21.分析官の願い
これは、ホウショウとナミカゼを収容した、イーヴェン本土第十八研究所職員の記録である。
軍徒間で初めて繁殖行動を行った二頭、ホウショウとナミカゼ。これは、特筆すべき大事件である。軍徒は生物兵器として生理的欲求が制限されており。生殖機能は生体サイクルの安定化、内臓の構造上一応残してはいるが、命令を下さない限り起動すらできないだろう、というのが全体の認識であったためである。
この事件は、軍徒が人間の想定を上回るものとして、調査研究の対象となり。軍徒にも生殖欲求がわずかながらにも存在するとして、研究が開始された。目的としては、低コストでの次世代個体生産ラインの確立。一頭の駆逐艦級でも何千万と予算が必要になるためである。
ホウショウは繁殖行動後、十日間産卵を停止。その後産んだのは、有精卵。そこで実験結果の精査研究のため二頭の除籍、研究所での収容が決定した。ただしイーヴェン本土防衛の戦力も不足していることから、ナミカゼは二か月で前線復帰。ホウショウと幼体たちが研究所に残される形となった。
ホウショウは、様々なオスとの交配実験を行った。ストレス反応はそれなりに確認されたが、実験は強行された。そしてしばらくして、交配実験は非肉体接触型へと移行した。生体を第十八研究所まで連れていくというのにも限界があったためである。重巡洋艦級など、戦線から抜けられると困る強力な個体ならばなおさらであった。なので具体的にいえば、別研究所にて収容中の個体からサンプルを採取、試験管に入れて輸送。そして第十八研究所にてチューブに差し替え、受精という流れである。
ただ、ここで事件が起こった。輸送の途中に、何者かによってそのサンプルが盗まれたのである。文字通り遺伝子情報の塊。それが盗まれたとなれば、軍徒製造、国を揺るがす大事件であり。軍部と研究所はまたも大混乱、内部対立が激化していた。
ホウショウの感情演算回路はやや不安定。不安、寂しい、恋しいに近い感情の数値が確認された。幼体たちとの交流、接触、訓練時にはその数値は低減。代わりに愛情、安らぎに近い数値が確認された。軍徒にも母性本能、愛着機構が存在する可能性あり。
ホウショウの二十回目の有精卵産卵翌日。ナミカゼが第十八研究所に帰投。ホウショウと同じ格納庫での収容となった。結果、ホウショウの感情演算回路の安定、著しいストレス緩和作用が確認された。その後、幼体たちと交流、訓練。ナミカゼの感情演算回路にも、安心と楽しみに近い数値が確認された。
訓練終了後。ホウショウとナミカゼを特別格納庫へ移動。一時間後、ホウショウがナミカゼに接触。両個体の心拍や興奮度から、交配実験意欲高揚とみなし、これを許可。その後、実験を六時間継続。ホウショウは、有精卵産卵サイクルへと移行した。
人間の倫理観に当てはめて考えれば、ホウショウは軽率な女。ナミカゼは女王に侍るオスの一頭。もしもこの二頭に人間的な貞操観念があったなら、双方の苦痛は計り知れない。
しかし、モニター越しの二頭の仕草は、まさに再会を喜ぶ恋人のような。愛し合いむつみあうような。そんな形で、分析官の目には映った。
一妻一夫を是とするのも、経済と権力の国際化、その頂点に立つ国の宗教観が流布されただけ。もしもその頂点が別の国、別の宗教であったなら人間の倫理観というのはまた根底から異なっていたことだろう……人間の常識というのは危うく、必然的に偶然の産物。常識が生まれるのに必要な時間は、長いようでいて短い。分析官は、どこかで聞いたか読んだかした、そんな文人の話を思い出した。
あるいは、この二頭は最初からこうなる可能性を知っていたのではないか、と分析官は仮説を立てた。ホウショウならともかく、ナミカゼの演算能力……先読みの能力でなら可能性は十分にある。
分析官はこの仮説を検証するため、ホウショウの解体処分の見送り、交配実験の続行、および経過観察の継続を申請した。軍徒が人間の意図を読み切った、かつそのうえでその意図に従ったというのなら、その演算能力は人間の想定をはるかに上回っていることになる。もしそうだとしたら、絶対に原因を探求すべき、という旨を記述した。
……願わくはこの二頭には、この研究所で幼体たちと共に幸せに暮らしてほしい。そんな気持ちを抱きながら。




