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20.禁断の 後編

 事件が起こったのは、ホウショウのデータアーカイブが更新された日の晩のことであった。

「ホウショウね、今日、気付いたの。気づいちゃったの。……ホウショウは、ナミカゼとの卵が欲しいなって」

 身を低くして、誘うような目をしていた。

 ああ、余計なことを吹き込まれたのだなとナミカゼは悟った。

「貴公は単性生殖できるのだから、小官との卵はいらないだろう」

「うん、いらないよ。いらないけど、欲しいの。眷属じゃなくて、赤ちゃんが欲しいの。……ホウショウたちが、生きてたんだよって証拠」


 既にこの時点で、ホウショウの後継艦としてリュウジョウの製造計画が進んでいた。欠陥品というレッテルはどこまで剥がれているのかも分からない状況、後継艦が完成すれば自分の身はどのように処分されるのか分からない。ナミカゼも、いつまで自分の部隊にいてくれるのか分からない。ホウショウは、そんな不安をずっと抱えていた。


 そのときナミカゼは、妙な匂いがすることに気が付いた。

 甘く、熱を帯びたフェロモン。ああ、そうだ、空母級……特にホウショウは、女王型個体と呼ばれる類のものであったとナミカゼは思い出した。


「……ねえ、先生。ダメ?」

 ホウショウは成体となり、群れの指揮も執れるほどになった。産卵のために、十分な栄養も与えられていた。そして今回、蓋をされていた本能に、データという風穴があいてしまった。

 その体の本来の使用目的を思い出すには、条件が揃いすぎていたのである。


「……後戻りはできない。取り返しのつかないことになる。それでもいいのか、きみは」

 知らない、分からない、だから知りたい、暴きたい。ミネカゼ型として埋め込まれた獰猛な欲求。愛を帯びた狂気を一切悟らせない、あくまでも紳士然とした立ち居振る舞いは、恐怖すべきものであった。


「まず、これはおそらく罠だ。このタイミングで、きみに繁殖に関するデータが与えられること自体不自然だからな……製造コストの削減あたりが目的か。だとしたら……」

 ナミカゼは考えた。感情抑制をかけた思考回路は非常に冷静で、瞳は無感情にホウショウをとらえていた。

 ……フェロモン効いてないな、流石先生……考えてるときの先生の顔かっこいい、可愛い……抱きたい……いや今はダメ絶対怒られる、とホウショウは悶々とじれったく待った。


「もしもここで小官がきみに手を出したとして、その後どうなるか。仮説が五つある。それを聞いたうえで、もう一度考えてくれ」

 こうして、ナミカゼが提示したのは以下の通りである。


1.即殺処分。毒殺、自爆、特攻、殺害方法はいくつかある。ホウショウはその大型規格により、薬物での安楽死はコスト的に絶対不可能。おそらく相当苦しんで死ぬ。

2.一時的な経過観察。おそらくは、ホウショウとナミカゼを引き離す形での再編成。再会できる可能性はほぼない。

3.ナミカゼのみ殺処分。ホウショウは戦略的価値が高いため、残される可能性は十分にあるが、ナミカゼは異常行動個体として見せしめ的に処刑される可能性が高い。

4.研究所への収容。原因解析のため、メンテナンスが行われる可能性あり。ただし、最終的に解剖が必要となり二頭とも死亡する可能性あり。

5.新規軍徒製造装置としてホウショウ改造。複製体が造られる可能性あり。これまで以上の産卵量と、ナミカゼ以外との繁殖行動を強要される可能性あり。おそらく一番の生き地獄。


 全て聞き終えた後で、ホウショウは考え込んだ。

「……なんか、死亡率高くない?高すぎない?」

「それだけ重大な意味をもつということだ」

「先生、ホウショウのこと嫌いだったりする?嫌いなの……?」

「少なからず思っているからこそ、真剣に考えているだけさ」

 つん、とナミカゼはホウショウの鼻先にキスをした。ナミカゼの方からキスするなんてことは珍しく、ホウショウはそれだけで十分にその気持ちを理解し。怒られない程度に尾を振った。


「きみにそういうことを吹き込んで、小官がそれにホイホイ引っかかるというのは、小官の矜持としても不服この上ないからな……ホウショウ、フェロモン以外に何を教えられた?」

「んっと、えーっと……口で説明しづらいね、言いづらい。秘匿回線でデータ送るね」

 ナミカゼはデータファイルを確認した。およそ軍徒が手にしてはいけないような、官能的な画像やら動画やらに懇切丁寧な解説が添付されていた。

「……ホウショウ、きみこれ、全部やるつもりだったのか……?」

「うん、もちろん。先生がどんなの好きか分からないから、分からないなら全部やるしかないよね、ね?」

 ナミカゼは頭を抱えた。彼が想像していたよりも事態は混迷していた。

 どんなのが好きか、なんてナミカゼには分からなかった。データ無き推論は不可能なのである。しかし、妄想に近いものは実験的には可能であり。ホウショウがあれやらこれやらをしたらと思うと。ナミカゼは耳まで赤くなった。

 いやダメだホウショウでこんな妄想しちゃダメだろう仮にも元教え子、かつ現上官。なんだこの背徳の詰め合わせセットみたいな状況は、とナミカゼは頭痛をおぼえた。

「先生、どうしたの?どうしたの?具合悪いの?ごめんなさい、フェロモン初めて出したから、何か間違えたかも、ごめんなさい……」

 ナミカゼはホウショウの方を見た。あまりにも無垢で、無邪気であった。


「……もう一度訊こう。きみは、小官との卵が欲しいか?」


「もちろん、もちろんだよ!その後、どうなっちゃうか、分かんないよ、分かんないけど……何もしないまま死んじゃうよりは、ずっといいよ」

 これがホウショウの、幼いながらも本気の覚悟であった。


「……了解した。なら、小官も身命を賭してそれに応えよう」

 ナミカゼは、感情演算回路の自己制限を解除した。


「覚えおいてくれ、ホウショウ。これが……地獄の始まりの味だ」

 この夜初めて、ホウショウはキスに味があることを知った。

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