081・荷物の準備と魔法の試し
翌日の朝食後、
「――じゃ、行ってくるね」
遺跡管理局に向かうアルタミナさんは軽く手を振り、クランハウスを出ていった。
僕らも玄関で、
(クラン長、お疲れ様です)
と、お見送り。
責任者って大変だ~。
新人クラン員の僕は、その後、美女2人と倉庫に向かう。
次のクエストの荷造りだ。
クランハウス1階の倉庫に到着し、中へ入る。
(おお……)
なんか、色々ある。
剣や斧、弓などの武器、鎧や外套、盾などの防具、テントや照明具などの道具類などなど、棚や箱の中に収められたり、壁にかけられたりしている。
まるで、どこかの商店みたい。
見ていると、
ヒィン
(お……?)
【倉庫の備品】
・クランの備品。
・探索用の道具が一通り揃っている。
・中には、クレフィーンたち3人の過去の装備品もある。
(へ~?)
クレフィーンさんたちの昔の武器?
あ……あの剣とか、斧とか、弓がそうかな?
確かに今の強そうな武器に比べたら、普通そうな、安そうな印象を受けるかも……。
(そっかぁ)
なんか、3人の歴史を感じるよ。
と、
「何してるの、シンイチ。こっち来なさい」
「あ、うん」
レイアさんに呼ばれ、僕はそちらへ。
クレフィーンお母様もいて、彼女は棚から木箱を1つ、床に降ろしていた。
ガシャッ
中には、照明具。
お母様は笑って、
「次のクエストは、古代遺跡内での活動になります。なので、暗闇でも対処できるように備えなければなりません」
「あ、はい」
「なので先日、私たちは光源の魔法を用意しました」
「うん、でしたね」
「ええ。ですが、不測の事態に備え、魔法以外の光源も用意するのが鉄則です。今回はランタンを持っていきましょう」
カタッ
彼女は木箱から1つ、取り出す。
(これか)
円柱型のランタンだ。
ガラス容器だけど、周囲には金属の枠組みがある。
落下しても、壊れなさそう。
ヒィン
【探索用のランタン】
・頑丈なランタン。
・防水なので、水中でも使用可能。
・燃料式で、魔石スイッチに触れて魔力を流すだけで点灯、消灯ができる。
・腰ベルトに固定し、手ぶらで使用もできる。
・最長7時間、点灯可能。
・下部の燃料缶は、簡単に交換できる。
(ほうほう?)
持たずに使えるのは、便利そう。
クレフィーンさんは、
「各人1個ずつ、所持します。あとは怪我をした時に備え、回復ポーションを2本ずつ。それと魔力ポーションも3本ずつ、持っていきましょう」
「ポーション、ですか?」
「はい」
綺麗な金髪を揺らし、彼女は頷く。
「冒険者の探索では、『魔法』は重要な生命線と言えます。だからこそ、魔力切れ時の対策は用意しておかなければなりません。ランタンを持つのもそのためです」
「なるほど……」
「余裕がない時は、躊躇なく使ってくださいね」
「…………」
僕は、思い出す。
クレタの町で、彼女が僕に回復ポーションをくれたことを。
そして、初級の回復ポーションだったけど、
(お値段、10万円……)
と、お高くて。
ちなみに、まだ持ってます。
クレフィーンさんの手には今、薄い緑色と赤色のガラス瓶が握られていた。
僕は無言で、
ヒィン
目に力を込め、確認する。
【回復ポーション〈中級〉】
・魔法の薬。
・中度の怪我、病気などを治癒できる。服用、塗布、どちらでも可。
・値段、3000リド。約30万円。
【魔力ポーション〈上級〉】
・魔法の薬。
・総魔力量の約5割、魔力を回復できる。使用方法は、服用のみ。
・値段、2万リド。約200万円。
(ぎゃ~!)
ま、魔力ポーション、高ぇ……!
え、使い捨てでしょ?
僕、愕然。
青褪める僕に、クレフィーンさんは苦笑する。
「気持ちはわかります。私も引退後、村での生活では節約を心がけていましたから」
「…………」
「ですが」
青い瞳が、僕を見つめる。
「――命が助かるなら、安い値段です」
静かな、でも、重い口調だ。
先輩冒険者として、人生の先達として、色々な死を見てきたからこその重さ。
僕は息を飲み、
「はい」
と、真剣に頷いた。
クレフィーンさんも微笑む。
と、ずっと黙っていたレイアさんが口を開く。
「別に使わなくてもいいわ」
「え?」
「高いのは事実だし、強制じゃないの。だから、必要な時に使いなさい。大事なのは、その『必要な時』の見極めよ?」
「……見極め」
確かに。
でも、できるだろうか?
(ふ、不安……)
と、
「迷った時が、使い時です」
「え?」
「あとで無駄になっても構いません。使うべきか迷う……その状態は、もう『必要な時』ですよ」
「あ……」
「勿体ないはありません」
「…………」
「むしろ、使わずに死んでしまう方が勿体ないですから」
「うん。そうですね」
僕も納得し、頷いた。
クレフィーンさんも微笑み、頷き返してくれる。
耳の長い美人さんは、
「ふん。また1つ、賢くなったわね」
と、肩を竦め、鼻を鳴らしながら笑った。
(あはは……)
口は悪いけど、優しいエルフさんです。
友人のらしさに、金髪のお母様も手で口元を押さえながらクスクスと笑っていた。
…………。
そのあとも、携帯食料や水筒の用意、落とし穴などの罠対策のロープや罠解除キット、休憩時の防寒用の毛布など、クレフィーンさんは1つ1つ説明しながら用意する。
やがて、クエスト用荷物の準備は完了。
あとは、自由時間。
クレフィーンさんは柔らかく金髪を揺らしながら、僕を見る。
優しい微笑みで、
「では、シンイチ君。このあとはシンイチ君の魔法を試しましょうか?」
「あ、はい」
約束、覚えててくれたんだ?
(嬉しいね)
僕も笑顔で頷く。
レイアさんも、
「私も暇だし、見学してようかしら」
なんて言う。
おや、珍しい。
もちろん反対する理由もないし、むしろ歓迎。
予定通り、部屋にいたファナちゃんも呼び出して、僕らは4人でクランハウスの広い庭へと移動したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
広い庭園に、石畳の空間があった。
厚手の布が巻かれた丸太が立っていたり、同心円の描かれた弓の的があったりする。
(へ~?)
ここが、クランの稽古場。
レイアさん曰く、
「昔はクラン員が何人も使っていたけど、今は誰も使ってないわ。ジーグルたちが手入れだけはしてくれていたけれど……」
とのこと。
クレフィーンさんは青い瞳を見細め、
「懐かしいですね。作った当初は、ここでアルやレイアとよく稽古したものです」
と、呟いていた。
(ふ~ん?)
大人な美女2人の様子に、僕とファナちゃんは顔を見合わせてしまう。
ま、昔は昔、今は今。
今日の目的は、新しい魔法を試すこと。
ワクワク
少し楽しみだ。
新しく覚えたのは、4種類。
ただ、僕の総魔力量を考えると、7割消費の『不死霊の奇跡』は無理かな。
なので、
『王霊の盾』
『強身の魔印』
『癒しの風』
の3種類を試そう。
(よし)
僕は、石畳の稽古場の中央に立つ。
女性陣3人は、少し離れて見守ってくれている。
最初は、
(1度、かけてもらったことのある身体強化の魔法にしよう)
と、決めた。
ヒィン
【発動方法】
・肉体に指を当て、発動を念じる。
・肉体の制御を行う脳に近い『額』部分に指を当てると、若干、強化率が上がる。
と、真眼情報。
(ふむふむ)
額ね?
僕は素直に、人差し指と中指を揃え、自分の額に当てる。
息を吐き、
「――強身の魔印」
と、声に出しながら念じた。
ポウッ
お……?
指先が熱い。
その熱が額から、熱湯のように全身に流れていく。
おお、この感覚。
(これこれ!)
全身が軽くなり、五感が研ぎ澄まされていく……なんか、1度、体験すると癖になっちゃう奴です。
僕は、軽く跳ねる。
トッ
(わおっ?)
垂直方向に1・5メートルぐらい跳んだ。
やば……っ。
重力が半減したみたい。
クレフィーンさんは「成功ですね」と笑う。
レイアさんは『ま、当然』という表情のまま、僕を眺めている。
ファナちゃんは、
「お兄様、凄い……」
と、青い目を丸くしていた。
(えへへ)
僕は笑い、3人に近づく。
そして、
「ファナちゃん、ちょっと試していい?」
「え?」
「ほれ」
「きゃ……っ?」
僕は、幼女の両脇に手を入れ、ヒョイと持ち上げた。
(おお、軽い軽い)
多分、30キロぐらいの体重が、6~7キロぐらいになってる感じ?
おかっぱの髪を散らし、幼女は慌てた顔だ。
「お、お兄様……!」
「あはは、高い高~い」
「~~~~」
「うん、ありがと。ちゃんと強化されてるみたいだ」
と、下ろす。
(ん……?)
見たら、ファナちゃんの顔が真っ赤っかだ。
あれ?
だ、大丈夫?
驚く僕の前で、幼女はモジモジしながら、僕を上目遣いに睨む。
でも、怖くない。
むしろ、涙目で可愛い。
クレフィーンさんが困った顔で笑っている。
レイアさんは、
「シンイチ、貴方ねぇ……」
と、呆れ顔だ。
え、何……?
僕は戸惑いつつ、
「えと……ごめんね?」
と、幼女に謝罪した。
西洋人形みたいな金髪の幼女は、複雑そうな表情で首を左右に振る。
フルフル
綺麗な髪が躍る。
そして、小走りにお母様の背中に隠れてしまった。
(あら~)
僕は何か失敗してしまったようです。
すると、お母様は、
「大丈夫です。ただ、娘も驚いただけなので……」
と、言ってくれた。
そ、そう……?
クレフィーンさんもそう言ってくれたので、気を取り直す。
ん、よし。
じゃあ、次の魔法を試してみよう!




