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追加記録 会いたいひとがいる

 オリビアはメイミィの一般市民であった。

 大洋の向こうの国との戦争に巻き込まれて、危うい雇用と経済の中で。ただ恋人と過ごすわずかな時間を噛みしめる、どこにでもいるただの市民であった。


「すまないオリビア、俺の方が先に出発になって……」

「大丈夫よ、次の週にはわたしも出発するもの。気をつけてね、リアム」

 都市部からの段階的な疎開。政府から与えられた番号に従ったそれは、奇しくも二人の出立のタイミングをずらしてしまった。

 

 その数日後のことである。リアムが移住した先の小さな街がイーヴェン軍に壊滅させられたのは。

 日夜に響き渡る空襲警報。揺れる地面に、炎と共に弾け飛ぶ日常風景ばかりが中継され、ネットにばら撒かれていた。

 オリビアは何度も電話をかけた。しかし、どれだけかけても、自動音声しか返ってこなかった。


 交通網が遮断された七日後。とうとうイーヴェン軍はオリビアの街を襲った。爆撃の轟音、こだまする悲鳴。果てしない略奪。食料と女を求める軍隊は、飢えた狼のように辺り一面を貪り尽くしていた。


 オリビアは必死に逃げ回っていた。割れたガラスで血を流しながら走っていた。みなが逃げ出す方へ、流されるように、一心不乱に。


 そのとき、瓦礫の山の麓で手を振る人影が見えた。

「シェルターだ!!」

 誰かが叫んだ。そこに逃げ場があると分かった瞬間、より多くの人が殺到した。

 ただオリビアは一人、もう一つの事実に驚いていた。


「リアム……!!」

 手を振っていたのがリアムであった。見覚えのあるよれたシャツはよりボロボロになり、怪我のためかぎこちない動きであったが。確かにリアムであった。

「なんで、なんで連絡してくれなかったのよ、心配したのよ……!!」

 オリビアが駆け寄り、リアムの身を抱きしめた。


 同時に、その細腕に異様な肉の感触が広がり。腐臭が鼻をついた。

 思わず、反射的にリアムを突き飛ばしてしまうオリビア。その手と胸には、生きている人間からは到底出てこないような、どす黒い血がべっとりと広がっていた。

「嘘でしょ……?」

 リアムの体は倒れたまま、ガクガクと腕を振っていた。それはまるで、壊れた人形のようであった。

 ……その背に残る、深く刺された傷が致命傷であるのは明白であった。

「そんな……何が、どうして……」

 逃げ惑う人々に突き飛ばされて、オリビアは地面に倒れ込んだ。

  その十秒後、上空から投下された大型爆弾が炸裂し。オリビア含む一般市民二百名以上が即死した。

 

 


  作戦終了後、アカギ……空母級軍徒・寄生型一番艦アカギは大興奮していた。

「カイテンの精密制御とか、色々無茶言うなあって思ったっすけど、いやほんとに効果的だったっすねこの作戦!教官の采配すげえっす!」

 細やかな作戦区域の設定。一時的な非戦闘区域の形成。あえて民衆の逃げ道を作り、そこに視線と足を強烈に引きつける。

 そして最も民衆の目が届くであろう場所にダミーを置く。……手を振る仲間を装った、生ける屍を。


 そう、アカギの能力はカイテン……生ける屍の使役である。尾に生えた無数の針の中に超小型眷属が仕込まれており、それで刺した相手の中枢神経を乗っ取るのだ。既に死亡した個体であったとしても、疑似神経系を張り巡らせることで使役可能になる。現地での戦力増強の思想を反映させたものであり、人間を最も使役しやすいようにアカギは改造を施されている。いずれはカイテンが爆弾を背負い都市を蹂躙するようになるのだ。これを地獄と呼ばずして何と呼ぶのか。


「小官は経験則から進言をしただけだ。貴公の能力がなければこの作戦はできなかったからな。よくやった、アカギ」

 そんな新型空母級個体の教官こそがナミカゼである。殲滅作戦、特に民衆を皆殺しにするような方針においてナミカゼの指揮は他の参謀より頭一つ抜けた実績を持っていた。

「逃げ道作るの不思議だったっすけど、ああすればそこに人間が集まるんすね。覚えたっすよ!」

 敵軍に逃げ道を与え、誘い出して殲滅せよ。ナミカゼが受け取ったデータの中には、そんな兵法を唱える一節があった。

「そうだな、直接教えるのが一番手っ取り早いが……小官も来月には本国に戻るからな。今、戦術データファイルを送っておくから、後でまた確認しておいてくれ」

「了解っす!」

 アカギは元気よく返事をした。割と褒めて伸ばすタイプのナミカゼは、教え子に懐かれやすいのである。


「本国に戻るってことは、ホウショウさんと会えるってことっすよね?」

「ああ、そうだな。半年ぶりか……」

「帰ったらやっぱりイチャイチャするんすか?なでなでとかペロペロとかするってマジっすか!?」

「待て。貴公それどこから聞いた?」

「ノカゼ教官から聞いたっす!」

 ナミカゼは頭を抱えた。観察好きでいらんことばかり言う問題児の兄の顔を思い出しながら。

「で、実際どうなんすか?きす?とかしちゃうんすか!?」 

 思春期の男子みたいな好奇心で目を輝かせるアカギに、ナミカゼは溜め息を吐いた。


「……内緒だ」

 静かにしてくれとでも言うように、指を口元に添えながら。やや頬を赤くしたナミカゼはそう答えるしかなかったのであった。




 奪われる側と奪う側でこうも恋模様が変わるのが、恐ろしい話である。

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