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23.揺れ始めた艦

 新原(にいはら)(なぎ)はイーヴェン海軍の少尉である。


 家庭に経済的な余裕がなかったため、無料で入れる士官学校を選んだ。本人としては、文学研究をしたかったのが本心であり不服である。軍人なんて、おだてれば喜んで戦地に行き、歌でもてはやせば戦いの目的も理解しないまま殺戮するガキじゃないかと思いながら。



 新原が所属するのは、第七艦隊。駆逐艦型護衛艦、空母型護衛艦に輸送艦も含めたよくある構成の艦隊である。

 ただ一つ特徴があるとすれば、その艦隊には超弩級戦艦級軍徒が二頭配属されていることである。


「うちの艦の横にいつもいる白っぽいのがコンゴウ、で、あっちの空母の向こうにいる紺色っぽいのがハルナだ。超弩級戦艦級で顔もいいからな、みんなのアイドルなんだぜ」

「だがしかしどちらもオスだ、チクショウ!!」

「そこ重要すかね」

 先輩方の口うるさい紹介を、心底くだらんと思いながら新原は聞いていた。

 だが、コンゴウとハルナは新原が読んだ小説にも出てきた名前であり。知っている名前のものを見るというのはどこか嬉しくも感じた。


「補給食運搬用のマシンがこのあいだ焼けちまってよ。人力で運ばなきゃならねえんだ。人手が足りねえから士官も手伝えってよ、かったりい」

 十キロはありそうな、肉が詰め込まれた真空パックを軽くかつぐ佐々木。新原もそれを手伝い、体勢をやや間違えて翌朝腰を痛めた。

 聞けば、力を入れすぎて脱腸した人もいるらしく。つくづく悪辣な労働環境だと新原は思った。


「うちの艦はコンゴウのお付きだからな、まだマシだぜ?」

 ハルナは高熱砲撃型であり、撃った後に海水冷却が必要。そのとき排熱孔にゴミが入れば、溶けてへばりついて癒着してしまう。だから定期的に排熱孔を掃除するわけだが。目詰まりしていたのを急に外すと中から超高熱の気体が噴き出すことがあり。防護服を着ていても大火傷を負わされる。死亡者もこれまでに何人も出ており誰もやりたがらず、押し付け合って艦内の雰囲気は険悪になっている……といった旨を佐々木は語った。


 ある日、洗濯場に干されていた新原の帽子が風に飛ばされた。

 そして帽子は奇しくも、甲板で待機していたコンゴウの頭の上にのった。

「おー。お洒落さんになったなコンゴウ」

「言ってる場合ですか」

 呑気なことを言う佐々木に思わず反論する新原。

 真っ白な鱗を煌めかせるコンゴウが、海軍の帽子を被っているという状況はなかなか滑稽でシュールながらも。どこか軍人の出で立ちを思わせた。

「おーいコンゴウー!新原に帽子返してやれーー!」

「いや無理ですよ、BOSSシステム無しで指示が伝わるわけが……」


 しかしである。佐々木の声を聞いたコンゴウは、ゆっくりとその方を向き……静かに頭を下げ、帽子を甲板の床へと滑り落した。

 まるで「返してくれた」とでも表現できそうな仕草であった。


「……返還に感謝します」

 帽子を拾い上げて被り、新原は律儀に敬礼した。

 笑う同僚たちを尻目に、彼の知能の高さについて疑問を抱きながら。


 

「んだよ新原、浮かねえ顔だな?さてはお前音痴か?」

 定例軍歌合唱の後、佐々木は相も変わらず新原にからかうように言った。

「音痴でも任務に支障はないでしょう」

 色々と考えているうちに疲れたのか、新原はやや不機嫌そうに言った。

 新原の視線の先には、黄色い蝶が一匹とまっていた。それがコンゴウの角の先なのだから、なんとも命知らずな蝶だと思いながら新原は見ていた。否、もしかすると我々がそんな蝶なのかもしれないと、詩人めいた思考もめぐらせていた。


「佐々木さん。この艦は、少し搖れ始めていると思いますか?」

 新原は、試すように言った。

 佐々木は一瞬だけかたまり、少しの間逡巡し。いつも通りの笑顔で返した。

「さあな、みんなもう艦に乗り慣れて、揺れてるのが当たり前になっちまったからな。……揺れ始めたのがいつかなんて忘れちまったよ」

 そのとき、新原は佐々木も自分に近い人間なのかもしれないと感じた。


 それからしばらく二人は、臨海研究所を背景に舞う蝶と、蝶を目で追うコンゴウを黙って見つめていた。

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