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12.玉

 その日もまた、ユキカゼはヤマトの指導を行っていた。

「この時間は軍規説教項目アルが……今ファイル送ったから、転写しておくだけでヨロシ。おまえのことだし忘れるネ、そっちの方が効率的アル」

 ヤマトは首を傾げた。しかしユキカゼの言うことなら、と理由も問わず納得した。


「いいか寝ぼすけ、死ねば勝ちなんて勝負はないネ。死んで逃げ勝つなんて、われは絶対許さねえアル」

 これは、ユキカゼの信念であった。

「生きて帰らなくていいって言われても、帰れば軍は喜ぶネ。戦力足りねえ現金なアホ共アル。おまえなら、なおさら大事にされるべきネ」


 ユキカゼは一度、特攻を命じられたことがある。そのときもやはり死にたくなかったため、ギリギリ衝突するか否かの航路を取り。敵艦を爆破し、その爆風を翼皮膜で受けて離脱。全身大火傷、翼皮膜は全壊。しかしそれでも命からがら生還したのである。


 この経験から、「たまたま生き残った」という正当化の教訓をユキカゼは得たのである。


「生きなきゃいけないってのより、まだ死ねないってのが手っ取り早いネ。おまえ、やりたいことはねえアル?」

「……?……分かんない……」

 生まれて間もないヤマトに、そんなものはあるはずがなかった。

「われはいっぱいあるネ。同型艦に百回会う、都行ってツリー見る、もう一回ゾンジュオで月餅食う、ミクマ隊でチョコレートを食う、メイミィでハンバーガーを食う……」

「……食べるの多い……」

「食うことは正義アル。食事は複合型データだから保存再現も難しいネ、だからまた食いたいってなったら食うしかないアル」

 要するに、思い出すだけでは満足できない。軍徒は特に兵器であるため、思い出す精度は人間のそれよりはるかに高いが。食事は、視覚、味覚、嗅覚、感覚、内分泌系反応など複雑な演算が行われることから、データとして保存するのが難しいのであった。


 勝つまでは欲しがらないこと。与えられる以上のものを求めないこと。それが軍規。鉄血の掟。

 それが、破られた形。もたらされた要因は、人間の横着、規律の乱れであり。身から出た錆的な皮肉であった。



「生きるには下心も必要アル。これ覚えておくヨロシ」

「……ん……了。記録……」

「で、おまえのはどうアル?叶いやすいのと叶いにくいの両方あれば満点アル」

「……考える……ちょっと待って……」

 その後五分ヤマトはフリーズした。こいつ戦場に出したらフリーズしてる間にボコボコにされるな、とユキカゼは思った。


「……ユキカゼさんに、撫でてもらいたい……」


 ユキカゼは拍子抜けした。思っていたよりも、子供らしい。ある意味ヤマトらしい願いであった。

 スキンシップの欲求、褒められたい、認めてもらいたい承認欲求あたりか、とユキカゼは分析した。

「そのくらいなら、やってやるネ。潜るヨロシ」

 ヤマトの格納プールに入る許可、接触の許可を申請し、受理されたのを確認して水中に飛び込むユキカゼ。水温は生ぬるく、ヤマトのエネルギー量故の高体温……ヤマトの温度か、と認識した。


 ヤマトの目は相変わらず半分ほどしか開いておらず、眠たそうであった。しかし、ユキカゼの手がその額に触れた瞬間。ぱちり、とその目は一度だけ大きく見開かれた。

 それはまるで、太陽の光を浴びたような。何かに目覚めたかのような。


「これなら、反復可能アル。ちゃんと生きて帰ったら、ご褒美にしてやるネ。この感覚、覚えておくヨロシ」

「……ん」

 このときのヤマトの演算の活性化は、特筆すべきものであった。


「……ユキカゼさんは、食べるの好き……?」

「あー、たぶん好きアル。補給食以外にも色々食ったアル。まあ、そのせいで今こんなところにいるとも言えるアル」

 すると、ヤマトはまた考え込んで。


「……ユキカゼさんの隣で……ユキカゼさんと一緒に、ユキカゼさんの好きなもの、お腹いっぱい食べてみたい……」


 一つ目といい二つ目といい、願いに他者を関連させている。これは所属欲求、愛着の欲求として自然であるが。あまり一つの個体に執着しすぎれば、万が一の場合に立ち直れなくなる可能性もある。

 諸刃の剣。止めるべきか、とユキカゼは考えた。しかしようやく芽生えた積極性を潰すのも悪いと考えた。

「おまえが腹いっぱいとなると、工場ごと買収しねえと絶対足りねえアル」

 ユキカゼは、プールをチョコレートで埋め尽くして、ヤマトと共に貪る図を想像した。あまりにも滑稽な図であり、思わず笑ってしまった。

「ま、悪くねえアル。それまでわれも死ねないネ、ヨロシ」

 そう言ってまた、ユキカゼはヤマトの頭を撫でた。お互い生きていればただの笑い話だ、と胸に覚悟を秘めながら。


 

 その日は、ヤマトが初めて海に入る日であった。

「……ユキカゼさんは帰る場所、分かる……?」

 研究所をあとにして数時間後、ヤマトが不安げにこぼした。

「当たり前アル。臨海基地の座標くらいすぐ覚えるヨロシ」

「……ホンカン自信ない……忘れる……」

 呆れたようにユキカゼは言う。


「じゃあ、われが連れて帰るネ。おまえはわれだけ探せばヨロシ」

 実に単純な、ヤマトにも分かる言い方であった。

「……ん、了……待ってて……ホンカンとろいから……」

「自覚あるなら直すヨロシ」

「……無茶言わないで……」

 何だかんだ言いつつ、師弟としての関係が二頭の間で構築されていた。


 これが、三月八日のことである。

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