077・君(魔法石板)らに決めた!
(詰むって……どういうこと?)
僕は困惑だ。
でも、レイアさんの友人2人は『あ……』と何かに気づいた顔をする。
「そうか……そうだね」
「ええ。喜びのあまり、少し冷静さを欠いたようです」
と、反省した表情を見せる。
(???)
僕には理由がわからないけど、その反応を見るに、やはり赤毛の美女の警告は正しいみたい。
そんな僕を、クレフィーンさんが見る。
「シンイチ君」
「あ、うん」
「レイアの言う通り、全ての古代魔法を習得するのはいけません」
「えっと……どうして?」
僕は聞く。
彼女は、一瞬、支配人さんの方を見る。
位置を確認し、彼に聞こえない小声で僕に説明してくれた。
「2つ、問題があります」
「2つ?」
「はい。1つ目は、今、シンイチ君が教えてくれた古代魔法の中に、必須の『身体強化』が含まれていなかったこと」
「あ……」
僕は、ハッとした。
(確かにそうだ)
そして、『身体強化』の重要性を、僕は『深緑の大角竜』のクエストの時に実感している。
あの強化がないのは、かなりまずい。
正直、致命的。
僕の表情に、クレフィーンさんも頷く。
そして、
「もう1つは、消費魔力の問題です」
「消費魔力?」
「はい。古代魔法は強力な分、消費する魔力が桁違いです。シンイチ君も2度の発動で昏倒してしまったでしょう?」
「あ、うん」
「もし、5枠を古代魔法で埋めても」
「あ」
古代魔法は、実質、2度しか使えない。
つまり、
(た、宝の持ち腐れだ……)
僕、茫然。
アルタミナさんも言う。
「一般的に『古代魔法』は『近代魔法』の約10倍、魔力を消費すると言われているんだよ」
「10倍も?」
え、凄。
……待てよ?
(逆に考えれば、回数で言えば、近代魔法は10倍使えるとも言えるのか?)
むむむっ。
僕は、その意味を考えてしまう。
黒髪の美女は、金髪の友人を見る。
「私たちの中では、フィンが1番魔力量が多いんだけど……フィン、君、何回、古代魔法の『白き炎霊』を使える?」
「火力にもよりますが、最大火力なら7回が限度ですね」
「うん、そうか」
頷く、アルタミナさん。
(7回……)
単純計算、僕の3倍以上の魔力量があるってことかな?
さすが、お母様。
アルタミナさんは、僕に言う。
「近代魔法なら、約70回が使える計算だね」
「あ、はい」
「でね? 冒険者の活動では、この回数も重要なんだ」
「…………」
「例えば、さっき教えてくれた古代魔法の中に、1日1回、どんな負傷も治すものがあったよね?」
「はい」
「でも、1日1回だ」
彼女は、僕の顔の前で人差し指を1本立ててみせる。
その表情は真剣で、
「だけど、冒険者は探索中、戦闘のたびに怪我をする可能性がある。捻挫、切傷、打撲、色々ね」
「はい」
「性能は劣る近代の回復魔法でも、それは治せる。そして、その回数は70回。――もう、わかるね?」
と、確かめるように聞く。
僕は頷き、
「うん、わかります」
と、答えた。
(そっか)
古代魔法は、確かに凄い。
例えば、近代魔法でも治せない致命傷からの回復とかならば、1日1回でも充分な奇跡だと思う。
でも、近代魔法で代用できる範囲なら?
うん、
(古代魔法が必ずしも上位互換にはならないんだね)
そう気づかされた。
僕は、美しい赤毛のエルフの女性を見る。
彼女は、
「ええ、そういうことよ」
と、静かに頷いた。
まるで、生徒の気づきを待つ女教師さんみたいな雰囲気だ。
(……うん)
もし、彼女に警告されず、僕1人で調子に乗って全部の魔法の枠を『古代魔法』にしていたら……かなり、やばいかったじゃん。
1日2回だけの魔法。
冒険で『古代魔法』の優位をほぼ生かせない。
しかも、2回目で昏倒する。
なるほど、
(そりゃ、詰むわ~)
結果、せっかく覚えた古代魔法の魔法回路を消去して、貴重な石板を無駄にしていたかもしれない。
う~む、無知とは恐ろしい。
僕は顔を上げ、
「――僕、身体強化と回復に関しては、『近代魔法』で覚えます」
と、3人に宣言。
(応用力考えたら、絶対その方がいいよね)
と、思う。
僕の言葉に、3人の美女も頷く。
金髪のお母様が、
「では、それで3枠が埋まるとして、残りの2枠はどうしましょうか?」
と、皆に言う。
(う~ん?)
僕は悩む。
先輩冒険者の美女たちも一緒に考えてくれる。
レイアさんは、
「水の古代魔法はよくわからないわね。応用は利きそうだけど、疑似生命を作れても戦闘には向かないらしいし、使い所が難しそうだわ」
「そうですね」
「じゃあ、これは消去かな」
「あ、うん」
美女2人も同意し、僕は頷く。
候補が1つ、消えた。
僕も、自身の考えたことを言う。
「あの、回復の古代魔法は、僕、覚えたいです」
「え?」
「ふぅん?」
「もしや近代との併用、ですか?」
2人に続きクレフィーンお母様が聞き、僕は「うん」と頷く。
3人を見て、
「自分だけじゃなくて、もし皆さんが何か命に関わる大怪我した時でも、それがあれば助けられるじゃないですか」
「…………」
「…………」
「…………」
僕の言葉に、3人は目を丸くする。
顔を見合わせ、
クスッ
どこか嬉しそうに笑う。
そして、優しい微笑みを浮かべたクレフィーンお母様が僕に近づき、
(?)
不思議に思う僕の身体を、
ギュッ
と、両手で包むように抱き締めた。
(――ふぁっ、お母様!?)
僕、硬直。
サラサラの金髪が肌を撫で、温かな体温と甘い匂いが伝わってくる。
白い手が、僕の頭を撫で、
「シンイチ君は、本当にいい子ですね」
「…………」
「ありがとう、私たちのことを心配してくれて、大切な仲間と思ってくれて……とても嬉しいですよ」
「あ……うん」
ドキドキ
間近で見つめられて、僕、赤面です。
突然のお母様の行動に、黒髪の美女は苦笑し、赤毛のエルフさんは呆れた顔で彼女の襟首を掴んで後ろに引っ張る。
「だ、か、ら、フィン。そういう行動はおやめなさい」
「あ……」
驚くお母様。
真っ赤な僕に気づき、彼女も察したようで同じように頬を赤くする。
(……うむ)
たわわなお胸の感触、気持ちよかったです。
……じゃなくて!
ほら、僕らのやり取りに、見ていた支配人さんも唖然としてるじゃないか。
(本当、ごめんなさい)
でも……正直、またして欲しいと思う真一君でありました、まる。
僕とお母様の様子に、友人2人は苦笑とため息である。
やがて、気を取り直したように、
「さて、残るは2つだけど……」
「魔力の盾と暗視ね。なら、どちらがいいかは、もう決まりじゃないかしら」
(え?)
2人の会話に、僕は驚く。
お母様を見る。
クレフィーンさんは「コホン」と咳払いし、大人らしく微笑む。
頷いて、
「魔力の盾ですね」
「ですか?」
「ええ。次のクエストの場所は遺跡内部なので暗視魔法は有効でしょう。……ですが、それ以外のクエストでは、ほぼ不要になりかねませんから」
「ああ……」
言われてみれば、そうか。
僕は頷き、
「それに光源を生み出す近代魔法で、代用できますもんね」
「はい、その通りです」
生徒を褒める先生の表情で、彼女は頷く。
(そりゃね?)
古代魔法を使い捨てにできるならいいけど、現状、貴重な訳で……しかも、それで5つしかない魔法枠の1つを、ほぼ死蔵にするのももったいないでしょう。
なら、最初から諦める。
うん、その方がいい。
僕は、3人を見る。
「じゃあ、僕は『王霊の盾』と『不死霊の奇跡』の古代魔法を習得することにします」
と、伝えた。
3人も頷き、
「はい、シンイチ君」
「うん、そうだね」
「貴方が決めたのなら、そうしなさい」
と、僕の判断を応援してくれた。
ん……地味に嬉しい。
(ありがとう、クレフィーンさん、アルタミナさん、レイアさん)
と、心の中で感謝。
…………。
そのあと、僕は、支配人さんに頼んで『王霊の盾』の古代魔法の石板と、『強身の魔印』、『癒しの風』という近代魔法の石板を購入した。
金額はそれぞれ、70万円、200万円、280万円で、合計550万円だった。
た、高ぁ……。
(ギルド貯金、一気に35万2500円になっちゃったよ)
足、震えるわ。
ちなみに、支払いは冒険者証の魔刻石で行い、後日、ギルドから引き落とされるそうな……異世界も今やキャッシュレスなのかな?
驚くけど、便利だね。
あと、3人も次の探索に向け、光源、解毒、罠感知、位置把握の近代魔法を購入していた。
ああ、
(支配人さん、いい笑顔~)
4人全員で15万リド――約1500万円以上の買い物しちゃったよ。
そりゃ、店側はホクホクだよね。
その時、ふと思う。
3人の美女を見て、
「あの……3人に適合する古代魔法の石板も探しましょうか?」
「え?」
「まぁ」
「別にいいわ」
2人は驚き、1人は否定。
アルタミナさんは苦笑し、
「魅力的な提案だけど、今はいいかな。次のクエストに向けて魔法構成を固めてしまったし……新しい魔法を加える時は、それ以外の魔法構成も考えないといけないからね」
「あ、そうなんですね」
「うん、そうなのさ」
と、尻尾を揺らしながら、黒髪の獣人さんは頷く。
赤毛の美人エルフさんも「そういうことよ」と澄まして言う。
金髪のお母様も、
「今、話していたように、古代、近代の魔法は、それぞれ長所短所があります。現状は、両方のバランスが整っていますので、それを無理に崩す必要はないでしょう」
「うん」
「でも、その気遣いは嬉しかったですよ」
「あ……」
「もし私たちにも必要になりましたら、その時は、シンイチ君のその目の力を貸してくださいね」
「はい!」
僕は、大きく頷く。
それにクレフィーンさんは穏やかに笑みを深くし、友人2人も微笑んでいた。
そうして、僕らは退店する。
その際は、3代目クレイブマンさんを始め、従業員全員のお見送りを受けてしまう。
(うひぃ……)
平凡な高校生には、分不相応な対応です。
逆に、こっちが恐縮するわ~。
でも、3人の美女は平然としていて……うん、やっぱり大人ですね。
そして、
(そう言えば……)
と、僕は、今出たばかりの『クレイブマン石板販売店』の立派な建物を振り返った。
多数の石板を扱う老舗店。
でも、
(僕に適合する石板は、1つしかなかったね?)
約200個の中で1個だけ。
王都アークロッド全体で調べても、4つしか存在しない。
適合率は、100分の1が通説。
でも、4つしかないというのは、確率的に少しおかしくない……?
(てか、少なすぎるよね?)
う~ん?
もしかして、日本人は適合率が低い……とか?
そうだと、ちょっと悲しい……。
そんな思いで見上げていると、
ヒィン
(ん……?)
不意に真眼が発動した。
目の前に、文字が浮かぶ。
【数が少ない理由】
・現状、入手可能な石板のみを表示したため。
・桐山真一の魔力紋と適合する石板自体は、王都内には多数、存在している。
・ただし、現状は入手不可能。
・そのため非表示となっていたが、今後、状況が変化して入手可能になった場合は、表示されるようになる。
(おお……!)
そうだったのか。
多数、存在。
うん、これは期待できる情報じゃないか。
(ありがとう、真眼君。その時はまた教えてね?)
目を細め、伝える。
と、また文字が、
ヒィン
【了承】
(あはっ)
僕は笑う。
と、先を歩こうとしていた3人が僕に気づき、
「シンイチ君?」
と、お母様が呼ぶ。
(おっと?)
僕は慌てて、
「あ、ごめんなさい。今、行きます」
と、前を向き、足を動かす。
僕を見つめる金髪のクレフィーンお母様と、その友人2人の待つ方へと向かったんだ。




