091・地下4~6階層
地下4階層の通路を進む。
分岐を選び、広間を通り抜け、瓦礫を踏み分けながら、先を目指す。
(あ……)
道中、何度か血痕を見た。
その場には、砕けた金属の破片など――ゴーレムの残骸も散乱している。
戦いの痕跡。
血の量からも、色々と察することができる。
「…………」
短い黙祷を捧げ、僕らは先に進む。
歩きながら、アルタミナさんが教えてくれた。
「血痕の中に、まだ新しいものもあったよ」
「え?」
「多分、私たちが来る数日前に、王国兵が遺跡内のゴーレムを駆除してくれてた時のものかな」
「あ……」
そう言えば、
(隊長さん、そんなこと言ってたね)
僕も思い出す。
彼女は苦笑し、
「あまり、無理しなくてよかったんだけどね」
「…………」
その綺麗な金色の目は、少し悲しげ。
自分たちのためにしてくれたこと。
でも、そのために負傷したり、犠牲になった人がいると思うと、複雑な気持ちなのかもしれない。
強者である自負。
それがあるから、余計に。
(う~ん?)
遺跡の調査は、彼らの仕事。
僕らのクエスト成功率を高めるため、事前に脅威を減らして協力するのも仕事の内だろう。
とも思うけど、
(でも、そういう理屈じゃないよね)
人の負傷。
そして……死。
血痕を見ると、その意味を肌で感じる。
だから、
「――絶対、クエスト成功させましょう」
と、僕は3人に言う。
美しい髪を揺らして、美女たちは僕を振り返る。
笑って、
「うん、そうだね」
「はい、シンイチ君」
「当たり前でしょう。今更、何を言ってるのよ?」
と、答えてくれた。
僕も笑い、頷く。
気を取り直し、足を進める。
やがて、地下5下層の階段を発見。
僕らは階下に進む。
地下5階層も、今までと同じ構造で、
コツコツ
僕らは通路を歩いていく。
20分ほど歩いた時、真眼の赤文字が表示され、ゴーレムの接近を知らされる。
3人にも即報告。
僕らは備え、やがて、会敵。
(お……?)
新しいゴーレムだ。
見た目は、巨大な猿……かな?
体長は、約3メートル。
上半身は分厚く、首が太い。
また足に比べて腕の方が長いため、手が床まで届いている。
手の指は4本で、指先も妙に長く太い。
赤いレンズの眼球は1つ。
その巨大な猿のゴーレムが、僕らの目の前に3体も出現していた。
ヒィン
真眼情報を見る。
【魔法人形〈巨猿型〉】
・腕力重視の魔法人形。
・1度、その手に掴まれると脱出は難しく、岩も砕く握力で握り潰されてしまう。要、注意。
・見た目以上に、俊敏性も高い。
・戦闘力、230。
(強……っ)
え、230もあるの?
この戦闘力は、クレフィーンさんたち『白銀級』の1個下の『紅紫級』並の数値である。
しかも、3体。
うん、これは侮れない。
もちろん僕は、3人にも情報を伝える。
「へぇ……」
「ありがとう、手に注意ですね」
「そう、わかったわ」
と、頷く。
数秒、僕らとゴーレムは睨み合う。
そして――戦闘開始。
黒獅子公と雪火剣聖が前に出て、赤羽妖精が大弓を射る。
ゴーレムは、
ガッ
大きな手で飛来した矢を掴み、バキリと握り砕く。
(うわっ)
あの速度を掴むの?
凄ぉ……。
その間に、他2体のゴーレムは、前衛の2人に襲いかかる。
ガッ ギギン
巨大な猿の手と戦斧、大剣が連続してぶつかり合う。
激しく火花が散り、周囲の闇も散らす。
今の所、互角。
僕も参戦を――と思った時、レイアさんが再び大弓の矢を放った。
でも、天井方向へ。
(え?)
僕は驚き、
グン
瞬間、矢は突如軌道を変える。
巨大猿のゴーレムも外れたと思ったのか、最初、その矢を無視し、けれど変化に気づいた時には遅く、頭頂部に命中、バキィン……と装甲を貫通し、上半身の内部までを破壊していった。
血液みたいな油が吹き、
ズズゥン
巨体が石床に倒れる。
(……何、今の矢?)
動きもそうだし、威力もおかしい。
と思ったら、
ヒィン
【レイアの矢について】
・彼女は古代魔法『魔霊の力場』を習得している。
・その使用により、矢にかかる重力を変化させ、軌道を曲げたり、威力を増幅することができる。
・彼女の得意な弓技の1つ。
(おお……!)
そうか、そうだった。
レイアさん、古代魔法で重力を操れるんだっけ。
忘れてた。
赤毛をなびかせ、彼女は再び大弓を構える。
バシュ バシュ
2度、発射。
大弓の矢は、前衛2人と戦っている巨大な猿型ゴーレムの胸部に命中――動力器官ごと、あっさり貫通した。
ズズゥン
2体が膝をつき、床に崩れる。
全機、機能停止だ。
(強ぉ~い)
僕は、目が真ん丸だ。
レイアさんは、
「ふぅぅ」
と、大きく、熱そうな息を吐く。
魔力を消費したからか、表情には疲労が感じられる。
赤毛の美女は腰ベルトのポーチから、赤色の液体が入ったガラス小瓶を取り出した。
あれは、
(魔力ポーション……?)
だっけ。
確か、1本200万円で……あ。
僕の前で、彼女は瓶の封を開けると、飲み口に紅い唇を当てる。
コクコク
白い喉が上下する。
(……うん)
200万円が、5秒で空っぽです。
いや、いいんだ。
エリクサー症候群なんて、現実にはよくない。
超高価なポーションで魔力が回復したのか、レイアさんの白い美貌も血色が良くなってきた。
うんうん。
友人2人が、彼女に声をかける。
「レイア」
「大丈夫かい?」
「ええ。古代魔法、もう少し温存したかったけど……手強そうだったから使わせてもらったわ」
「はい、構いませんよ」
「うん、怪我するよりましさ」
2人も頷く。
確かに。
(長引いて疲労したり、負傷する可能性を高めるより、早期決着の方が、結局、消耗も危険も少ないよね)
素人の僕でもわかる。
うむ、いい判断。
さすが、レイアさん。
玄人冒険者らしい、適切な判断と実行力です。
と、僕の視線に、
「……何?」
怪訝そうな表情をする。
僕は言う。
「うん、尊敬します」
「……は?」
「僕もレイアさんを見習って、いつか格好いい玄人冒険者になりたいです」
「はぁ?」
彼女は、唖然だ。
友人2人も顔を見合わせる。
そして、苦笑。
レイアさん本人は、なぜか憮然とした表情で僕を見つめ、
(???)
僕は、小首をかしげる。
彼女は嘆息。
「そう……。ま、がんばりなさい」
「はい!」
僕は、元気に頷く。
…………。
そのあと、移動も再開。
移動中は、2度、少数のゴーレムと遭遇したけど特に問題もなく。
戦闘も無傷で勝利。
やがて、広間の崩れた瓦礫の奥で、階下への階段を発見――僕らは、地下6階層へと向かったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
1~2分ほど、階段を降り、
コツン
僕の冒険者用靴の底が、平らな床を踏んだ。
――地下6階層。
(うん)
目的の7階層まで、あと1階層分の所までやって来た。
ここまで、約5~6時間。
階段下の空間で、僕らは1度、ランタンの燃料缶を交換し、『光の羽根』の魔法もかけ直した。
スティック状の携帯食料と水筒の水も補給する。
モグモグ ゴクゴク
(ぷはっ)
うん、虚無の味。
だけど、探索の緊張があっても普通に食べられるから、本当、不思議な味だよね?
15分ほどの休憩。
その間、アルタミナさんは見張りに立ち、レイアさんは武器の手入れ。
そして、クレフィーンさんは、
「シンイチ君」
「ん?」
「あの、お願いがあるのですが」
「あ、はい」
お願い?
(はて、何でしょう?)
彼女は少し言い難そうに、モジモジする。
う、可愛い。
10歳以上も年上のお姉様ですが、そうした仕草も似合うのだから、美人は卑怯です。
ドキドキ
どんなお願いか、少し胸が高鳴る僕。
そして、彼女は、
「あの……今、ファナがどうしているか、様子を視てはもらえませんか?」
「へ……?」
「駄目……ですか?」
「ああ、いえいえ。視ます、すぐ視ます」
コクコク
僕は何度も頷く。
お母様は、安心した表情だ。
(くぅ……)
ちょ~っとだけ期待しちゃった自分を殴りたいです。
心の中で、
ポカッ
よし、すっきり。
ま、僕もファナちゃんのこと気になるし、早速、視てみよう。
ということで、
(お願い、真眼君……!)
と、集中しながら、自分の目に願う。
数秒後、
ヒィン
空中に文字が表示された。
【ファナ・ナイド】
・クランハウスの調理室にいる。
・ハンナ・ダルトンも共にいて、彼女と一緒にクッキーを焼いている。
・15枚中、3枚失敗。
・成功した12枚は、本日のおやつ。
・大好きなお母様、お兄様が帰ってきた時に食べてもらおうと、練習を一生懸命がんばっている。
(…………)
て、天使!
健気な幼女に、僕、泣きそう。
うぅ……。
「シ、シンイチ君!? む、娘に何か……?」
(あ……)
僕の様子に、焦るお母様。
わぁ、ごめんなさい。
僕は慌てて「いえいえ、大丈夫です」と安心させ、天使な娘さんの情報をお伝えする。
クレフィーンお母様は「まぁ」と目を丸くした。
口元を手で押さえ、
「ファナが、クッキーを……」
「うん」
「ふふっ、私たちのためにですか」
「です」
「そうですか……恥ずかしがり屋のあの子が、知らない大人とそんなことを……。ほんの少しの間に、あの子も成長しているのですね」
「…………」
う~ん、凄く嬉しそう。
その表情に、僕もほっこり。
僕は言う。
「僕らも負けずに、クエストがんばりましょう」
「はい」
「それで、絶対、無事に帰って、ファナちゃんのクッキー、みんなで一緒に食べましょうね」
「ええ、そうですね」
クレフィーンお母様も微笑み、頷く。
その動きで、長い金髪もサラサラと肩から流れる。
(うんうん)
僕らは笑い合った。
やがて、休憩も終わり。
僕らは再出発して、地下6階層の通路を歩き始めたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
20分ほど、移動を続ける。
(平和……)
この階層に来てから、まだ1度もゴーレムと遭遇していない。
いや、油断しないけど。
でも、それらしい気配も全くないんだ。
少し不思議で、
「――おや?」
その時、不意に先頭を歩くアルタミナさんの声がした。
(ん?)
僕らは彼女を見る。
「どうしたんですか、アル?」
「いや、道が……」
「道?」
「私の目が悪いのかな、どうも塞がってるように見えるんだよね」
「え?」
(え?)
僕らは驚く。
獅子の瞳を持つ彼女は、ある程度、暗視も利くようで。
僕らの目にはただの暗闇だけど、彼女の視力だと進路上の通路が塞がっているように見えるらしい。
(ふむ……?)
半信半疑で、全員で前に進む。
光の範囲も移動し、
「あ」
本当だ。
本来、広い通路なんだけど、目の前には大量の瓦礫が積み重なり、それ以上進めなくなっていた。
え、何これ?
3人も唖然だ。
「道、間違えた?」
「フィン、地図を」
「あ、はい。今、確認してみます」
パサッ
金髪をこぼしながら、お母様が遺跡の地図を広げる。
少し手元が暗いので、僕はランタンを外し、地図の方に灯りを近づけた。
彼女は「ありがとう」と微笑む。
で、確認。
経路を指でなぞり、自分たちの道順と照らし合わせる。
(合ってる……よね?)
僕は、そう思えた。
彼女も、
「経路は間違っていませんね」
と、言う。
赤毛のレイアさんも両手を広げながら、薄紫色の瞳を細め、
ピィン
目に見えない何かが広がった感じがする。
そして、彼女は目を開き、
「地図で見た現在地と、実際のこの位置もズレていないわ」
と、続けた。
多分、位置把握の魔法を発動したのだろう。
(ふ~む?)
となると、
「崩落したのかな?」
と、黒髪の美女が呟く。
全員で、瓦礫を見上げる。
天井まで20メートルある2車線ほどの通路が、完全に埋まっている。
隙間も、ネズミぐらいしか通れないサイズ。
(確かに、古い遺跡だもんね)
前回、調査隊の人たちが来たあと、僕らが来るまでの間に崩れてしまった可能性はある。
あるけど、
(こんなに大量の瓦礫、隙間なく埋まることあるかな?)
とも思ったり。
3人も少し不思議そうで。
でも、現実問題、道が塞がっているのは事実だから対応しなければならない。
リーダーの黒髪美女が言う。
「フィン、別ルート、あるかい?」
「今、確認します」
即、応じる金髪のお母様。
赤毛の美女と僕も見守る中、クレフィーンさんは3分ほど、地図と睨めっこしながら指を動かした。
そして、頷く。
「1つ別ルートがありますね」
「そう」
安堵の表情を浮かべる、アルタミナさん。
レイアさんも「よかったわ」と言う。
僕も笑う。
(確かに、瓦礫、どかさなきゃいけなくなったら大変だったよ)
と、楽観して思う。
3人は、改めて地図を見ながら、クレフィーンさんの見つけた別ルートを確認していく。
僕も、横から覗く。
(う~む、細かい)
地図に描かれた通路は複雑に入り組み、覚えるのも大変だ。
と、その時、
ヒィン
僕の視界に、赤文字が表示された。
(え……)
赤文字!?
僕は驚き、文字を読む。
【警告】
・別ルートには、大量の魔法人形が待ち伏せている。
・数、102体。
・この通路が塞がっているのは、別ルートに誘導するため、魔法人形たちが瓦礫を積み上げたからである。
・別ルートの使用、非推奨。
(……は?)
えっ、これ、罠だったの!?




