080・今後の予定
午後7時――夕食の時間だ。
僕らは、クランハウスの大食堂に集まった。
「いただきます」
全員で着席し、手を合わせてから、ハンナさん手作りの料理を美味しく頂く。
本日のメニューは、
ヒィン
【赤目牛のフィレステーキ】【温野菜と海鮮サラダ】【山菜と茸のバター炒めライス】【ホロホロ鶏肉のコンソメスープ】【3種のフルーツとクリームアイス】
との表示である。
早速、食べる。
(――うん、お口が幸せ!)
僕、満足です。
皆も美味しそうに食事を食べている。
僕らの様子に、壁際に控えるハンナさんも微笑んでいた。
隣の席の母娘と自由時間に何をしてたかを話したり、料理の味を楽しみながら、僕らの食事は続く。
やがて、場が落ち着いた頃、
「――次のクエストの話をするね」
と、クラン長の黒髪美人さんが口を開いた。
(あ、うん)
僕は食事の手を止める。
他の2人も同様で。
まだ9歳の幼女も空気を読み、食べるのを我慢する。
いや、ファナちゃんはいいんだぞ?
アルタミナさんは、静かな口調で言う。
「明後日に向かう場所は、グレイトン渓谷にある古代遺跡。討伐対象の『門番』は、その地下7階の中央広間に陣取って、侵入者のそれ以上の進行を防いでいるって話らしい」
ここで一区切り。
彼女は金色の瞳で、僕らを見回す。
僕らは頷く。
それを確かめ、話は続く。
「依頼主は、王国の遺跡管理局。報酬は50万リド」
(50万リド……5000万円!)
僕は目を丸くする。
桁が違う……。
「現地に管理局員が20名、王国兵15名がいる。遺跡前に仮設基地が用意されてるから、食事と寝床の心配はないかな」
(へぇ?)
つまり、探索拠点があるのね。
僕らは頷く。
「ただ王国兵は、基地の防衛が仕事。門番との戦闘には参加しないからね。――今回は、そういう契約にもなってる」
(そうなんだ?)
契約……か。
王国側としては、これ以上、王国関係者の犠牲は出したくない。
だから、僕らに丸投げした。
(って感じ?)
赤毛の美しいエルフさんは「ふん」と鼻を鳴らし、
「――こちらも足手まといは要らないわ」
と、自信に満ちた冷酷な微笑である。
(わぁ……)
美人なだけに、本当に似合う。
友人2人は、苦笑。
でも、彼女たちの実力を考えた場合、確かに王国兵がいる方が邪魔なのだろう。
…………。
考えたら、僕も新人。
しかも、何もかも素人だ。
(……足手まといにならないよう気をつけよう、うん)
1人、自分自身に言う。
クラン長は、再び僕らを見回す。
「グレイトン渓谷までは遺跡管理局が用意してくれた竜車で移動する。日数は片道2日。町や村に寄らない遺跡までの直行便だから、今回、ファナちゃんはクランハウスでお留守番しててね」
と、最後に幼女を見る。
(あ……)
僕らも見る。
突然の視線に、幼女は緊張した顔をする。
でも、
「う、うん、わかった」
と、頷いた。
(ファナちゃん……)
寂しいだろうに、本当にいい子。
金髪のお母様も少し申し訳なさそうで、物分かりの良すぎる娘を抱き締める。
幼女の小さな手も、お母様の背中に回される。
アルタミナさんは、その様子を眺める。
それから控えていた管理人の老夫婦を見て、
「留守中、フィンの娘のことを頼んだよ?」
と、声をかけた。
人生経験豊かな夫婦は「はい」「お任せください」と穏やかに微笑み、頷く。
上品なハンナ婦人は、
「私たちと一緒に、お母様のお帰りを待ちましょうね」
「う、うん」
笑いかけられ、ファナちゃんも頷く。
少し戸惑っているようだけど、でも、どこか安堵したような表情にも見える。
(……ああ)
うん、そうか。
きっと彼女にとって、初めて1人じゃないお留守番なのかもしれない。
僕は、何だかしんみり。
クレフィーンお母様も長い金髪を肩からこぼしながら、「よろしくお願いします」と老紳士と老婦人のお2人に頭を下げている。
お2人も微笑み、幼女の母に頷く。
黒髪の美女は、
「明日、私は遺跡管理局の局長に会ってくる。出発前の挨拶と詳しい話を聞いておかないといけないからね」
と、言う。
それから、僕らを見て、
「3人は荷物の準備だけよろしく。シンイチ君は初めてだから、フィン、面倒見てあげてくれる?」
「はい、わかりました」
クラン長の指示に、頷くお母様。
僕は頭を下げ、
「すみません。お願いします、クレフィーンさん」
と、素直に頼む。
お母様は優しく笑い、
「ふふ、はい。私にお任せくださいね」
と、胸の手を当て、快諾してくれる。
(うん、安心)
先輩の女冒険者さんの頼もしさに、僕も笑顔になってしまった
クラン長の黒髪美女は、
「準備ができたら、あとは3人とも自由時間にしていいよ。ただし、明後日に疲れを残さないように気をつけてね」
「あ、うん」
「はい」
「ええ、わかってるわ」
僕ら3人も頷いた。
(自由時間……か)
どうしようかな?
う~ん、
(あ、そうだ)
と、考えていると、お母様が僕を見て、
「シンイチ君」
「ん?」
「明日の自由時間、シンイチ君は何か予定がありますか?」
「あ、はい」
僕は頷き、
「今日、新しい魔法を覚えたんで、明日、実戦に出る前に試しておきたいな……と思ってます」
と、今、思いついたことを答えた。
(ぶっつけ本番は怖いしね)
僕の答えに、金髪の美女は「なるほど」と頷く。
尖った長い耳の美人さんも、
「あら、いい心がけね。悪くないわ」
と、珍しく素直に褒めてくれた。
(わ~い)
普段、至らない点を指摘されてばかりなので、なんか嬉しい。
クレフィーンさんも微笑む。
「そうですね。ですが、1人で試すのも何かあった時に心配ですので、私もお付き合いさせていただいてもよろしいですか?」
「え……」
僕は、目を丸くする。
そりゃ、いいですが……。
驚く僕に、お母様はさりげなく顔を寄せ、耳元に囁く。
拍子に、甘い吐息が当たり、
ゾクゾク
としちゃう。
(おお……)
そんな僕に、彼女は小声で言う。
「その、ファナも一緒に連れていきますので……」
「え?」
「出発前に、あの子にお兄様と一緒にいる時間を作ってはもらえないでしょうか?」
「あ」
(そういう……?)
僕は、お母様を見る。
クレフィーンさんは、娘を思う母の表情で僕を見ていた。
その愛情の深さが伝わる。
(うん)
僕は微笑み、
「はい、わかりました」
と、快諾した
魔法も試したいけど、ファナちゃんと一緒の時間も大事にしたいしね。
しかも、
(美人なクレフィーンさんもいるんだし?)
断る理由なし、だ。
彼女は嬉しそうに、
「ありがとうございます、シンイチ君」
長い金髪を揺らしながら、大きな胸の前で両手を合わせて喜んでくれる。
実に、素敵な笑顔。
(ああ……)
惚れた弱みでしょうか。
その表情を見てるだけで、僕の胸も温かいです。
そんな僕と話す母親の様子を、娘のファナちゃんは「?」と少し不思議そうに見上げていた。




