さく咳を続けるリュウジョウに、ユウバリは何か不穏なものを感じた。
「効果があるんですかねえ、たかだか霧ですよ?」
「そうかもしれないけど、けほ、ユウバリさんの霧の中だと、なんか落ち着くから……お願い、できないかな」
じっと見つめるリュウジョウ。その視線に折れるような心地で、ユウバリは溜め息を吐いた。
「仕方ないですね、可愛い乙女に頼まれたんじゃ断れません。司令部には内緒ですよ?」
「ん、ありがと」
「あと、あまり無理に喋っちゃダメですよ。休めるときに休んでください」
「……はい」
その返事は小さく、弱々しかった。
「見張りは小生とノカゼでやりますから、お前さんはもう寝なさい。大丈夫です、お前さんの体調が戦力に直結しますし、お子様なんですから。多少おねむが多くても許されますよ」
「リュウジョウ、もうお子様じゃないもん、成体だもん、けほっ、ユウバリさんよりおっきいもん……」
「はいはい、失礼しましたね、レディ。もうお休みになってくださいね」
子供をあやすかのような、からかうような口調で笑いながら。ユウバリはリュウジョウの頭を翼で撫でた。
「……」
リュウジョウはむくれたような、どこか不服そうな目でユウバリを見た後、地に頭をおいて眠りについた。
その三週間後、確実にリュウジョウの体調は悪化していた。
「申告した方がいいと思いますよ、それ。母体のお前さんが倒れたんじゃ、この部隊おしまいです。撤退判断は早いに越したことないですよ」
「んっ、げほっ、げほっ……大丈夫、動けるよ。……まだ頑張れるから、大丈夫。リュウジョウが……リュウジョウが、頑張らなくちゃ」
咳をこらえ、時折喉をひゅうひゅうと鳴らすようになったリュウジョウを見て、ユウバリは嫌な予感がしたが。それ以上言葉をかけることができなかった。
二日後、ユウバリはナガラとともに後方警戒を行っていた。
「小生が言うんじゃあまり効果ないみたいなんで。ナガラさんの方からも言ってもらえません?」
「言っていますよ、何度も。でも、大丈夫って言って断るんです、あの子。ノカゼやナトリも心配して声をかけているのですが……けっこう頑固ですね、リュウジョウさん」
街を爆撃するリュウジョウの後ろ姿を見ながら、ユウバリとナガラは不安な心地を覚えた。
その二日後、眷属個体群の機能低下が顕著になり、検査を行ったところ。眷属の多くが病原菌に感染していることが発覚した。
無論、その母体であるリュウジョウも感染していた。女王型の特性上、群れの遺伝子が近くなることは必然であり、免疫システムが脆弱なのは当然であった。ホウショウの運用時、眷属は戦闘のたびに全て使い捨てていたのを、戦力維持のため生存個体は回収という方針に切り替えたがゆえに発生した事件であった。
感染力の強さから、おそらくはメイミィ側の細菌兵器。即座に眷属、リュウジョウは隔離され、ユウバリたちも検査対象になった。幸か不幸か、感染していたのはリュウジョウのみであった。体内の免疫機能が不完全なまま戦場に出された結果と考えれば、これもまた必然かもしれなかった。
その後、治療班の懸命な治療が続けられたが、リュウジョウは日に日に衰弱し。排卵能力は著しく低下した。
最終的に治癒は不可能であると治療班は申告し。司令部はリュウジョウの特攻を決定した。
「お前さんごと焼き払うなんて、お上もとんでもないことを言いますねえ」
仮設治療室。白いビニール越しにリュウジョウを見ながら、ユウバリは言った。
「風邪こじらせちゃった、リュウジョウがいけないの、げほっ、ごほっ……!ごめん、ユウバリさん、もう、ごほっ、お話、聞けそうにないや」
「……謝る気があるんなら休んでほしかったですよ、小生は」
その声は、静かに怒りを滲ませていた。あれだけ忠告したのに、目に見えて体を壊しているのに、どうして本人も司令部もそれを無視し続けたんだ、と。
何より、自分の言葉ではどうにもならなかった。それがたまらなく虚しかった。
「……ごめんなさい」
泣きそうな声で、リュウジョウは謝った。謝ることしか、もうできなかった。
ユウバリは何も答えないまま、沈黙していた。
眩暈、嘔吐、下痢などの症状が深刻化していく中で、リュウジョウの体は食物を受け付けられなくなり。代わりに、爆弾と石油を呑むように司令部は指示した。
「吐いちゃダメ、ボスの命令……うっ、おえ……っ、ダメ、吐いちゃダメ……」
硬い爆弾の塊を嚥下する音。治療室に充満する石油の匂い。意識が明滅する中で、リュウジョウは愚直に、必死に任務を遂行していた。




