084・妖精美女の心境〈※レイア視点〉
「――シンイチ君は、本当に面白いね」
私の前で、アルはそう笑ったわ。
細長い獅子の尻尾は、パタパタと左右に揺れている……本当、上機嫌ね。
(はぁ)
私は、嘆息。
ここは、クラン長室。
夕食後、クランリーダーの彼女に呼び出されて、今日の出来事の真偽を聞かれたの。
真実、と伝えた結果が、この反応……全く。
けど、気持ちはわかる。
「彼、初めてだったんだろう?」
「ええ」
「なのに、魔力制御を完璧にして見せたんだ?」
「そうね」
「あはは、凄いね。私たちだって何度も練習してできるようになったのに……シンイチ君は天才なのかな?」
「純粋なんでしょ」
私は、肩を竦める。
この動作は、私の癖。
そして、自分の昂りそうな感情を冷静にさせる儀式の1つ。
アルは、
「純粋?」
と、首を傾ける。
生えた2つの獣耳は、真っ直ぐ私に向けられる。
私は言う。
「魔力制御に必要なのは、強いイメージ」
「うん」
「少しでも迷いや不安、不信があれば、魔力制御は乱れてしまう。だから純粋な人ほど、強くイメージできるものだわ」
「なるほど?」
「本来は、繰り返す練習でそれを会得する。でも、あの子は最初から確信していたみたいに、魔力制御をするために必要な強いイメージを意識していたわ」
「…………」
「悪い面を深く考えない純粋さ。つまり、純粋馬鹿なのね」
「あはは……」
私の物言いに、アルは苦笑する。
でも、仕方ない。
人は考える生き物。
考えれば考えるほど、迷いや不安は生まれ、魔力制御はできなくなる。
なのに、
(あの子には、迷いがなかったわ)
やったこともない魔力制御の肝を無自覚に押さえ、実行してしまう
計算じゃなく、感覚で。
それとも、秘術の目の力?
わからない。
いえ、仮に秘術の目の力があろうと、それを信じ切れる感覚は普通ではないでしょう。
やはり、馬鹿。
(フィンと同じ、天才肌の馬鹿なんだわ)
私は、長く息を吐く。
クレフィーンも理屈ではなく感覚で、剣の技術、魔法の制御術を誰より早く会得していったわ。
似た者同士、か。
仲良しになるのも、当たり前ね。
2人とも、人間種。
私より遥かに短い寿命の生命だからこそ、そういった成長速度になるのかしら?
アルの金色の瞳が、私を見つめる。
縦長の瞳孔の獅子の瞳。
私は、
「――それで?」
「ん?」
「シンイチの話をするためだけに、私を呼んだのではないでしょう?」
「ああ、うん」
彼女は曖昧に認める。
(何よ?)
強い視線で問いかける。
アルは少し困ったように笑い、重そうに息を吐いた。
表情を素に戻し、
「実は、今日、局長に先に謝られてね」
「?」
「現地にいる遺跡管理局員の中に、北部出身の人間が何人かいるらしいんだ。私やレイアが嫌な思いをするかもしれないって、危惧してたよ」
「……ああ」
私は、納得した。
肩を竦め、
「ま、たまにあることだわ」
「うん」
「そんな顔しない。差別主義者の言動なんか、気にしたら負けよ」
「そうだね」
アルも頷き、
「今回は、フィンやシンイチ君もいるしね」
と、淡く微笑んだ。
(…………)
私は、目を瞬く。
ああ、言われてみれば……今更、思い出したわ。
今回は、アルと2人きりではない。
人間種のフィンとシンイチ、あの2人もいるのよね。
その顔を思い出し、
「そうね」
私も微笑み、頷く。
すると、アルは意表を衝かれた顔で、私のことを凝視する……何よ?
私は、怪訝に眉をしかめた。
アルは苦笑し、
「いや、あまりに素直に認めるから」
「……は?」
「フィンはともかく、シンイチ君のことも受け入れているんだな……って。男嫌いの君が、さ」
「…………」
私は一瞬、言葉に詰まる。
反論しようとし……けれど、ムキになるのもみっともない。
(はぁぁ)
大きく息を吐く。
私は言う。
「出会った時はあんなに可愛い少女だったのに、今じゃ、すっかりアルも生意気になったわね」
「おや?」
彼女は、目を丸くする。
笑って、
「心外だな。大人のレディに成長した、と言って欲しいね」
「ほら、生意気」
私は鼻で笑う。
たかが30年しか生きてない癖に、大人とか。
(これだから、短命種は……)
私とアルは、お互いを挑むように見つめ合う。
やがて、
プッ
と、どちらからともなく吹き出し、一緒に笑った。
私は言う。
「そうね、自分でも意外よ」
「ん?」
「シンイチのこと」
「ああ、うん」
「何というか、私の知っている人間の男とは、価値観や考え方が少し違う気がするのよ。良くも悪くも平和ボケして、明日も当たり前に生きていけると信じてる、人を騙す気のない生き物」
「…………」
「警戒する価値もないわ」
「そうかい」
アルは頷いた。
でも、その獅子の瞳は笑っている。
(ん……)
少し喋り過ぎたかしら?
こういう風に、アルタミナは人たらしで、簡単に懐に入って来るから厄介よね。
ま、いいわ。
「話は終わりね? 私も部屋に戻るわ」
「ああ、うん。悪かったね、レイア。留守中もありがとう」
「別に」
私は、また肩を竦める。
クラン長室の扉を開け、
「じゃ、また明日」
「ええ、また明日」
パタン
微笑む彼女に答え、私は廊下に出た。
自室の副クラン長室へと、照明の点在する薄暗い廊下を歩む。
途中、
キィン
探知魔法を使う。
階下の1室に、3人の気配がある。
フィンたち母娘と黒髪の少年は、今も同じ部屋でお喋りに興じているみたいだわ。
(……全く)
何時だと思ってるのかしら?
ま、いいわ。
明日の出発に遅刻しないのなら、それで。
「…………」
楽しそうに揺れる、3人の気配。
私はかすかに笑い、
パチッ
探知魔法を切り、感覚を遮断する。
そして、何事もなかったかのように、私は再び廊下を歩き始めた。




