082・魔法を試すのは……今でしょ!
(次は、何を試そう?)
回復か、防御か……う~ん?
悩んでいると、
「シンイチ君」
ふと、クレフィーンさんが僕を呼ぶ。
(ん?)
僕は、彼女を見る。
娘さんが背中に隠れた状態で、彼女は僕に微笑む。
と、親指を口に運び、
プチッ
白い八重歯で指の皮膚を裂いた。
(え……?)
僕、唖然。
白い肌に赤い血の玉が膨らみ、やがて、地面に落ちる。
ポタ ポタ
(ク、クレフィーンさん?)
僕は慌てた。
お母様の突然の行動とその赤い血に、ファナちゃんも目を見開いている。
レイアさんは形の良い眉をしかめ、
「フィン……貴方ね」
と、渋い声を出した。
でも、クレフィーンお母様は優しい笑顔で僕を見つめ、言う。
「さぁ、シンイチ君」
「え?」
「回復魔法、どうぞ試してください」
「…………」
まさか、
(そのために……?)
噓でしょ?
優しくて献身的な人だとは思っていたけど、まさかここまでとは……。
ポタ ポタ
血が流れる。
痛くない訳がない。
でも、彼女は僕を見たまま、優しく笑っている。
信頼の青い瞳……ええい!
覚悟を決め、
「すぐ治します!」
と、僕は自分の手を伸ばした。
ヒィン
【回復魔法の発動方法】
・両手を向け、発動を念じる。
・回復力のある魔力の風が発生するので、患部に当たるようにする。
(うん!)
僕は頷き、
「――癒しの風」
と、声を発した。
ポワッ
左右の手の甲に、文字列で描かれる魔法陣が光る。
同時に、
フワッ
(お……風だ)
両の手のひらから、柔らかい温風が流れていくのを感じた。
キラキラ
風の中に、緑色の光の粒子が混じる。
それは、クレフィーンさんの親指の傷に付着し、やがて、傷口全体を淡く輝かせていった。
ジュ……
(あ……傷が……)
少しずつ小さくなっていく。
光が皮膚に変わり、傷を埋めていく。
なるほど、魔力が損傷した肉体に変化して、怪我を治していくのか。
これが、
(回復魔法……)
初級だけど、ちゃんと治る。
現代日本の医療でも不可能な現象に、僕は思わず見入ってしまった。
治療時間は、約7秒。
体感では、もっと長く感じたけど。
でも、
「治りましたね」
彼女の言う通り、白い肌には傷1つ残らない。
血を拭けば、綺麗な玉の肌だ。
(よ、よかったぁ)
ホッ
僕は、安堵の息を吐く。
ファナちゃんも同じ表情で、でも、当の金髪のお母様ご本人はニコニコと笑っている。
嬉しそうに、
「回復魔法、ちゃんとできましたね」
「…………」
僕は無言。
ジッ
彼女を見つめ、
「クレフィーンさん」
「はい?」
「そういうこと、2度としないでください」
「え?」
「僕はクレフィーンさんのこと大好きなので、そのクレフィーンさんを傷つけること、もう絶対にしないでください。お願いします」
「…………」
彼女は、青い目を見開く。
僕は、真剣な眼差しだ。
(――もう2度と駄目!)
目力で、強く訴える。
僕のためを思ってだけど、だからこそ悲しい。
背中から見ていたファナちゃんも涙目で「お母様……」と呟き、コクコクと頷く。
クレフィーンさんは、
「シンイチ君……ファナ……」
と、呟く。
もう1度、僕と目が合う。
途端、白い頬がほんのりと赤く染まり、彼女は長い金髪をこぼしながら頭を下げる。
「すみません」
と、謝った。
再び顔が上がり、
(……?)
なんか、嬉しそうじゃない?
何でや?
僕、怒ってるんだぞ?
困惑する僕の横で、レイアさんは息を吐く。
「……フィン、貴方、本当に重症ね」
(え?)
何が?
なんか病気なの……?
意味がわからず、僕は幼女と思わず顔を見合わせてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
気を取り直し、最後の魔法を試そう。
最後は、古代魔法。
右手を見る。
魔力を流すと、手の甲に青い光の魔法陣が浮かび、
ヒィン
【王霊の盾】
・魔力の盾を生み出す魔法。
・高密度の魔力障壁を創り、物理、魔力の攻撃を5秒間、完全に遮断する。
・防御力、250。
(うむ)
僕は頷く。
魔法の盾……どんなのだろう?
ワクワク
期待しながら、発動方法を調べる。
ヒィン
【発動方法】
・発動を念じる。
・自身を中心に、球状の魔力障壁が発生する。
・5秒で自動消失。
(ふむふむ?)
全方位系の障壁か。
むふ……楽しみ。
と、その時、視界の隅でレイアさんが稽古場の隅の方に移動していくのが見えた。
(何だろう?)
少し気になったけど、ま、いいか。
僕は、息を吸う。
金髪の母娘も、僕を見ている。
そして、
「――王霊の盾」
と、僕は口にした。
発動を意識した途端、
キィン
視界を占める世界が発光したように感じた。
(おお……)
僕の周りに、青く透明な障壁ができていた。
完全な球状。
床と接する部分は、平らになっている。
ふむ……?
発動時に障害物がある場合、どうやらその形状に障壁が変形するらしい。
つまり、狭い空間でも発動可能、と。
(なるほど)
よくできてる。
と、その時、
「シンイチ」
(ん?)
背後から、レイアさんの声がした。
振り向く。
離れた位置に立つ美しいエルフさんは、その両手にあの恐ろしい威力の大弓を構えていた。
矢も、つがえられている。
……え?
驚く僕に、
ボッ
空気を裂き、巨大な矢が飛来した。
「!?」
僕は硬直。
避ける動きもできず、
パキィン
僕の正面の障壁にぶつかり、矢の軸が大きくたわんだ。
推進力を失い、巨大な矢はガランと石畳の上に落下し、2回転してから止まった。
ヒュゥン
5秒経ったのか、青い光の障壁が消える。
「…………」
ドッ ドッ ドッ
遅れて僕の心臓が激しく脈打ち、顔に冷や汗が流れた。
(な、ななな……!?)
文句を言いたいのに、声も出ない。
代わりに、
「レイア! 貴方、何を……!」
と、クレフィーンさんが怒っていた。
けれど、
「ふぅん? なかなか丈夫な魔力障壁ね」
と、赤毛の美女は平然と呟く。
まるで、実験結果を確かめただけみたいな表情で……。
いやいや、
(僕……腰抜けそう)
なのに彼女は、そんな僕に言う。
「シンイチ」
「え?」
「もう1度、今の防御魔法、使える?」
「…………」
魔力量的には使える……けど。
僕は、一応、頷く。
彼女も頷き、
「なら今度は、フィンの『白き炎霊』をぶつけましょう。――いいわね、フィン?」
(へ……?)
僕は目を丸くする。
クレフィーンさんも唖然とし、
「レイア!」
「もし障壁が壊れても、即死しない程度に威力を加減しなさい。それで平気よ」
「っ」
話が通じない。
お母様はそんな表情で、約200歳も年上の友人を睨む。
だけど、レイアさんは落ち着いた表情のままで、まだ茫然としている僕を見る。
そして、言う。
「今しかないのよ?」
「……え?」
「性能、試すんでしょ? なら、安全な今の内に、その防御力を把握しておきなさい」
「…………」
「私もフィンも回復魔法が使える。ポーションもあるし、最悪、王都の教会に駆け込む手もあるわ。万が一の状況でも、何とでもなるのは今だけなのよ」
(あ……)
僕は、ハッとする。
彼女は真剣に、変わらぬ口調で僕に言う。
「実戦で試すのは命懸け。それで死ぬのは嫌でしょ?」
「…………」
「それに性能を把握しておけば、実戦でも信頼して魔法が使えるわ。性能が不確かで信頼しきれない時には、どうしても躊躇が生まれるの。ほんの一瞬、でも、それが致命的な時もあるわ」
「…………」
「だから、今の内に確認を済ませなさい」
その薄紫の瞳が、僕を見つめる。
(レイアさん……)
本物の戦いを知る先輩冒険者として、僕を思っての言葉だった。
やばい、嬉しい。
僕は、
「はい」
コクン
と、大きく頷いた。
レイアさんも満足そうに頷く。
クレフィーンさんは複雑そうに、でも、友人の方が正論なので反対できない様子である。
金髪の幼女は、
オロオロ
と、戸惑ったように僕ら3人を見ていた。
やがて、
「わかりました……」
と、金髪のお母様も諦めたように息を吐いた。
僕を見て、
「加減はしますが、もしものために左腕だけを狙いますね。――レイアも、回復魔法をすぐに発動できるよう備えておいてください」
「うん」
「ええ、わかってるわ」
僕ら2人も頷く。
クレフィーンさんは息を吐き、右手を出す。
手のひらを上に向け、
ボッ
そこに、白い炎が灯る。
――古代魔法・白き炎霊。
純白の炎の中で、キラキラと不思議な光が輝いている。
彼女は、僕を見る。
僕も頷く。
息を吸い、右手の甲に魔法陣を光らせる。
そして、
「――王霊の盾」
キィン
青い光の球体が僕を包む。
直後、金髪の美女の手がこちらに向き、白い炎が放射状に噴き出した。
ボパァアン
(ぬおお……!)
目の前の障壁で、白い炎の奔流が弾ける。
す、凄い光景。
そして、よく見たら、弾けた炎が当たる石畳が黒く焼けていく。
やばい威力……。
直撃したら、とんでもないぞ。
だけど、
(……全然、熱くない)
古代魔法・王霊の盾に守られている僕には、その熱も届かない。
え、この魔法も凄くない?
僕は驚き。
長いような短い5秒間。
やがて、白い炎の放出が止まる。
直後、鮮やかな青い光の障壁も消失し――同時に、流れ込む熱気が僕の肌を焼いた。
って、
「アチチ……!?」
思わず、悲鳴。
慌ててその場を離れる。
振り返って見たら、僕が立っていた場所の周囲、石畳が真っ黒に焦げて溶けるように変形し、陽炎が立ち昇って景色が歪んでるじゃん……。
お母様は、
「だ、大丈夫ですか、シンイチ君?」
と、心配してくれる。
僕は「あ、はい」と頷く。
あとからの熱波に驚いたけど、実際、『白き炎霊』の直撃による被害は皆無である。
レイアさんも、
「大したものね」
「…………」
「フィンの古代魔法は、本来、大型の成竜の火炎ブレスぐらいの威力があるのよ。加減したとはいえ、完全に遮断するのは素晴らしいわ」
と、評価していた。
竜の火炎ブレス……。
(クレフィーンさんの魔法も恐ろしいね……)
ちょっと、青褪めちゃうよ。
その情報を先に聞いていたら、試すべきとわかっていても躊躇しちゃってたかもしれない。
と、そんな僕に、
ペタペタ
金髪のお母様の手が、何度も触る。
(ええっと……)
彼女は、まるで子供を心配する母親みたいな表情で、僕の全身に怪我がないことを確かめているみたいだった。
やがて、ホッと息を吐き、
「よかった……」
ギュッ
安心したように微笑み、僕を抱き締める。
…………。
(にゃわ~!?)
僕、硬直。
相変わらずの無防備な触れ合いを、この美人なお母様はなさってくる。
嬉しい。
柔らかい。
いい匂い。
我慢が大変。
友人の行動にレイアさんも呆れ顔で、ファナちゃんも目を丸くしている。
やがて、身体を離し、真っ赤な僕に気づく。
「……あ」
お母様も自覚した。
そして、彼女まで赤くなり、
「す、すみません」
と、長く綺麗な金髪を肩からこぼしながら、頭を下げて恥ずかしそうに謝罪してくる。
(あはは、いえいえ)
まぁ、役得です。
僕らはお互いを見て、やがて、照れ笑いする。
…………。
ところでだけど、
(今更だけど、クレフィーンさんは白き炎霊の威力を加減できるんだよね?)
加減――つまり『調整』だ。
ということは、
(もしかして……?)
僕は、その可能性を考える。
うん、と頷く。
2人の先輩冒険者を見て、
「あの、1つ試したいことを思いついたんでやってみていいですか?」
と、言ってみた。




