098・中央制御システム
扉の先は、1本道だった。
直線の通路が伸びていて、左右には小部屋がいくつかある。
小部屋を無視し、先へと進む。
(ん……)
正面に扉が見えた。
こちらは小さな扉で、人間1人が通れるだけの大きさしかない。
ヒィン
真眼で施錠と罠の有無を確認する。
うん、
「鍵も罠もありません」
と、3人に伝える。
彼女たちも頷き、アルタミナさんが取っ手に手をかける。
ギギィ……
軋み音と共に、開く。
(う……)
室内からは青白い光が漏れてきた。
何だ……?
そのまま、4人で中へ。
室内は、中学校の音楽室ぐらいの広さで、たくさんの機器が並び、無数の管が床に這っている。
そして、部屋の中央。
ど真ん中に、円柱の水槽があった。
「…………」
青白く光る液体に満たされた水槽内には、巨大な機械でできた『脳』が浮かんでいた。
何本もの管が『脳』に繋がり、水槽の天井に伸びている。
ボコッ
水槽の下部から、気泡があがる。
僕ら4人は、唖然とその水槽内の『脳』を見つめてしまった。
(何これ……?)
心の中で呟く。
何と言うか、生理的にムズムズする。
もしかして、
(これが、中央制御システム……?)
そう思った時、
ヒィン
真眼が発動する。
【中央制御システム】
・遺跡の管理システム。
・500年間、戻らぬ主人を待ち、この遺跡を維持し続けた。
・長い年月の風化、劣化により、約7割の機能が停止している。現在、ゴーレム管理機能のみ稼働中。
・ほぼ朽ちかけの状態。
(…………)
主人のために、遺跡を……?
500年も?
な、なんか健気じゃん。
(そっか……)
きっと、システムを作った主人さんは亡くなっている。
500年前の人だし。
でも、理解できなくて。
だから、主人が戻るまで、必死にこの遺跡を……家を守ろうとしてたんだね。
敵――と思ってた。
だけど、本来は僕らの方が侵入者で、彼は主人のために遺跡を守ろうと健気に戦っていただけで……見方を変えたら、僕らの方が悪者なんだ。
(ああ……やだな)
忠犬みたいじゃん。
僕、こういうのに弱いんだよ~。
「……シンイチ君?」
僕の表情に、クレフィーンお母様が気づく。
うう……。
僕は見えた情報を3人にも伝え、自分の心情も話してみる。
彼女たちは、
「そっか」
「確かに、私たちは家主のいない家に入った押し込み強盗みたいなものですよね」
「まぁ、そうね」
と、頷く。
ただ、僕ほど感傷的ではなくて。
黒髪の美女は言う。
「でも、時代が変わったんだよ」
「…………」
「人も文化も何もかもが変わる。500年前の建物も遺跡になり、その意味も過去を知る研究対象に変わったんだ」
「……でも」
「気持ちはわかるよ」
「…………」
「500年前の人に敬意は払う。だけどそれでも、今の時代の人が中に入っただけで死なせるような、危険な遺物は要らないんだよ」
「……!」
確かに、死人が出ている。
忠犬だけど、主人を失い他の人を殺すのなら、許容はできない。
だってさ?
(もし殺されるのが、クレフィーンさんたちだったら……?)
うん、嫌だ。
絶対、嫌だ。
「――そうですね」
心が定まり、僕も頷く。
彼女も微笑み、頷き返してくれる。
と、クレフィーンさんの白い手が、僕の髪を優しく撫でる。
「シンイチ君」
「?」
「アルのいうことは正しいです。でも……」
「でも?」
「その感覚……今、シンイチ君が感じたような感性は、どうか大事にしてくださいね」
「…………」
僕は、黒い目を瞬く。
(えっと……)
少し戸惑う。
でも、クレフィーンさんは哀しげに微笑み、僕を見つめている。
(……うん)
コクッ
僕は頷いた。
彼女も優しく頷く。
アルタミナさんは苦笑、レイアさんは「フィンは甘いわね」と肩を竦める。
よくわからない。
けど、お母様が言うなら、きっと大事なことなんだろう。
と、僕は納得する。
ともあれ、だ。
地上の調査隊の今後を思うなら、この『中央制御システム』も停止しなければならない。
さて、どうすれば……?
僕は、1度目を閉じ、
(真眼君、お願いします)
と、自分の目に頼む。
そして、開く。
ヒィン
やはり、真眼君は応えてくれた。
【システムの停止方法】
・水槽下部に設置された『緊急排水スイッチ』を作動させる。
・機能維持用の特殊な水が抜け、システムは停止する。
(なるほど)
僕は頷く。
3人に説明し、皆で水槽の近くへ。
ゴボッ
気泡が昇る。
ゴボボ……ッ
さっきまでより、激しく、量も多い。
まるで、目の前の『脳』が恐怖を感じて、僕らの接近を拒絶しているように思えて……。
(…………)
グッ
僕は、唇を引き結ぶ。
水槽の下側は、何本もパイプが繋がる金属の筒状になっている。
その中に、
(あ……)
金属枠のガラス板があり、奥に赤い突起物が見えた。
これかな?
ヒィン
【緊急排水ボタン】
と、文字が重なる。
(うん)
間違いない。
僕は『初心の短剣』を取り出し、柄頭の部分でガラスを割る。
バリン
透明な破片が散る。
赤い突起が剥き出しだ。
僕は、1度、3人を見る。
彼女たちは頷く。
僕も頷き返し、また前を向くと、グッとボタンを押した。
ゴボッ
ゴボボ……ッ
ゴボボボボ……ッ
水槽内の気泡が激しく泡立ち、内部の青白く光る液体が排出され始めた。
床に這うパイプ内から、水の流れる音がする。
水槽の水位も下がる。
同時に『脳』が水面上に現れ、浮力を失い、水槽の天井部から繋がる管でぶら下がった状態になる。
更に水位が下がり、完全に『脳』は露出。
すると、
バチッ バチン
重量を支え切れなかったのか、何本も管が外れだした。
ブチュッ
赤黒い血のような、油みたいな液体が接続部から吹く。
やがて、水槽内の青く光る水が消え、その床にグシャン……と、巨大な『脳』が落ちた。
自重により、衝突面が破損。
ガシャン ドクドク
ひび割れた部分から、また管の外れた穴から赤黒い液体が流れていく。
10秒ほどし、
ヒィン
【中央制御システム】
・停止している。
真眼が教えてくれた。
(……うん)
僕は、目を伏せる。
3人にも停止したことを伝えると、皆、頷く。
ポン
僕の背に、クレフィーンお母様の手が触れる。
振り返ると、彼女は優しく微笑み、
「――お疲れ様でした」
と、短く言った。
僕も何とかはにかみ、頷く。
もう1度、僕が殺してしまった『脳』を見る。
(…………)
この忠実な何かが人を殺すことは、もう2度とない。
僕は、
パン
軽く頬を叩く。
そして、天井を向き、
「は……ふぅぅ……」
と、長く息を吐き出したんだ。




