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追加記録 幸運官 前編

 これはユキカゼとイソカゼ……カゲロウ型十二番艦であり、ユキカゼの弟にあたる個体である……に関する記録である。


 その日、研究所近くに敵艦隊が出現し。防衛戦力の不足から検査待機中であったユキカゼ、経過観察中であったイソカゼも戦場に駆り出されていた。


『ハツカゼ、マイカゼは二時方向の重巡洋艦を。ユキカゼ、イソカゼは九時方向の駆逐艦を。空母は本艦が引き受ける。絶対に研究所に近づけさせるな』

 超弩級戦艦級・ナガト型ニ番艦・ムツが前に出た。翻す翼と共に竜巻が起こり、破砕した航空機を巻き込んでさらに殺傷力を上げていく。暴風を操り、その巨躯からは想像もつかないような軽やかさをもって空を舞う。


 戦局としては、十分に勝てる。しかし、研究所に極秘兵器であるヤマトがいる以上、その防衛線は絶対的なものであり。じわじわと、艦隊全体に焦りが広がり始めた。

『榴弾砲第八波。回避』

 ムツの声に、一気に散開するカゲロウ型群。研究所から放たれた弾丸は、敵駆逐艦を撃ち抜き爆発炎上させた。


 敵艦の進路、友軍の位置、陸からの砲撃の全てを考慮して立ち回る。同時に、最も確実に斜線を確保できる航路、スピード、深度を考えるユキカゼ。その集中力は凄まじいものであった。

 

 ……その視界の端に、ハツカゼ……カゲロウ型七番艦であり、ユキカゼの兄にあたる個体である……を捉えた。既に出血多量、速力低下は顕著。中破であり、撤退を検討してもいい状態であった。

 しかし、ハツカゼは退かなかった。愚直に、真剣に、敵軍の隙間を駆け回っていた。

 ……あれは長くもたないな、とユキカゼは判断し、やや後退気味に航路を微調整した。


【ハツカゼ、特攻せよ】

 その命令が下ったのは、五分後のことであった。

『……了』

 ハツカゼが速力を上げ、発熱器官にエネルギーを回す。敵駆逐艦の雷撃を抜け、その艦橋に肉薄した。

『菊よ、桜よ、散るがよい!我が魂は不滅なり!』

 雄叫びの後、ハツカゼの発熱器官が暴発し。閃光と熱と黒い血を撒き散らして艦橋もろともその体が爆ぜた。


 八時間後、戦闘が終了し研究所に戻る途中。マイカゼはユキカゼの隣にいた。

「……ユキ兄、少しいいですか」

 重苦しい声で、マイカゼが問うた。

「ムツ長官は黙認するつもりのようですが……ハツ兄の特攻は、あなたがもう少し前線に出て、援護射撃をしていれば防げたのではありませんか」

 責めるような声音であった。かすかながら、怒りも滲んでいた。

 ユキカゼはそれに対し怒るでもなく、淡々と冷たい目を送った。

「結果論ネ、未然に防げるなら司令部も特攻なんて言わねえアル。……そういう言い方は今後の作戦行動の妨げになるネ、やめておくヨロシ」

 嘘ではないが、詭弁であった。雪化粧に隠す本心。本当は、ユキカゼにもその自覚があった。

 ……友軍のために前に出て戦うとしても、限度がある。今回に関しても、援護射撃に出れば共倒れになる可能性があると判断した。友軍を庇って死ぬなんて絶対御免、生き残って次の作戦に参加する方がよほど効率的で、友軍のためになる。ユキカゼの判断は殊の外現実主義的で、保身的であった。

「……了」

 マイカゼはそれ以来、ユキカゼと口をきかなくなった。

 幸運官、絶対生還者。司令部がユキカゼに贈ったその勲章に、疑念を抱いたためである。


 研究所格納庫にて。ユキカゼはイソカゼと同室という形で待機させられていた。


「ギスギスしてて嫌だねぃ、オイラ胃が痛くなっちまうよ」

 肩の保護フィルムを痒そうにつつきながら、イソカゼが言った。

「なんで余計なことごちゃごちゃ考えるのか、オイラには分かんないねぃ……ボスの命令で兄貴がまたひとり死んだだけだろぃ?」

 ユキカゼは返事をしなかった。イソカゼはそれを気にするでもなく、独り言を続けた。

「ボスの言う通りにだけ生きるってのは楽だぜぃ?責任も正義も空っぽにして、自分のこと全部他人のせいにできるんだからなぁ。オイラはそっちの方が性に合ってるねぃ」

 それは責任の転嫁、平和主義的な対立の回避であった。

「なあ、聞かせてくれよユキ兄……アンタはどうやって特攻から帰ってきたんだい?」

 そう、ユキカゼは特攻を命じられてなお帰投したという武勇伝を持っているのである。だからこそ、その生存能力の高さを讃えられていた。

「怖い顔しないでほしいねぃ、ちょっと気になっただけだからさぁ。……オイラも特攻帰りでねぇ、なんでこう扱いが違うのか不思議なわけよ」

 ユキカゼが、ようやくイソカゼに目を向けた。その目には確かな驚きが込められていた。

「ま、オイラのは無様だぜぃ?特攻命令受けた直後にミサイル飛んできて大破しただけだからねぃ。ぶっちゃけマミヤが間に合わなかったらオイラ死んでたからなぁ」

 要するに、命令遂行不可となったがための命拾い。それで生き残ってこうして喋っているのはまさしく奇跡、幸運と呼んで差し支えないものであった。


 ユキカゼは迷った。しかし、意を決して口を開いた。

「三十八秒アル。……カゲロウ型が発熱器官暴走させて、ボディが弾け飛ぶまでは三十八秒ネ」

 それは、同型艦が特攻、自沈していくのを観察し続けた末に手に入れた数字であった。

「特攻命令受けて、三十八秒後に死ぬネ。……だったら、三十八秒以内に標的を沈めればいいだけアル」

 最短コースでの接敵。暴走させた発熱器官のエネルギーを込めた砲撃。火薬庫への誘爆を織り込んだ的確な照準。爆沈からの戦線離脱。

 どんなに危険だとしても、大怪我を負うのだとしても。十死零生より九死一生を。それがユキカゼの、常軌を逸した生への執着であった。

 何故そこまで執着するのか、ユキカゼ自身も分からなかった。……誰かが悪戯に、気まぐれに組み込んだ本能かもしれないという考えは、意識の外に追いやっていた。


「ほえー……んー、やっぱ分からないねぃ。ま、ユキ兄が思ったより怖いってのは理解したぜぃ」

 イソカゼは依然として飄々とした顔で言った。

「オイラとしちゃ、特攻で死ぬのも悪かねえと思ってるんだけどねぃ?」

 イソカゼは反応を探るように言った。ユキカゼはただ沈黙していた。

「誰かのために死ねるってのは、かっこよくてお手軽だぜぃ?死者に口無しってなぁ。死者が絶対可哀想で、正しい奴になるんだから」

 歪みのある正当化であった。しかし戦場ではそれがまかり通っているのをユキカゼはよく知っていた。

「誰かのために生きて、誰かのせいで死ぬ。そいつはなーんも悪くないねぃ。そりゃオイラにもできる、卑怯下劣で勝ち確な死に様ってやつだぜぃ」

 お互いに、自身が卑怯である自覚があった。高尚な理想なんて戦場にいらない。そんな根っこの部分は共通しているのかもしれなかった。


「ま、言いたいことはこんくらいかねぇ。じゃ、オイラ疲れたんで寝るわ。おやすみー」

 一方的に言うだけ言って、イソカゼは眠りについた。

「……ほんと、勝手な奴アル」

 不機嫌を露わにしたまま、ユキカゼも床に伏せた。……勝ち確な死に様なんて理解できない、死んだら絶対負けだろうにと沸々と思考を巡らせながら。

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