079・いざ、習得!(×4)
「――お母様!」
クランハウスの玄関に入ると、金髪の天使ちゃんが僕らを出迎えてくれた。
天使の母も、
「ただいま、ファナ」
と、床に膝をつき、駆け寄る娘を笑顔で受け止める。
ギュッ
抱き合う母娘は、お互い嬉しそうで、
(うんうん)
僕も、お母様の友人2人も、ほっこりと眺めてしまう。
玄関の奥では、管理人の老夫婦――ジーグルさんとハンナさんも微笑ましそうにしていて、そして、僕らに丁寧にお辞儀する。
老紳士が、
「皆様、おかえりなさいませ」
と、穏やかに言う。
僕らも各人、『ただいま』と挨拶を返していく。
クレフィーンさんは、娘のおかっぱの髪を撫でながら、
「いい子にしてましたか、ファナ?」
「うん」
コクッ
幼女は大きく頷く。
その表情は明るくて、
(今日は、1人のお留守番じゃなかったからかな?)
と、僕も安心する。
お母様も同じ気持ちだったのか、老夫婦を見る。
そして、感謝の会釈。
老夫婦も優しい笑みで応じる。
と、ファナちゃんはお母様の袖をクイクイと引っ張り、嬉しそうに今日のことを語る。
「あ、あのね、お母様」
「はい」
「今日、ファナ、焼き立てのクッキーとケーキをもらったの。ハ、ハンナおば様が作ってくれて……!」
「まぁ、そうなのですか?」
「うん! と、とっても美味しかったの」
と、輝くように笑う。
う、眩しい!
(いつも我慢の多い彼女の、こんな屈託のない笑顔、初めて見たかも……?)
ちょっと驚き。
クレフィーンお母様も青い目を少し見開き、そして、しっとりと微笑む。
頷いて、
「そうですか、よかったですね」
ギュッ
と、再び、可愛い娘を抱き締めた。
(……うん)
あの村を出る選択をしたことは、決して間違いじゃなかったとお母様が確信したような表情に思える。
母の腕の中で、娘さんも嬉しそう。
身体を離すと、お母様の顔を見て、
「でね? こ、今度、作り方を教えてくれるって、ハンナおば様と一緒にクッキーを焼く約束をしたの」
「まぁ」
「だ、だから、お母様にも食べさせてあげるね」
ニコッ
と、気恥ずかしげにはにかむ。
(へ~?)
お菓子作りの約束か。
なるほど、ハンナさん、人見知りのファナちゃんと上手に距離を縮めてくれてるみたい。
さすが、年の功。
いや、彼女の人柄ゆえかしら?
チラッ
僕は老婦人を見る。
向こうも視線に気づき、穏やかに微笑む。
(うん)
僕もお兄様として嬉しい。
微笑み、会釈する。
クレフィーンお母様も「ふふっ、では、その日が楽しみですね」と笑っていた。
しかし、
(クッキーか)
しかも、天使ちゃんの手作り。
…………。
ね、ファナちゃん?
その時は、よかったら、お兄様の分も作ってくれないかな~……なんてね?
◇◇◇◇◇◇◇
「じゃ、夕食まで一時解散だね」
と、クランリーダー様のお言葉。
夕食は7時とのことで、約3時間の自由時間となった。
クレフィーンさんとファナちゃんの母娘は、僕の隣室で、母娘水入らずの時間を過ごすことにしたらしい。
2人とも、明るい表情で部屋に戻った。
アルタミナさんは「私はひと眠りするよ」と、欠伸を噛み殺しながらクラン長室へ。
お昼寝好きなのは、猫っぽい。
いや、獅子の獣人さんなんだけど……。
赤毛のレイアさんは森出身のエルフらしく、実は庭の一角で薬草を栽培しているらしくて、その手入れをしたあと、汗と土汚れを落とすために沐浴するそうな。
各人、皆それぞれ。
そして僕は、
(よいしょ)
自室の机に、
ゴト ゴト コトン コトン
と、リュックから取り出した4つの石板を置いた。
(ふふ……っ)
そう、僕は、これから魔法習得のお時間だ。
くくっ、楽しみ~!
僕は、目の前にある4つの石板を見る。
4つの内、2つが古代魔法の石板。
もう2つが近代魔法の石板だ。
古代魔法の石板は、長方形と三角形で、やはり500年前の物らしく、石の一部が欠けたり、ひび割れがあったりする。
何となく、年月を感じる。
近代魔法の石板は、綺麗な円形だ。
新品らしく汚れもない。
しかも、使う人が手指を切らないための配慮か、端の部分は丸まっている。
どちらにも、細かい魔法文字が刻まれている。
その文字列が魔法陣を描くのも一緒。
ただ、古代魔法の石板の方が文字の種類が多く、より小さく精緻な印象を受けるかな?
それら石板を見つめ、
ヒィン
空中に、各魔法の情報が文字として表示される。
【王霊の盾】
・魔力の盾を生み出す魔法。
・高密度の魔力障壁を創り、物理、魔力の攻撃を5秒間、完全に遮断する。
・防御力、250。
と、
【不死霊の奇跡】
・回復の魔法。
・1日1回、即死以外なら、どのような肉体損傷でも回復できる。
・病気には無効。
・回復力、500。
が、古代魔法の石板で。
ヒィン
【強身の魔印】
・身体強化の魔法。
・筋力、動体視力、反射神経などの肉体能力を約3~5倍に強化する。
・持久力、耐久力は変化なし。
・持続時間、約3時間。
・補助力、70。
と、
【癒しの風】
・初級の回復魔法。
・軽度の切傷、打撲などの肉体損傷を修復できる。
・損傷が酷い場合、状態の緩和のみ。
・回復力、50。
が、近代魔法の石板だ。
(うん)
この4種に、すでに習得済みの『土霊の岩槍』を加えて、全5枠の魔法枠が埋まる。
小さな不安。
そして、大きな期待と興奮がある。
(――よし)
僕は頷き、
「いっちょ、覚えますか!」
と、最初の石板を1つ、手に取った。
◇◇◇◇◇◇◇
最初に掴んだのは、『王霊の盾』の石板だ。
特に、選んだ理由はない。
強いて言えば、1番、近くにあったから……?
(ま、いいや)
僕は、ベッドに座る。
胡坐をかき、
キュッ
膝の上で、石板を両手で挟むように持つ。
「ふぅ」
短く息を吐き、魔力を……流す。
…………。
流れてるのかな?
実際、念じているだけで魔力の流れなど感じないから、全然、実感がない。
(……むぅ)
不安なので、
ヒィン
一応、『真眼』で手元を確認する。
【王霊の盾〈解凍中〉】
・適合する魔力紋を感知。
・桐山真一の魔力を吸収し、圧縮された魔法式が解凍されている。
・進行度、5/100。
・残り時間、15分33秒。
(お……)
よかった、できてた。
僕は、一安心。
そのまま魔力を流し続けるつもりで、のんびり待つ。
…………。
…………。
…………。
やがて、
ヒィン
【王霊の盾〈解凍終了〉】
・魔法式の解凍が終了。
・桐山真一の体内に、『王霊の盾』の魔力回路の構築を開始している。
・進行度、4/100。
・残り時間、9分12秒。
と、表示変更。
同時に、僕の右手の甲に、鮮やかな青色に光る小さな魔法文字が浮かんでいく。
魔法文字は、1文字ずつ増える。
その文字列が、徐々に魔法陣を描いていく。
(うん)
僕の体内で、魔法回路が構築されているんだ。
よし、もう少し……!
…………。
そして、約10分後。
ヒィン
【王霊の盾〈魔力回路・構築完了〉】
・魔力回路の構築が完了。
・進行度、100/100。
・残り時間、0秒。
(きたぁーっ!)
習得完了だ。
右手の甲の魔法陣は、一瞬、強く光った。
そして、シュゥン……と、消えていく。
でも、真眼で見れば、
ヒィン
【王霊の盾の魔力回路】
・無事、構築済み。
・構築された魔法回路(魔法陣)は、発動時に右手の甲に発光表示される。
(うん)
できてる。
無事、習得できたぞ……!
見れば、石板に刻まれた魔法文字は色が消え、ただの灰色の石の板になっていた。
これも、習得できた証拠だ。
(……ん)
何だか、頬がにやける。
だって、古代魔法2種類だぞ?
王国トップの冒険者の1人であるアルタミナさんと同じ数、古代魔法を覚えてるんだぞ?
(凄くない?)
しかも、僕はこのあと更に1つ、古代魔法を覚えるのだ。
僕、すげぇ。
自画自賛しつつ、次の石板を手に握る。
今度は、
(不死霊の奇跡……)
の石板だ。
キュッ
三角形の石板を両手で握る。
目を閉じ、魔力注入。
…………。
チラッ
一応、真眼で確認。
ヒィン
【不死霊の奇跡〈解凍中〉】
・適合する魔力紋を感知。
・桐山真一の魔力を吸収し、圧縮された魔法式が解凍されている。
・進行度、2/100。
・残り時間、21分45秒。
よし、大丈夫。
(ちゃんと解凍、始まってる)
安心しながら、僕は待つ。
しかし、1つの魔法を覚えるのに、約30分か……。
地味に長い。
楽しい時間でもあるけど、多少、退屈。
魔力を流しながら、ぼんやり考え事をしてしまう。
で、ふと思う。
(そう言えば……僕は『土霊の岩槍』を2回しか使えないけど、他の古代魔法の魔力消費はどの位なんだろ?)
やはり、同じぐらい?
それとも……?
あと、近代魔法の『強身の魔印』と『癒しの風』の魔力消費は……?
色々、疑問が出てくる。
こんな時は……うん、
(――教えて、真眼く~ん)
だ。
僕の願いに、
ヒィン
優しい真眼君は、空中に文字表示で答えてくれる。
(わ~い!)
ありがと、真眼君、大好き。
感謝しつつ、
(どれどれ?)
と、文字を確認。
【魔力の消費量】
・現在の桐山真一の魔力総量を、100とする。
・土霊の岩槍、51。
・王霊の盾、30。
・不死霊の奇跡、魔力総量に関係なく、全魔力量の7割。また使用後は、24時間の使用制限がかかる。
・強身の魔印、7。
・癒しの風、12。
(へ~?)
こんな感じなんだ。
ん……?
あれ?
土霊の岩槍、51……?
(2回で100超えるのに、僕、使えたんだけど……?)
少し困惑。
すると、
ヒィン
文字が増える。
【魔力に関する補足】
・魔力の使用で、魔力量がマイナス値になることもある。
・マイナス値になると失神する。
・マイナス値が10未満だと、失神のみで済む。
・マイナス値が10以上だと、脳への過剰な負荷により、身体に後遺症が生じる可能性がある。マイナス値が高いほど、生じる確率も高くなる。
・マイナス値が30以上だと死亡する。
(おお……)
マイナス値があるのか。
この間の『深緑の大角竜』との戦いで、僕は『土霊の岩槍』を2回使って失神したけど、その時はマイナス値2だったってことだね。
で、後遺症なし、と。
しかし、マイナス値、10以上だと怖いな。
30以上で『死亡』、か……。
(うん、気をつけよう)
その時、
ヒィン
(ん?)
【魔力に関する補足2】
・魔力総量は、魔法を何度も使用することで増やせる。
・魔力の回復は、1時間で約1割。
・呼吸により大気中の魔素を吸収し、自然と回復を行っている。
・魔素濃度の高い場所では、回復量も増える。
・逆に低い場所では減る。
(あ、そうだった)
魔力量、増やせるんだよね。
魔力総量が増えれば、マイナスになるリスクも減るし、魔法回数も増やせる。
うん、よし。
(小まめに魔法、使うぞ!)
そして、より生存確率を上げるのだ。
慎重に、安全に。
それで、これからもがんばるぞ。
お~!
…………。
…………。
…………。
などと、色々と調べ考えている間に『不死霊の奇跡』の魔法回路も構築完了した。
(――よし!)
習得完了。
そのあと続けて、2つの『近代魔法の石板』にも順番に魔力を流す。
近代魔法は、1つ15分で習得できた。
古代魔法の約半分の時間。
ふ~む、
(やはり解凍する魔法式の量が、古代魔法より少ないのかな?)
と、僕は推測。
ともあれ、
ヒィン
【桐山真一の魔力回路】
・現在、5種が構築済み。
・3種が古代魔法、『土霊の岩槍』、『王霊の盾』、『不死霊の奇跡』である。
・2種が近代魔法、『強身の魔印』、『癒しの風』である。
・全種、使用、可。
(……うん)
その文字を見つめ、僕は頷く。
5種の魔法を習得。
しかも、3種が古代魔法……。
魔法の種類だけなら、多分、王国の誰にも負けてないレベルだと思う。
何だろう……何か、感慨深いな。
これが、僕の5種類の魔法構成なのだ。
今後、変更していくこともあるだろうけれど、現時点での最善の構成にしたつもりである。
ググッ
僕は両手を握り締め、
「ん……よし!」
誰もいない自室で、1人こっそり、その喜びを嚙み締めたんだ。




