094・勇気ある少年〈※アルタミナ視点〉
「――あの、僕に作戦があります」
黒髪黒目の少年が突然、そう言い出した。
私たちは、彼を振り返る。
(シンイチ君……?)
15歳の少年は、少し緊張した面持ちで私たち3人を真っ直ぐ見つめていた。
私は、前を向く。
多脚型ゴーレムは、正面だ。
長く目は離せない。
奴の動きを警戒したまま、
「作戦?」
と、聞き返した。
「はい」
彼が答え、頷く気配がする。
隣のクレフィーンは、同じように正面の敵を見据えながら、少し困った表情をしていた。
彼と同じ、後方のレイアが言う。
「ふぅん? なら、言うだけ言ってみなさい。どうするかは聞いてから考えるわ」
(うん)
そうだね。
私は、心の中で頷く。
足元には大小の瓦礫が散乱して、今までのように走り回るには難しく、正直、厳しい戦況だった。
(リスクを負って走ることもできるけど……)
もし何か策があるなら知りたいね。
素直に、そう思う。
それに、シンイチ君の考えだ。
この子は、私たちとはどこか違う発想をし、思わぬことをしてくれる。
今回も、
(期待しちゃうじゃないか)
なんてね。
そして、彼は頷き、言う。
「単純です。僕が囮になります」
「は?」
(は?)
レイアと私の心の声が重なった。
隣のフィンも「シンイチ君?」と驚いた様子だ。
すぐに、私の義妹分が言う。
「いけません。そのような危険な真似はさせられません。――アル、レイア、シンイチ君の作戦はなしですよ」
「…………」
「…………」
「アル? レイア?」
フィンは、驚いたように私たちを呼ぶ。
私は少し考える。
(……うん)
確かめるため、彼に聞く。
「何か考えがあるんだね?」
「うん」
「もう少し詳しく話して欲しいな。じゃないと、決められない」
「わかりました」
彼も頷いた。
フィンは「アル!」と悲鳴のような声を上げる。
でも、レイアは冷静に、
「フィン、話を聞きましょう」
「レイア……貴方まで」
「シンイチはまだ子供だけど、馬鹿じゃないわ。秘術の目もある。何か勝算が視えているなら、聞くべきよ」
「ですが」
フィンは不満そう。
だけど、
「――彼も仲間よ。信じなさい」
私たちの中で最年長の彼女の言葉に、フィンは息を飲む。
苦しげに、
「……はい」
と、頷いた。
無邪気なシンイチ君は「ありがとう、クレフィーンさん」と笑う。
それに、フィンは複雑そうな表情だ。
そして、彼は言う。
「時間がないので端的に。僕は、奴の攻撃を防げます。なので防いでいる隙に、3人で攻撃してください」
「防げる?」
「あ……」
「なるほど、古代魔法ね?」
ああ。
レイアの言葉で思い出した。
5秒間、物理、魔法の両方の攻撃を完全に防げるという古代魔法……彼は習得していたんだった。
シンイチ君も頷く。
そして、
「そのあと、もう1つ、あることが起きます」
「あること?」
「今は秘密です。でも、何も考えず、あのゴーレムを倒すことだけに集中してください」
(ふぅん?)
何だろうね?
と、私に向けて、
「――本気で、何が起きても気にせず、あのゴーレムを倒してください」
もう1度、繰り返した。
思わず、振り返る。
真剣な瞳。
表情には、かすかな緊張も感じる。
(…………)
チリッ
首筋の毛が逆立つ感覚。
……本当に何が起きるのかな?
フィンもレイアも彼の雰囲気を感じて、すぐに次の言葉が出ずにいる。
私は覚悟を決める。
息を吐き、
「わかった、約束するよ」
「はい、お願いします」
彼も頷く。
義妹のフィンは「シンイチ君……」と心配そうだ。
でも、それ以上、詳しく聞き出すことは無理だった。
ギシン
私の視界の先で、多脚型ゴーレムが動き出した。
人型部分の4本の手が握る赤く灼熱した曲剣が、妖しく陽炎を揺らしながら構えられる。
5脚となった足が瓦礫を踏み、前進する。
ギシギシ
不安定な足場も関係なく。
安定した姿勢と速度で、私たちの方へと肉薄してきた。
グッ
私も姿勢を低く構える。
隣のフィンも両手で握る剣を正眼に構え、奴を静かに睨みつけた。
レイアも大弓を構え、
「レイアさん」
「何?」
「今から、僕が前に出ます。なので、レイアさんの重力魔法で、僕のことを一気に奴の頭付近まで飛ばしてください」
(お……?)
レイアの驚く気配。
そして、「わかったわ」と応じる声がした。
やる気だね?
私は、フィンを見る。
彼女もこちらを見ていて、視線が合う。
(うん、備えるよ)
お互い、頷き合った。
そして、
「じゃ……行きます!」
彼が言った。
私とフィンの間を抜けて走り出し、
トン
と、軽く跳躍。
空中に浮かんだ彼に、レイアが古代魔法を使う。
赤毛の髪が舞い上がり、
キィン
彼女の薄紫色の瞳が輝く。
直後、彼の小柄な身体が見えない力に捕らえられ、矢のように飛翔して多脚型ゴーレムに迫っていく。
(――今)
タン
私とフィンは息を合わせ、彼を追うように走り出す。
さぁ、
(君を信じるよ、シンイチ君!)
◇◇◇◇◇◇◇
キュィィン
赤いレンズの眼球が回転し、飛来する少年を捉える。
多脚型ゴーレムは、瓦礫上で斜めに止まり、上半身の人型部分を前に突き出すように姿勢を変えた。
灼熱する曲剣。
それを空中の少年に、4本同時に振り下ろす。
瞬間、
「――王霊の盾!」
黒髪黒目の少年が叫ぶ。
彼の周囲に球状の青い光の障壁が生まれ、
ギギィン
防御不可だったはずの剣が全て、完全に受け止められ、停止した。
(やるね!)
絶対防御の古代魔法。
とは言え、ぶっつけ本番での恐怖は相当だったはず。
よくやったよ。
私は笑う。
そして、想定外の事態に混乱したのか、多脚型ゴーレムはシンイチ君を攻撃した姿勢のまま、動きが停まっていた。
私は跳躍する。
近くの無事な柱を蹴り、上空から迫る。
シンイチ君の古代魔法は、5秒間。
(あと、2秒)
体内時計で計算しながら、私は戦斧を振り被る。
視界の隅で、私とは反対に床ギリギリを走りながら、下段から両刃剣を振り上げようとしているフィンの姿も見えた。
私は重力を。
フィンは疾走の勢いを。
それぞれ利用し、威力を高めて武器を振るう。
ガゴォン
私の戦斧は、人型部分の左肩から胸部まで食い込み、心臓の位置にある動力器官1つを破壊する。
ギキィン
フィンの両刃剣も下段から蜘蛛型部分の腹部を切断し、そこの内側にあった動力器官を破壊して、火花と魔力油を周囲に散らしてみせた。
(――よし)
3つの内の2つ。
重要部位を破壊した。
魔力の循環が弱まれば、今までと同じようには奴も動けない。
弱体化は必至だ。
(シンイチ君は……?)
見れば、
パリン
5秒が過ぎ、彼を守る障壁が消えた。
曲剣も魔力が途切れたのか、赤熱する輝きが消え、ただの金属剣になっていた。
彼は、地面に落下。
尻もちをつく。
(おっと、いけない)
彼が追撃されないよう、私は戦斧で奴の4本の腕を叩き斬る。
バキィン
腕部の装甲の破片が散る。
よし、大丈夫。
防御不可の曲剣が消えた以上、あとは彼を離脱させ、残る1つの動力器官を潰すのみだ。
その時だった。
ブンッ
(わっ?)
奴の巨体が暴れ、上に立っていた私の身体は放り投げられた。
空中で回転。
地面に足から着地する。
一方で、フィンはシンイチ君の手を引っ張りながら、奴から離脱しようとしている。
と、彼の手が、
ドン
フィンの手を払い、逆に彼女を突き飛ばした。
(え……?)
驚く私とフィン。
離れたレイアも目を瞠り、
「――避けなさい、シンイチ!」
と、叫んだ。
その声が響いた瞬間、
ドパ……ッ
彼の腹部を貫通して、何か光線のようなものが走り抜けた。
(は?)
私は、唖然。
近くにいたフィンの顔に、赤い血が降りかかる。
「……シン……イチ、君?」
コポッ
彼の口から血が溢れた。
膝をつき、倒れる。
彼の背後には、人型部分の腹部装甲が解放され、砲身のような物を生やした多脚型ゴレームが立っていた。
砲口から蒸気が昇っている。
あ……。
(魔力砲……?)
私は、気づく。
魔力の塊を光線のように発射し、焼き尽くす、古代パルディオン王国期の兵器の1つにそんなものがあった。
そんな記憶が蘇る。
その古代兵器が、あのゴーレムにも内臓されていたのか。
シンイチ君は倒れている。
足元に、赤い血が広がる。
それを見下ろしながら、フィンが長い金色の髪を振り乱し、首を振る。
「いや……いやぁあああ!?」
と、金切り声を響かせた。
私も、
(シンイチ君……!)
と、歯を食い縛る。
その時、レイアが叫んだ。
「アル、今よ!」
(!?)
瞬間、思い出す。
『――本気で、何が起きても気にせず、あのゴーレムを倒してください』
(あ……)
君、まさか?
この事態も、想定済み……?
いや、考えるのは後回しだ。
私は、意識を集中し、古代魔法を発動する。
「――神霊の天罰」
短い言葉。
同時に、私の魔力が渦を巻き、握った戦斧に集中する。
膨大な力が溢れ、
キュォォ……ッ
戦斧が輝く。
私の最大の攻撃にして、1日1度しか使えない最強の魔法。
タン
血塗れのシンイチ君の横を走り抜け、魔力砲を発射した直後で、まだ硬直している多脚型ゴーレムへと肉薄する。
ああ、
(驚くほど、隙だらけ)
なるほど。
これなら安全に、確実に、仕留められる。
(凄いね、シンイチ君)
私は苦笑し、高く跳躍すると、
フォン
輝く戦斧を振り下ろした。
◇◇◇◇◇◇◇
私の目の前で、多脚型ゴーレムの巨体が床に崩れ落ちていた。
人型の上半身は砕け散っている。
蜘蛛型の下半身も半分以上、縦方向に切断されていて、切断されなかった部分の多くも巻き込まれるように捻じれながら潰れていた。
衝撃で、床には放射状のひび割れが広がっている。
(…………)
私は、長く息を吐く。
そして、振り返る。
血だまりができた床の上で、フィンが座り込み、黒髪黒目の少年を抱きかかえていた。
茫然とした表情。
胸が痛い。
そばには、レイアがいる。
シンイチ君の様子を見て、表情を歪める。
(……うん)
あの時、腹部を魔力砲が貫通するのを、私とフィンはこの目で見ていた。
間違いなく、重要な内臓が完全に焼き切られている。
致命傷だ。
それは、私たち3人の回復魔法でも絶対に治せないほどで……。
だから、
「……悪趣味よ」
と、レイアが呟き、私は確信した。
彼女の白い手が、
ペチッ
黒髪の少年の後頭部を叩く。
彼を抱くフィンは驚いたように目を瞠り、「レイア、何を……!?」と怒りそうになった。
だけど、その前に、
「――イタッ」
と、彼の声がした。
私の義妹は、
「え……?」
と、青い目を見開き、腕の中の少年を見る。
彼は、身動ぎした。
着ている服には大穴が空き、焦げ跡と大量の血液が滲んでいて、口にも血を吐いた跡がある。
なのに、
「あ……おはようございます」
と、とぼけた声を出した。
服の穴から覗く彼のお腹は、穴どころか、傷1つない。
綺麗な肌が見えていた。
私は苦笑。
レイアはため息をつき、フィンは言葉を失くしている。
よく見たら、彼の左手にはいつの間にか、空になった魔力ポーションの瓶が握られていた。
(ああ、なるほど)
障壁の中で飲んでいたんだね?
それで、か。
総魔力量の7割を消費して……1日1回、どんな怪我も治す古代魔法。
確か、
『不死霊の奇跡』
だっけ?
秘術の目で未来を予測して、腹部を貫かれた瞬間、発動したんだね。
うん、騙された。
離れていたレイアだけが、冷静に見えていたのかな。
(やれやれ)
私は苦笑し、安堵の息を吐く。
我が義妹であるクレフィーンは茫然と、生き返ったシンイチ君を見つめていた。
シンイチ君は、
「あ、ただいま……です」
と、照れたように頭をかいた。
その瞬間、
ポロ
フィンの青い瞳から、涙がこぼれた。
(お?)
私とレイアは驚き、彼もギョッとする。
ポロ ポロポロ……
私の義妹は表情も変えずに、涙の粒をこぼし続け、やがて、クシャっと美貌を歪めた。
「シンイチ君!」
ガバッ
彼を全力で抱き締めた。
涙は止まらず、泣き腫らした目である。
(あ~ぁ、泣かせたね?)
黒髪黒目の少年は、慌てたように「え、あ、ご、ごめんなさい!?」とフィンに謝っていた。
無理無理。
私の義妹は、本当は、子供の頃から泣き虫なんだよ?
しばらくは泣き止まないからね。
レイアと目が合う。
お互い苦笑する。
フィンは泣きながら、彼を抱き締めている。
シンイチ君は困ったように私たちを見るけれど、うん、助けないよ?
義妹を泣かせた罰だ。
…………。
でも、
(……参ったね)
私は、フィンを宥める少年を見つめる。
未来がわかっていても……いや、わかっていたからこそ、自分の腹部を焼かれる恐怖と激痛は恐ろしかったろう。
なのに、実行した。
多分、フィンを……私たちを救うために。
ドクン
その事実に、少し胸が痺れる。
(ふふっ)
知らず、自分の長い尻尾が揺れるのを自覚する。
私は、彼を見る。
まだ、15歳。
表情には、あどけなさも残るのに……ね。
(うん)
私は笑う。
金色の瞳を細め、
「――君は勇気があるね、少年」
と、誰に言うともなく、小声で呟いたんだ。




