085・到着、グレシアン渓谷
「――い、いってらっしゃい」
天使ちゃんの見送りを受けながら、僕と3人の女冒険者はクランハウスを出発した。
玄関で、小さな手を振る幼女。
そばでは、管理人の老夫婦も丁寧に頭を下げている。
僕らも手を振り返し、敷地の外へ。
閑静な住宅街を抜け、大通りを歩き、やがて、王都の馬車ギルドに到着――何百台とある車両の中から、遺跡管理局が用意した竜車に搭乗して王都アークロッドの大門を潜り抜けた。
街道を北へ、北へ。
ドッ ドッ ドッ
僕らの竜車は、石畳の道を爆走する。
うん、爆走。
(はっや……!)
車窓が一気に流れていく。
前回乗った竜車の竜は、トカゲみたいな奴だった。
でも、今回は違う。
全体のフォルムは馬みたいで、けれど、全身に鱗が生え、頭部には2本の捻じれ角があり、足先は蹄ではなく鋭い爪の生えた3つ指だ。
尾も太い、鱗の生えた長いもの。
体長も5メートルぐらい?
で、凄い筋肉質。
ヒィン
【ヒュルトン魔竜】
・走力、持久力に特化した竜。益竜の1種。
・体内魔力が高く、見た目以上に膂力がある。
・複数の竜種を交配させ、長年かけて品種改良した野生にはいない竜である。
・王国管理の希少種。
(へぇ……)
人が作った竜なの?
なんか格好いい。
前に乗ったパル竜が時速10~20キロぐらい、自転車並なのに対して、ヒュルトン魔竜は時速30~40キロ、原付スクーター並の速度で車両を引く。
全然、速さが違う。
でも、車内の振動は少ない。
サスペンションがいいのかな?
まぁ、前の竜車よりは揺れるけど、そこまで気にならない。
少し車酔いしそうだけど、
(でも、回復魔法があるしね?)
と、余裕です。
アルタミナさん曰く、
「目的地のグレイトン渓谷までは、王都アークロッドから約50万メードかな。現地直行だから村や町にも寄らないし、夜もずっと走るよ」
とのこと。
50万メード……約500キロか。
遠い~。
ちなみに、今回の車両に寝台はなし。
でも、座席が広くて柔らかいし、まぁ、眠ることはできそうかな?
うん、あれだ。
(夜行バスっぽい)
実際、乗ったことはないけど、何かのテレビ番組で見たことがある。
十何時間も乗りっぱなしで、
(うん……腰、痛くなりそう)
道中、アルタミナさんとレイアさんは雑談を交わしていて、一方のクレフィーンさんは南の方角を見ている。
南の方角……。
娘さんの心配、かな?
僕は言う。
「パッと終わらせて、ファナちゃんの所に早く帰りましょうね」
ニコッ
と、笑ってみた。
彼女は驚いたように「シンイチ君……」と僕を見る。
すぐに頷き、
「はい、そうですね」
と、微笑んだ。
拍子に長い金色の髪が揺れて、キラキラと光が煌めく。
うむ、女神。
そんな感じで、爆走竜車は街道を北上する。
車窓の景色も段々と変化し、平原から森林の中を抜け、緑の山岳地を超えていく。
山を越えると、
(おろ……?)
突然、周囲の木々の葉が赤く色づいた。
え、紅葉?
いや、違う。
「燃えてる……?」
木々の葉の1枚1枚が炎に包まれ、揺れている。
炎は消える気配はなく、上方からの熱気だけが伝わってくる。
何じゃこりゃ?
驚いていると、
ヒィン
【緋色の森林】
・火の葉の燃える木々の森。
・火属性の魔力が強い土地であり、森の木の葉脈から漏れた魔素が常に燃えている。
・炭化した葉が養分となり、森を育てている。
・燃え移りに注意。
(ええ~?)
まさかの異世界風景。
僕、びっくり。
街道は広く、木々から距離があるので大丈夫と思うけど、まるで山火事みたい。
でも、煙はなく、魔法の炎って感じ。
正直、
(ちょっと綺麗かも……?)
と、思ったり。
火属性が強い土地だからか、地面も赤い土だ。
3人の美女を見る。
平然とした様子で、暑い中、水筒の水を飲んだりしている。
(…………)
当たり前の景色なのか。
久しぶりに、異世界、凄い、と思った。
そのまま走り続け、緋色の森林を抜ける。
やがて、夜になり、
(おお……遠くに、燃えている森が見える)
凄ぇ。
就寝時間になっても、興奮と慣れない車両の中で、なかなか寝付けなかったよ。
で、翌日も爆走。
浅い川を渡り、岩場を走り、近くに見える村や町を無視して北へ、北へ。
土地が変わると空気も変わり、
ヒヤッ
(少し、気温が低くなったかな?)
と、肌で感じる。
周囲の景色も岩場が多く、灰色の風景の中、所々に鬱蒼とした緑の木々の集まりが点在している感じだ。
そして、夕方。
空気が湿気を含み、霧が滲む。
街道の周りは岩壁の崖となり、崖の中腹から木々が何本か生えている。
腕の長い猿みたいな生き物が、2~3匹、壁面を器用に移動していく姿も見ることができた。
(野生動物……?)
それとも、魔物かな?
少なくとも、こちらに近づいては来ない。
周囲は、夕日と乳白色の世界。
やがて、竜車は街道を離れ、岩だらけの荒れた大地を進みだす。
ガッ ゴッ
(お? お?)
振動が凄い。
そのまま、1時間半ほど。
竜車は、より深い崖の奥地へと進み、岩壁も50メートルほどの高さになる。
速度を落とし、狭い空間を進む。
と、不意に周囲が開けた。
(あ……)
傾斜のある岩の広場。
僕らの入ってきた細道以外、四方は巨大な岸壁に覆われ、閉じ込められた空間だ。
その岩壁に、
「――遺跡だ」
僕は、驚きと共に呟く。
巨大な崖をくり抜く形で、年月を感じる古代神殿みたいな構造物があった。
壊れた巨像。
折れた柱。
黒々と口を開ける石の入口。
薄暗い夕陽と乳白色の霧の景色の中、その古代遺跡は僕らの前に幽玄と姿を現していた。
ギギィ
竜車が停まる。
巨大な遺跡の前には、複数の布のテント――天幕と、それを囲む木造の柵が設置されていた。
あれが、遺跡管理局の人がいる拠点かな?
僕ら4人は、竜車を降りる。
岩の斜面を徒歩で登りながら、その拠点へと向かう。
(うん)
僕は、黒い瞳を細める。
――どうやら目的地グレイトン渓谷の古代遺跡に、僕らは無事到着したみたいだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「よく来てくれた、黒獅子公」
1番大きな天幕に案内されると、責任者だという白髪交じりのおじ様が両腕を広げて迎えてくれた。
汚れた白衣の下には、探索用の服。
(ふむ……?)
見ていると、
ヒィン
【パドゥナ・エレゲンス】
・人間、54歳、男。
・遺跡管理局の研究者の1人。エレゲンス研究室室長。
・遺物の研究だけでなく、実際に遺跡に足を運び、自ら発掘作業も行うタイプ。
・古代の真実を知るのが人生の楽しみ。
・貴族家の三男。継承権なし。独身。
(なるほど)
研究者だけど、フィールドワークする派の人なのね。
しかも、独身貴族(本物)。
髭の生えたおじ様――パドゥナ室長は、
ギュッ
と、アルタミナさんと握手する。
それから、レイアさん、クレフィーンさんとも握手していく。
その際に、
ジッ
と、金髪の美女を見つめる。
(ん?)
少し気になる僕。
彼は嬉しそうに笑い、
「いや、まさか『黒獅子公』と『赤羽妖精』だけでなく、あの伝説の『雪火剣聖』も来てくれるとは……私も感無量だよ」
「どうも」
クレフィーンお母様は、上品に微笑む。
へぇ……?
(クレフィーンさんのこと、知ってるんだ?)
少し驚き。
でも、顔見知りではなさそう。
ただ噂を知ってるだけ、みたいな感じかな?
う~む、有名人だとは聞いていたけれど、もしかして、僕が思う以上に昔のお母様は凄い人だったのかも……?
僕も、その整った横顔を見てしまう。
視線に気づかれ、
ニコッ
彼女は微笑む。
そのあと、パドゥナ室長と僕も握手。
ただ、その時の彼の表情は、
「??? ええと、よろしく?」
と、1人だけ見知らぬ子供の僕に、少し困惑していました。
(あはは……)
ま、仕方ない。
と、アルタミナさんが、
「彼は、私たちのクランの期待の新人だよ」
「ほう、新人?」
室長さんは目を丸くする。
ジロジロ
僕を凝視し、
「『月輪の花』クランが新人を入れるとは……これまた驚いたな。君もよほどの才能があるのだね?」
「あ、えっと……」
「なるほど、今後は、私も期待させてもらうよ」
「あ、はい。がんばります」
と、僕も頭を下げる。
その様子に、アルタミナさん、クレフィーンさんは満面の笑顔で、レイアさんは肩を竦めている。
期待されても困るけど、
(まぁ、うん、マイペースで行こう)
と、思う僕であります。
ともあれ、挨拶も終わり。
僕らは天幕内にあった机を囲み、簡易椅子に腰かける。
あと実は、天幕内には僕ら4人とパドゥナ室長以外にもう1人、入口を守るように軽装の鎧と剣を提げた男性が立っていた。
厳つい顔と隙のない雰囲気。
目は鋭い。
なんか、歴戦の猛者って感じ。
ヒィン
真眼、発動。
【オルクス・レーガント】
・人間、42歳、男
・アークレイン王国騎士団所属の王国騎士。第1守護部隊隊長。
・遺跡管理局員を守るため、派遣された隊の隊長。
・経験豊富な軍人。
・妻子あり。
(ふ~ん?)
研究員を守る騎士さんか。
遺跡や周囲の魔物から、みんなを守る責任者ってことだね。
うん、強そう。
彼は無言無表情。
だけど、その視線は、ここで1番の強者である黒髪の獣人さんに向けられている。
いや、武人だ~。
アルタミナさんは、特に気にした様子もないけれど。
閑話休題。
室長さんは、僕らの前の机に大きな地図をバサッと広げる。
ふむ?
(遺跡の地図かな)
部屋や通路、階段、罠の位置などが事細かに書き込まれ、戦闘があった場所なども丁寧に記入されていた。
パドゥナ室長が説明する。
遺跡は、500年前のパルディオン時代の物。
構造体は、地下方向に広がっている。
現在は、7階層まで探索済み。
7階層の広間、更に深部に向かう扉前に問題の『門番』がいて、これ以上進めなくなっている。
なので、
「君たちには、その門番を倒してもらいたい」
とのこと。
ま、依頼通りだ。
彼は僕らを見て、
「門番自体も古代の遺物だ。できれば、無傷で無力化してもらえないだろうか?」
(え?)
突然の要求に、僕、驚き。
そんな条件付きで戦うの?
と思ったけど、
「無理だよ」
黒髪の僕らのクラン長は、即、断った。
首を振り、言う。
「ギルドからも、騎士、王国兵に20人以上の犠牲が出たと情報が伝えられているんだ。それほどの相手に加減する余裕はないよ。むしろ、完全破壊を覚悟しておいて欲しいな」
「う、む……」
「気持ちはわかるけど、私も仲間の安全が第1だからね」
と、僕らを見る。
(ア、アルタミナさ~ん!)
さすが、黒獅子公……さす黒だ。
一生ついてきます!
僕は感動し、隣でクレフィーンさん、レイアさんも『当然』と頷いている。
室長さんだけが落胆。
で、アルタミナさんはそんな彼から、もう少し詳しい話を聞く。
階層の広さ。
罠の種類。
解除してあるのか、回避しただけか。
魔物の有無。
数、種類。
門番がどのような相手で、どんな強さか。
で、答えなんだけど、階層の広さに関しては、大体、小さな町が1つ入るぐらいの規模らしい。
(でっか)
相当、広いじゃん。
しかも、それが7層分。
罠に関しては、全部、解除済み。
未発見の罠もあるかもしれないけど、少なくとも7階層まで確保した道順に沿うならば、罠はないと保証できるそうだ。
魔物に関しては、
「オルクス隊長に、直接、聞いた方がいいか」
「はっ」
室長に促され、鋭く応じるオルクスさん。
彼は、僕らの前に立つ。
直立したまま、
「遺跡内に、魔物は確認されておりません。ですが、遺跡の防衛機能が生きているらしく、侵入者撃退用の『魔導人形』が徘徊しておりました」
(ゴーレム!?)
僕は、目を丸くする。
異世界定番の敵、来たぁ……。
美しい3人の女冒険者たちも『へぇ……?』と少し興味を惹かれた顔をする。
隊長さんの話によると、魔導人形は人間大のサイズで、1階層につき約30体ほど存在し、姿も人型、獣型、虫型と様々な形状をしているとか。
で、問題は、
「現在も製造されているのか、いくら壊しても『門番』の奥の通路から2~3日で湧いてきて、常に補充されております」
と、オルクス隊長。
僕らは、唖然。
(え……無限湧き?)
僕は驚き、3人も表情をしかめる。
隊長さんも厳しい顔をしていて、ただ1人、室長だけが嬉しそうである……お~い?
オルクス隊長は、
「皆様の来訪に合わせ、昨日までに7階層までの『魔導人形』は全て破壊、駆除しました。ですが、新しい個体が再び生まれている可能性はご考慮ください」
と、警告してくれた。
いや、駆除してくれたのか。
(ありがたいね)
見た目通りの厳つい軍人らしく、実に良い仕事をしてくれているようです。
アルタミナさんも、
「ありがとう、隊長」
と、笑顔で白い歯を見せる。
爽やかな笑顔で、女性としても魅力的な表情だ。
だけど、
「いえ、自分は任務を全うしているだけですので」
と、隊長さんは愛想もない。
無骨な雰囲気。
(……うん)
嫌いじゃないぞ、こういう男の人。
むしろ、格好いいわ。
そのあとも隊長の話は続き、肝心の『門番』の話題へ。
門番は、
「やはり、大型の『魔導人形』です」
とのこと。
蜘蛛みたいな多脚型の下半身に、4本腕の人型の上半身をしており、全長は大体4~5メードほど。
4つの手は、4本の剣を握る。
その4本の剣は赤く灼熱し、金属の盾や鎧も切断、肉体も炎上させるとか。
(ビームサーベル?)
やばぁ……。
多脚の足も機動性、安定性が高く、3次元に壁や天井も移動できるらしい。
更に奥から、小型の魔導人形も参戦してくるとか。
(何それ?)
話を聞くだけで、滅茶苦茶、手強い……ってわかるわ。
見れば、3人の美女も表情が険しい。
空気を察してか、室長さんも黙っている。
そして、オルクス隊長は、
「私の部下も、何人もやられました」
「…………」
「私情を挟んではいけませんが、黒獅子公、皆様、どうか、仇を……よろしくお願いいたします」
グッ
深く頭を下げる。
厳つい表情は変わらず、けれど、その手が皮膚に爪が食い込むほど握られている。
(…………)
僕も唇を噛む。
黒髪の美女は、
「うん、最善を尽くすよ」
と、静かに微笑んだ。
確約しないところに、彼女なりの誠意と覚悟を感じる。
仲間の美女2人も頷く。
やがて、話も終わり。
本日はしっかり休み、明日、『門番』に挑むために古代遺跡に潜ることを決め、僕らは天幕をあとにしたんだ。




