093・多脚型ゴーレム
長い階段を降り、
カツン
僕ら4人は、地下7階層に到達した。
(へぇ……)
7階層は、ここまで歩いてきた6階層とは構造が違った。
階段の先に広がっていたのは、ドーム球場みたいな広大な空間で、何本もの石の太い柱が等間隔に並んでいる。
かなり……いや、凄く広いぞ。
広間の端は見えず、暗闇が僕らを包み込んでいる。
3人の女冒険者も周囲を見回し、
「フィン」
「はい」
アルタミナさんの言葉に、クレフィーンさんが頷く。
右手に魔法陣を光らせ、
パアッ
光源の魔法である『光の羽根』を3回分――計9枚生み出して、四方へと飛ばした。
羽の輝きで、視界が広がる。
そして、
(あ)
広間の中央に、巨大なゴーレムが鎮座していた。
大きい。
全長5メートル弱。
蜘蛛みたいな下半身に、人の女性みたいなフォルムの上半身をしている。
人型の腕は、4本。
その金属の手指には、4本の細長い片刃の曲剣が握られていた。
ギン
人型の仮面に、赤い眼光が灯る。
数は8つ。
まるで蜘蛛の目だ。
ギギィ
金属音を響かせながら、折り畳ませていた蜘蛛の足を動かし、多脚型ゴーレムは立ち上がった。
見た目は、アラクネ。
日本風に言うなら、女郎蜘蛛かな?
美しくも恐ろしい、強者の圧力を感じる。
3人の女冒険者は荷物を床に捨て、それぞれの武器を構える。
僕も、目に集中。
ヒィン
真眼が空中に文字を表示する。
【魔法人形〈多脚型〉】
・大型の警備用ゴーレム。隊長機。
・多脚により、天井や壁も移動でき、不安定な足場でも安定した姿勢を保ちながら俊敏な移動、攻撃が可能である。
・武器は、4腕の曲剣。
・剣身に多量の魔力を集束させ、金属も切断できる超高温の刃となる。受ける防御は不可。回避のみ有効。
・戦闘力、970。
と、情報を見せてくれる。
(970)
うん、普通に強い。
深緑の大角竜ほどではないけれど、1000に近い数値。
3人の誰よりも上だ。
と、
ヒィン
真眼君が、更に文字情報を表示した。
【注意点】
・魔力を流す動力器官が3ヶ所にある。
・人型の心臓部に1つ、人型と蜘蛛の胴体の接合部に1つ、 蜘蛛の下腹部に1つあり、1つ破壊するたびに戦闘力が低下する。
・ただし、全てを破壊しない限り、停止しない。
(ほう……?)
動力器官が1つじゃないのか。
これ、知らなかったら、1つ破壊して安心した瞬間、逆にやられるパターンですね。
怖ぁ~。
と、震えていたら、
ヒィン
【注意点2】
・時間経過に注意。
・下層で製造された小型ゴーレムが、約10分ごとに3体ずつ到着する。
・隊長機を破壊し、救援信号を止めない限り、無限に湧く。
あ。
(そうだった)
王国騎士のオルクス隊長が言ってたっけ。
やばい、やばい。
忘れてたよ。
僕は、3人の背中に言う。
「ゴーレムの動力器官、3つあります。人型の心臓、人型と蜘蛛型の接合部、蜘蛛の腹部の3ヶ所で、全部壊さないと止まりません」
「へぇ?」
「わかりました、その3ヶ所ですね」
「そう。情報、助かるわ」
3人の女冒険者たちは前を向いたまま、感心したように答えてくれる。
僕は続けて、
「あと、増援の小型ゴーレムは10分ごとに3体ずつ来ます」
と、伝達する。
彼女たちは頷き、
「わかった、10分で3体追加だね」
と、黒獅子公が答えた。
(あと、もう1つ)
更に、僕は言う。
「アイツの4本の剣は、防御不可らしいです。回避するしかないので、絶対に受けないでください」
「うん、了解」
「はい、わかりました」
「防御不可、回避のみ、ね」
3人ももう1度、僕に応じてくれる。
そして、
「ありがとう、シンイチ君。そこまで事前情報を与えてもらえれば、かなり楽に戦えるよ。――君がいてくれて、本当に良かった」
と、黒髪の美女が笑う。
(へ……?)
突然の言葉に、僕は目を瞬く。
他2人の女冒険者も頷き、
「ええ、本当に助かります」
「あまり褒めたくないけれど、まぁ……今回は素直に感謝するわ」
「…………」
僕、茫然。
え、何、急に?
(て、照れるじゃんか)
ちょっと困るぞ。
そんな僕に、黒獅子公の美女は言う。
「このゴーレムは少し手強そうだから、シンイチ君は後方待機していてくれるかな。――必要があれば、私が指示を出すから。それまで絶対に前に出ないように」
「あ、はい」
僕はハッとし、頷く。
彼女は仲間2人にも、
「私とフィンは前に出る」
「はい」
「レイアは後方から援護射撃を頼むよ。特に、奴の剣を牽制して欲しい」
「ええ、了解」
「狙いは蜘蛛足から。長期戦のつもりで、まず機動力を奪っていくよ。動きが鈍ったあと、隙を見て動力器官を狙おう。増援は、フィンとレイアで対処して。その間、私が奴の足止めするから」
「はい、わかりました」
「ええ、わかったわ」
「よし」
仲間2人の承諾に、アルタミナさんも頷く。
短く息を吐き、
ギン
金色の獅子の瞳を輝かせる。
同時に、彼女の周囲に黄金の光が散り始めた。
(あ……)
黒獅子公の古代魔法。
近代魔法と合わせて、最大50倍まで身体能力を高める『英霊の黄金光』を発動したのだ。
ゾクッ
明らかな本気。
今までの戦闘で1度も使用していない。
(魔力を温存してたのかな?)
多分、このボス戦のために。
ギシ ギシィ
黒獅子公の眩い輝きに反応したのか、多脚型ゴーレムが8本の足を動かし、こちらへと歩き出した。
人型の手にある4本の曲剣。
その剣身が、
ビィイン
低い振動音と共に、赤く灼熱する。
熱の影響で、真っ赤な曲剣の周囲が陽炎のように歪んでいる。
3人が武器を手に、低く構える。
次の瞬間、
ドン
黒獅子公と雪火剣聖の2人が地面を蹴り、多脚型ゴーレムに迫る。
赤羽妖精は、大弓の弦を引き絞った。
ギシィン
応じるように、蜘蛛の足が蠢くと、その巨体が迫る侵入者たちに突進した。
僕は息を飲む。
ついに、
(――戦闘、開始だ!)
◇◇◇◇◇◇◇
ガッ ギィン ゴパァン
暗闇の包まれた空間で、戦闘音が何度も響き渡る。
戦闘開始から、約30分。
多脚型ゴーレムとの戦いは、まだ終わりが見えない。
(むぅ……)
長い。
戦闘そのものは、単調に続く。
獣人特有の身体能力に加え、近代、古代2種の身体強化を駆使したアルタミナさんが黒い疾風のように動き回り、多脚型ゴーレムの攻撃を回避しながら、上半身狙いで真っ向から戦う。
当然、ゴーレムの注意も彼女に向く。
その間、クレフィーンさんが側面から挑み、8本ある脚部を狙う。
現在、成果は2本。
彼女の幅広の両刃剣が関節部を切断し、火花を散らしながら、左右の1本ずつを破壊していた。
ただ、ゴーレムの動き自体は鈍らない。
まだ、6脚あるからね。
で、アルタミナさんほど速度のないクレフィーンさんにも、時々、多脚型ゴーレムは真っ赤に灼熱した曲剣を振り下ろしてくる。
防御不可。
回避が必須なんだけど、回避が間に合わない時もある。
そんな時に、
バチュン
援護役のレイアさんの大弓の矢が曲剣を弾く。
ただ、弾かれた矢は熱に溶かされたり、また両断されたりして、使い物にならなくなっていく。
矢数は、残り10本ほど。
……勝ち切るまで、足りるかしら?
あと、これまでに3回、小型ゴーレムの増援もあった。
人型、獣型、虫型……色々だ。
虫型の中には、今までに見たことのないバッタ型や蜘蛛型もいた。
サイズは1~2メートル。
増援があった時は、事前に話していた通り、アルタミナさん1人が多脚型ゴーレムの相手をし、その間にクレフィーンさん、レイアさんの2人が増援を片付けていた。
その消費時間は、約1~3分。
それから、再び3人で多脚型ゴレームに挑む。
…………。
その繰り返しで、現在30分経過だ。
(ふ~む)
今の所、危険な状況にはなっていない。
いや、もちろん防御不可の攻撃なんで1発でも被弾したら危険なのには変わりないんだけど……でも、想定外の状況も起こっていなかった。
淡々とした時間。
足も2本破壊してるし、このまま行けば、当初の予定通り勝てる気がする。
でも、
(……時間がかかり過ぎじゃない?)
とも思う。
身体強化魔法は、持続3時間。
あと2時間半で、かけ直しが必要だ。
援護用の大弓の残りの矢数も気になるし、単純に前衛2人の体力、集中力も切れないか心配である。
ドキドキ
僕、不安症かしら?
(何かしなくていいのかな、僕も……)
現状、見てるだけ。
打開策とか考えて、参戦したりとかした方がいいんじゃないかしら? とも思うけど。
(どう思う、真眼君?)
困った時の大きな味方に、心の中でお訊ねする。
すると、
ヒィン
【手出し無用】
・現状、桐山真一が参戦すると、戦局が悪くなる。
・待機、推奨。
(…………)
で、ですか。
僕、しょぼん。
でも、そうだよね?
素人の僕が見てても、あの3人が強い信頼の元、高度な連携を行っているのはわかる。
僕が加わるのは、その精密な連携を壊しかねない。
(まぁね?)
真眼なら、3人の次の行動はわかるよ。
でも、僕からの一方通行。
僕の方はよくても、3人からは僕の次の行動がわからないし、結局、連携は取れない。
むしろ、邪魔かも?
例えば、
(僕を守ろうと、クレフィーンさんが予定外の無茶な動きをするとか)
ね?
優しいお母様なら、反射的にしそうでしょ?
だから、僕は我慢するしかない。
見てるだけ。
(…………)
うん、悔しいな。
早く強くなって、3人とも連携取れるようになりたいよ。
もっと役に立ちたい。
と、その時、
ギィン
(おっ!)
鋭い金属音と共に、クレフィーンお母様の両刃剣がまた1本、多脚型ゴーレムの脚を切断した。
一瞬、火花が散り、体液みたいな油が噴く。
(よし、3本目!)
奴も5本足だ。
少しは動きも鈍くならないかな?
と思った瞬間、
ジュン
金髪をなびかせクレフィーンさんが後方に跳ぶと、直後、その空間に赤い曲剣が振り抜かれた。
勢いのまま、近くの柱を斬る。
硬質な石を赤く灼熱させ、刃はあっさり柱を通り抜けていく。
(うへ……っ)
恐ろしい。
斬られた柱はバランスを崩し、
ズズゥン
土煙を立てながら床に倒れ、砕けて瓦礫が周囲に転がった。
黒い尻尾をたなびかせながら、アルタミナさんは瓦礫を避けて戦斧を構えながら疾走する。
跳躍し、
ギィン
多脚型ゴーレムの上半身に振り下ろす。
腕の装甲で受け止め、ゴーレムも反撃の曲剣を振り返す。
タン
けど、その瞬間には、黒髪の美女はその外装を蹴り、後方宙返りで離脱していた。
着地し、
カツン
足元の瓦礫を踏み、一瞬、バランスを崩す。
小さな動き。
すぐ体勢を立て直し、大した支障もない。
だけど――そこから多脚型ゴーレムは、突然、これまでとは違う行動を起こし始めた。
(え……?)
灼熱した曲剣で、
ジュッ ジュィン
周囲の柱を何本も斬り倒す。
次々と柱が倒壊し、床との衝突で破片が散乱……多脚型ゴーレムを中心に、床一面が大小の瓦礫だらけになってしまった。
その光景に、僕は唖然。
(まさか)
1つの可能性に気づく。
同じ結論なのか、前衛で戦う『黒獅子公』、『雪火剣聖』は渋い表情だ。
大弓を持つ『赤羽妖精』の美女も、
「ちっ」
と、舌打ち。
僕の視線に、
「さっきのアルの小さな崩れに気づいて、即席で、その素早い動きを阻害するような戦場を作ったんだわ」
「…………」
やっぱり?
(頭いいじゃん!)
悪い意味で、さ。
下手に動き回れば、小さな瓦礫を踏んで転倒の可能性があるし、大きな瓦礫は避けなければならない。
でも、多脚型ゴーレムは違う。
だって、多脚だから。
多少の足場の悪さも問題にしないのだ。
(自分の強みを生かして、相手の弱点を突く戦略か……やるなぁ)
いや、感心してちゃ駄目だ。
現状、2人は迂闊に踏み込めなくなった。
逆に、多脚型ゴーレムは、防御不可の攻撃で動きの遅くなった敵を待ち構える体勢である。
……膠着状態。
どうする、これ?
時間がかかれば、また小型ゴーレムの増援が来る。
今までのようにアルタミナさんが動けない以上、1人で多脚型ゴーレムを引き受けられず、戦局は一気に不利になるだろう。
いや、不利どころか……?
(……やばい)
思った以上に、最悪の展開だ。
増援まで、あと何分……?
5分もないか?
その間に、打開策を考えなければいけない。
何か、何かを……。
ヒィン
と、真眼君が文字を表示。
(お……)
【打開策の可能性】
・打開策、あり。
・多少の危険は伴うものの、成功すれば現状を打破し、勝利を確定できる。
・ただし、桐山真一の勇気が必要である。
・やりますか?
(ぬ……?)
ぬぬ……勇気!
や、やりますよぉ!




