10.乱れた規律 後編
さて、厳しく食事を制限されているはずの軍徒がこうも飯の話をしているのは何故かと問われれば。それはミクマ隊を管轄する第十三艦隊の管理の杜撰さ、治安の悪さにあった。
ミクマ隊を収容する母艦は、アオバ隊と同じ新型個別格納庫型。それが正しく使われていれば問題ないのだが、第十三艦隊はあちこちへ振り回され疲弊し、士気はもともと高くなく。軍徒は文句を言わない、という認識でユキカゼたちの格納庫に入り浸って煙草を吸ったり菓子を食ったり酒を飲んだりする輩が多かった。軍徒用格納庫って換気扇強くて匂いも音も誤魔化しやすいし楽だわ、くらいの感覚である。タチカゼをシオカゼの格納庫に無理矢理押し込んで、タチカゼの格納庫でどんちゃん騒ぎすることもあった。さらには、軍徒用の補給食の冷蔵庫にアイスやチョコレートを隠し持つ始末。
吹き溜まり。軍規の乱れ。無法地帯。それが第十三艦隊。
始めはユキカゼも、こいつら大丈夫なのかと危機感を抱いたが。一回気まぐれでチョコレートをもらって、その味に惚れこんでしまった。
「ミルクチョコ食いてえアル。ぎぶみーちょこって人語だとどう発音すればヨロシか?」
「声帯および口腔構造が完全に異なるので不可能だと思います」
冗談半分のユキカゼの言葉に、シオカゼは大真面目に答えていた。
「わしはやっぱりビールがほしいのう。そうそう、メイミィの作戦のときに一回だけキンキンに冷やしたのを飲んでな、あれが忘れられんのじゃよ」
「いや待てそれどうやって冷やしたんだよ。作戦後って冷蔵庫もなんもねえだろ、瓦礫の山じゃねーか」
「ヒエイ長官が撒き散らした氷をちょいと拝借したんじゃ」
「一回怒られて来いよ隊長」
ちなみに、ちょうど夏であったことから兵士たちはかき氷も作ったという。なお、シロップはないことを追記しておく。
その晩も、ユキカゼの格納庫に兵士たちは入ってきて。騒ぎ立てて酒を飲んだ。ユキカゼは隅に静かに座り、近寄ってきた兵士に可愛く目線を送ってみる。それでミルクチョコをもらって、任務達成。
と、そんな日々を送っていたところ。あるときどこかから情報が流出したのか、本部からめちゃくちゃ怒られた。
ついでに、ユキカゼは検査のため研究所に送られることになった。
「なんっでわれだけアル!?ミクマの方が絶対われより不健康ネ!?」
「ミクマ隊長のはおそらく、証拠が不足していたのと……重巡洋艦級に抜けられると戦力的に厳しい、と本部が判断したのかと考えます」
「ユキカゼが呼ばれたのって、たぶんチョコじゃなくて受動喫煙の方だと思うよー」
シオカゼとタチカゼの論破に打ちひしがれるユキカゼ。
「戦線離脱の理由がアホすぎてどこからツッコミ入れたらいいのか分かんねーよオレ」
「こっちの台詞アル」
「あー、研究所だとチョコはねえけどよ、その、落ち込むなよ、な?」
「……おまえ励ますの下手くそネ」
「オレの今世紀最大の気遣い返せやこの野郎」
ユウナギは何だかんだ言ってユキカゼと一番仲が良かった。
「ユキカゼのアニキならセイカツシューカンビョーになろうが、ぜってー生きてるって信じてるぜ!」
「いや、死なねえアル。その言い方不吉だからやめるヨロシ」
大いに語弊がある言い方をするカエデを静かに諭すユキカゼ。そこにはほんの少し、本気の焦りがあった。
コンディション不良個体の個別輸送中。このタイミングが最も襲われやすく、死亡率が高いのである。
「まあ、なんじゃ。わしらでこっちは何とかするし、ユキカゼなら何とか研究所まで自力で泳げるじゃろ。休暇じゃ思って、安心して養生してこい」
ミクマは朗らかに、どこか安心感のある声で言った。
「……しゃーねえアル。じゃあ、元気にしてるヨロシ」
こうして、ユキカゼはミクマ隊から去った。
これが、ユキカゼのミクマ隊との最後の会話である。




