088・魔法人形に挑め!
(やばっ)
僕は慌てて、
「――クレフィーンさん、敵が来ています」
と、目の前の美女に訴えた。
突然の警告に、金髪のクレフィーンお母様は「え?」と青い目を丸くし、僕を見つめる。
表情から察してくれたのか、頷き、
「アル、レイア」
と、仲間2人を呼ぶ。
亜人の美女たちも頷く。
「聞こえていたよ」
「敵? 魔法人形?」
「はい。数は1体。僕らを補足して、排除するために近づいてきているみたいです。距離は……今、320メードぐらい」
「うん、なるほど」
「ああ、これね? 私の探知魔法の範囲にも入ったわ」
と、通路前方の闇を見る。
(……ん)
自分の言葉を、当たり前に信じてもらえるのは嬉しいね。
美しい女冒険者たちは、
ガシャッ
と、自分たちの武器を構える。
僕も腰ベルトに固定した鞘から『初心の短剣』をシュッと抜く。
ふぅ~、と深呼吸。
10秒ほどすると、アルタミナさんの黒髪から生えた獣耳がピククッと小刻みに動き、揃って前方に向いた。
「うん、聞こえた」
「え?」
「足音。走ってるね」
「…………」
僕も耳を澄ます……けど、聞こえない。
真眼情報だと、距離はまだ200メートルぐらいある。
(ふむ……?)
さすが、獣人。
耳がいいのかな。
レイアさんの探知魔法は、300メートルが範囲。
それに対して、アルタミナさんの気配察知は200メートルが範囲って感じみたい。
これが、彼女たちの索敵能力か。
(うん、凄い)
真眼は別格として、探知機とか何もないのに人の能力だけでこの距離から把握できるなんて……。
本当、素晴らしい能力。
異世界って凄いな……と、改めて思うよ。
アルタミナさんは、
「ここで迎え撃つよ」
と、言う。
周囲は広い通路で中央の柱も折れているため、武器を振る空間もある。
足場も瓦礫が少なく、動き易そうだ。
僕らも異論なく、頷く。
やがて、20秒ほどすると、
カッ カッ カッ
硬い何かが床に当たる音が聞こえてきた。
(あ、足音か)
と、気づく。
更に数秒後、前方の闇に小さな赤い光点が見える。
そして、
カカン
僕ら正面、『光の羽根』が照らす範囲に、接近する『魔法人形』の姿が飛び込んできた。
(あれか!)
鈍い銀色の人型のゴーレム。
身長は、一般的な成人男性ぐらい。
全身が金属の装甲に覆われていて、関節部の隙間からチューブの束や骨のような内部構造が見えている。
カキュキュッ
奴は、僕らの正面約5メートルの距離で止まった。
摩擦で、足裏と床の間に火花が散る。
僕らに向けられた魔法人形の顔は、白い仮面をつけたみたいで。
そこには、赤く輝く眼が1つ。
ジジッ
内部でレンズが回転し、目の前にいる僕ら4人にピントを合わせるように動いている。
右手の部分は、片刃の長剣になっている。
空中の『光の羽根』の光を反射し、その刃は濡れたように妖しく輝いていた。
これが、
(異世界のゴーレム?)
……なんか、イメージと違う。
もっとこう、無骨な石像が動くようなのを想像してたけど、実際は……うん、機械人形みたいだ。
と、その時、
ヒィン
真眼が発動する。
【魔法人形】
・魔力で動く自動人形。
・500年前の技術で造られ、遺跡の製造機により3日前に製造されたばかりである。
・下位の警備用ゴーレム。
・現在、貴方たちを侵入者と認識し、排除しようとしている。
・戦闘力、170。
(へぇ……?)
警備用か。
500年前、この遺跡がまだ綺麗な宮殿だった時に、この建物を守るためのゴーレムだったのかな。
でも、戦闘力170。
(結構、強い)
冒険者ランクで考えたら、7等級の真ん中の『深緑級』である。
一般人相手なら、充分な脅威。
いや、
(低ランクの冒険者でも同じか)
これで『下位』なら『中位』、『上位』はどれだけ強いのか、あるいは『警備用』ではなく『戦闘用』ならどうなるのか……想像するのも怖いや。
ピィン
と、目の前の魔法人形の目が光る。
赤い輝きが、僕らを照らす。
(う、何だ?)
僕は戸惑い、
ヒィン
【走査】
・侵入者の位置、人数、容姿、装備などを分析、把握した。
・把握した情報は、中央制御システムにデータ送信され、全ゴーレムに情報共有が行われる。
・人体への健康被害、なし。
(…………)
マジ、機械人形。
今の赤い光の意味がわからなかったのか、美女3人は身構えた様子である。
あ、うん。
僕は、すぐに教える。
「今ので、僕ら全員の人数、位置、見た目や武器などを認識して、他のゴーレムにも情報を伝えたみたいですよ」
「へぇ?」
「まぁ、そんなことが」
「パルディオン古王国時代の魔法技術ね、大したものだわ」
と、3人は感心する。
それから、金髪のお母様が、
「秘術の目は、そういうことまでわかるのですね。シンイチ君の力は、本当に素晴らしいです」
と、僕を見つめてくる。
(ど、どうも)
熱のこもった視線と穏やかな微笑みに、僕も少し照れてしまう。
カツン
走査を終えた魔法人形は、金属の足を1歩、前へ。
硬い足音が響く。
そして、右手の剣を胸の高さに持ち上げる。
刃が、妖しく光を反射する。
「!」
表情がない分、無機質で冷酷な印象を受ける。
ドキドキ
僕の前には、3人の女冒険者がいる。
だけど、先頭に立つ黒髪の美女は少し思案する表情を見せ、後ろの僕らを振り返る。
「シンイチ君」
「?」
「君、1人でやってみるかい?」
「……え?」
「今後のためにも、ここで経験を積むのもいいかと思ってね。――フィン、サポートを頼めるかい?」
と、金髪の友人を見る。
彼女は、
「はい、構いませんよ」
と、頷く。
え? え?
(僕1人って……本気!?)
ちょい、焦る。
だけど、レイアさんも平然とした顔で頷き、
「練習には、ちょうどいい相手ね」
「ええ……」
「いい、シンイチ? この先、もっと手強い敵が出るかもしれないの。冒険者の基礎、覚えたいのでしょう? なら、今の内に戦いにも慣れなさい」
「…………」
確かに……。
今後も3人といたいなら、
(便利な『真眼』だけに頼らずに、僕自身が強くならないと……!)
そう思う。
ピトッ
そんな僕の背中に、クレフィーンさんの白い手が触れる。
振り返る僕に微笑み、
「私がいます」
「…………」
「大丈夫、シンイチ君には怪我1つ負わせません。もしもの時は、私が必ず守ります。だから安心して……ね?」
真っ直ぐな眼差し。
青い瞳に、静かな決意と覚悟を感じる。
(クレフィーンさん……)
ジン
胸が熱くなり、
「――はい」
と、僕は大きく頷いた。
魔法もあるし、短剣もある。
戦う力は充分。
何より、一緒に『雪火剣聖』もいてくれて、後ろには『黒獅子公』と『赤羽妖精』も控えてくれている。
不安を覚える必要はない。
(よし)
勇気を出して――いっちょ、やってやる!
◇◇◇◇◇◇◇
(――強身の魔印)
僕は、額に人差し指と中指を当て、
ピィン
額から体内に、熱い何かが流れていく。
んむ、力が漲る。
僕は両手に『初心の短剣』を握りながら、人型ゴーレムの前へと進み出た。
コツッ
1歩遅れて、金髪の女冒険者も隣に続く。
彼女の手には、幅広の両刃剣。
視線だけを僕に向け、
「私が援護します。最初は、シンイチ君の好きにやってみてください」
「あ、はい」
僕は頷く。
好きに……か。
真眼を使えば、簡単に勝てる気もする。
だけど、
(今回は頼らずに、自分の力でどこまでできるか、試してみようかな?)
頼もしい3人もいるし。
カッ
目の前のゴーレムが銀色の装甲を光に反射させながら、僕ら2人の方へと歩き出した。
(む?)
最初に倒す『敵』と認識したか。
僕も、短剣を構える。
見た感じ、装甲は硬そうで……けど、関節の隙間は弱点に思える。
狙いは、そこ。
(魔法で牽制しながら、短剣で刺せば……!)
と、計算する。
よし、やるぞ!
深呼吸して覚悟を決め、奴へと攻撃する――直前、不意を衝くように奴の方が先に動いた。
(ふぁっ!?)
先制された!?
魔法強化された動体視力で、尚、速く感じる動き。
右腕の剣が、僕に振り下ろされる。
(おわぁ!?)
短剣をかざし、
ガィン
激しい火花と衝撃が起き、僕は2~3歩、後ろに押し込まれた。
ま、負けるか!
ギギッ
踏ん張り、鍔迫り合い。
強化された筋力でも、かなり圧力を感じる。
こ、このゴーレム、めっちゃ力あるぅ。
目前に押し込まれる剣の鋭さとその輝きに、若干、恐怖を感じながら、僕は右手に魔力を流し込む。
パァッ
手の甲に魔法陣が浮かぶ。
一瞬、右手を離し、左手1本で短剣を持つ。
グッ
即、力負けして押し込まれ、
「――土霊の岩槍!」
ジ、ジジッ……ドン
奴の腹部に、手のひらから生まれた黒曜石みたいな岩の槍を発射する。
ガキィィン
凄まじい金属音。
同時に、奴の身体が後方に吹っ飛んだ。
ガァン
奥の壁に衝突。
後方のアルタミナさん、レイアさんが『おお』という表情を浮かべた。
(やった!)
僕も喜び、
「まだですよ」
(え?)
僕の横で、金髪の女冒険者の声が聞こえた。
驚いた瞬間、
ガラッ
壁の方から音がして、お腹部分の装甲を凹ませたゴーレムが飛びかかってきた。
(――は?)
やばい。
油断した。
今ので仕留めた……あるいは、大ダメージを与えたと思ってた。
だけど、
(全然、元気じゃん!?)
気づいた時には遅く、奴の突き出した右腕の剣が、魔法で強化された身体能力、反射神経でもかわし切れないことが、同じく強化された動体視力ではっきりと理解できてしまった。
刺される。
回復魔法?
治せるか?
1日1回の『不死霊の奇跡』を……いや、魔力量が足りない……あ、死んだ?
1秒弱の時間で、色々考える。
瞬間、
ガィン
金髪をなびかせ、クレフィーンさんが両刃剣を振るう。
下段からゴーレムの剣を上に弾き、反動で振り下ろした剣で、奴の右足の関節の隙間を斬り、あっさりと切断する。
ガシャアン
火花と音を散らし、ゴーレムは転倒。
(お、おお……!)
驚く僕の前で、
ゴォン
雪火剣聖は、ゴーレムの背中の装甲に長剣を叩きつけ、床と挟むように押さえ込む。
奴はもがき、石床と金属の手足の間でギ、ギギ……ッと火花が散る。
でも、動けない。
逃げ出せない。
クレフィーンさんは腕力というより、技術でゴーレムの重心を上手く押さえている感じだった。
彼女の青い瞳が、僕を見る。
「シンイチ君、とどめを」
「あ……は、はい!」
言われて、我に返った。
とどめ……。
(首の関節でいいのかな?)
そう考え、頚椎の辺りの装甲の隙間に短剣を差し込み、チューブの束や骨のような部位を斬っていく。
ブチチ……ッ
チューブは簡単に斬れた。
でも、骨は少し硬い。
ただ骨にも関節があり、思い切り体重をかけると、そこから折れた。
バキン
首を切断し、頭部が落ちる。
奴の目から赤い光が消え、もがいていた胴体の動きも速度が落ち、やがて、動き自体が止まる。
(やった……)
僕はホッとする。
身体を離すと、クレフィーンさんも重そうな剣を外した。
瞬間、
ガシャン
首なしの胴体が跳ね起きた。
(わっ!?)
僕、2度目の油断。
だけど、雪火剣聖の彼女は残心を忘れず、即、反応。
右手のひらを向け、
ボパァン
真っ白な炎が噴き出し、人型のゴーレムを後方に吹き飛ばし、そのまま燃焼させた。
ギシギシ
白い炎に燃えながら、奴はもがく。
こちらに1歩、2歩、進み……けど、そこで床に倒れ、融解して、歪んだ人型の金属の塊となってしまった。
炎が消え、白煙だけが残る。
「…………」
凄い火力。
って言うか、金属って燃えるの?
僕は驚き。
と、その時、
ヒィン
【魔法の炎】
・本来は、耐火性能のある装甲。
・ただし、クレフィーンの放った白き炎霊は『対象を燃やす魔法の炎』であるため、燃焼現象が具現した。
(ああ……そっか)
つまり、魔法なんだ?
魔法……その名の通り、魔の法則。
物理法則とは別の法則を、この世界に具現させる行為だから、本来燃えない物質も燃やせてしまう。
(うん、凄い)
その強力な魔法を放った美女は、
「ふぅ」
と、息を吐く。
長い金髪を揺らしながら、その美貌と青い瞳が僕を向く。
ドキッ
鼓動が少し跳ねる。
でも、彼女は微笑み、
「無事ですか?」
「あ……は、はい」
「よかった。――関節部を狙う考えは良かったですが、先手を取られたことで慌ててしまいましたね」
「う……ですね」
「油断もありましたが、死を偽装し、油断を誘う敵もいます。今回は相手が上手でした」
「…………」
そっか……。
でも、僕がもっと注意してれば、防げた気もする。
(反省だ)
僕の表情に、
「足りないものを学ぶために戦ったのです。今回は良い経験になりましたね」
「あ……」
そうだった。
僕は大きく頷く。
「はい、勉強になりました」
僕の答えにクレフィーンさんも微笑み、「はい」と満足そうに頷いた。
うん、
(……真眼を使わない僕は、こんなに弱い)
それが、よくわかった。
本来、人は経験を積み、予測できる未来を増やすことで生存確率を上げる。
でも、真眼は『未来』を視れる。
それが、どれだけ凄いか、
(まさに、チートだよ)
死にかけた今だからこそ、その意味を噛み締めてしまう。
でも、だからこそ。
僕自身が経験を重ねて、様々な対処法を身に着ければ、今後、より真眼を活用できるようにもなるのだろう――そう感じた。
(うん!)
グッ
僕は、右手を強く握る。
もっと、強くなってやる!
そんな決意を固める僕の横顔を、
「…………」
クレフィーンさんは青い瞳を細め、どこか頼もしそうに見つめていた。
ご覧頂き、ありがとうございました。
申し訳ありません。
実は、ここ数日、体調を崩していたのですが、それが悪化したため、明日、明後日の更新をお休みさせて頂きたいと思います。
再開は、10月27日月曜日の午後7時以降を予定しています。少し間が空きますが、どうぞよろしくお願い致します。
また、いつも読んで下さる皆さん、本当にありがとうございます。
体調を崩し易い季節となりましたので、皆さんも、どうか健康第一にご自愛下さいね。




