075・魔法の石板講義
いい匂いのお母様との抱擁を終え、やがて、僕らは魔法石板店に辿り着いた。
ちなみに余談ですが、
「白昼堂々、人目のある場所でそういう行為はやめて欲しいな」
「う……はい」
「す、すみません……」
と、2人してアルタミナさんに窘められました。
ちょっと、反省……。
黒髪の獣人さんは苦笑していたけど、赤毛のエルフさんは冷た~い視線を送ってくれましたよ。
(ぞくぞくぅ)
く、癖になりそう。
と、馬鹿な感想は置いておいて、僕は、目の前の石板店を見る。
立派な店構えだ。
マジ、高級店っぽい。
見た目に品があり、精緻な彫刻もある石造りの建物。
しかも、木製の重厚な扉の前には、ええ、一般庶民を威圧するような武装した人が2人も立っていらっしゃる。
(え、門番?)
僕、唖然。
アルタミナさん曰く、
「ここは王都でも老舗の魔法石板店でね。貴族も来るし、扱う品が100万単位(約1億円単位)の石板もあるから警備も厳重なのさ」
らしいです。
(ひぇ~)
高級宝石店みたいな感じ?
基本、庶民には関係ない店。
なのに、黒髪の美女が門番の人たちに片手を上げて笑いかけ、
「や。予約はないけど、入れるかな?」
「もちろんです」
「黒獅子公の来店ならば、いつでも歓迎いたしますよ」
「そう、ありがとう」
と、顔パスだ。
同行者の僕も、当然、店内に入れちゃう。
(マジか)
黒獅子公の名声と権力を、最近、特に実感している僕である。
美女3人に続き、僕も店内へ。
1人だけ混じった子供に、門番の人たちから若干、怪訝の眼差しを向けられたけれど、会釈してやり過ごした。
(うん、いいんだ)
今は、気にしない。
それより、石板……!
これから僕は、石板を買い、新しい魔法を覚えるのだ!
(うふふ……)
何買おうかな~?
◇◇◇◇◇◇◇
ヒィン
【クレイブマン石板販売店】
・創業80年の老舗石板販売店。
・王都アークロッドで1、2を争うほど、石板の品数の豊富さを誇っている。
・現在の支配人は3代目クレイブマンであり、多くの貴族や有力冒険者と知り合いで顔が広く、多数の販路を手にしている。
・基本、貴族、上級冒険者用の店。
との真眼情報。
へ~?
と思いながら、入口の扉を潜ると、
(……おお!)
店内はかなり広く、まるで神殿みたいな雰囲気で、彫刻された柱が建ち並び、美しい石像や花瓶などが飾られていた。
めっちゃお洒落。
柱のそばには、武装した人たちが立つ。
けど、雰囲気と相まって、まるで騎士の像が並んでいるみたいで違和感はない。
店内の空間には、ガラス製の陳列棚が並ぶ。
ケース内を覗けば、
(へぇ……?)
赤い布が敷かれ、その上に丁寧に魔法石板が置かれている。
う~む、高級品っぽい。
ただ、その品数が凄まじい。
クレタの町の石板店だと何十個ぐらいだったけど、ここには何百……いや、恐らく数千個以上の数が陳列されていた。
(はへぇ……)
さすが、老舗。
僕、茫然。
そんな僕の前で、
「確か1階の商品は、近代魔法の石板だけだっけ?」
「そうね。マトゥーンの魔法石板は、2階で取り扱っていたはずよ」
と、亜人美女2人の会話。
(お……?)
僕は目を瞬く。
2階に古代魔法の石板があるの?
1階に、この数だ。
2階にも、相当数の石板があると見た。
つまり、
(僕の魔力紋と適合する石板が見つかる可能性、大……!)
おお……夢が広がる。
長い金髪をサラリと揺らしながら、クレフィーンお母様が僕を覗き込む。
ニコッ
と、微笑み、
「2階、行ってみますか?」
「うん!」
僕は大きく頷いた。
友人2人も微笑んで、了承してくれる。
…………。
2階の階段前には、鍵のかかった格子扉と武装した門番3人が立っていた。
さすが、警備は厳重だね。
近くの店員にアルタミナさんが事情を話すと、すぐに店の支配人さんがやって来てくれた。
50代ぐらいのおじ様だ。
高級服が似合い、上品な紳士といった印象。
見ていると、
ヒィン
【クレイブマン・アールクオル】
・人間、男、58歳。
・老舗石板販売店クレイブマンの3代目支配人。
・近代、古代問わず魔法石板への造詣が深く、国も認める第1級の石板研究員でもある。
・商業ギルドの幹部の1人で、各方面に顔が広い。
・妻子あり。孫も7人もいる。
(ふ~ん?)
凄腕の成功者って感じ?
アルタミナさんに挨拶する様子を見ていると、どうも黒獅子公とも顔見知りの様子……さすが、『顔が広い』と真眼に出るだけあるね。
僕らは、互いに軽く自己紹介。
そして、黒髪の美女が、
「今日は、次のクエストに向けていくつか石板を買う予定なんだけど、その前に少し2階の『マトゥーンの石板』も見ていいかな?」
と聞く。
3代目グレイブマンさんは、笑顔で頷く。
「ええ、もちろんです。ありがとうございます、ローゼン様。――さぁ、どうぞ」
懐から鍵を取り出し、
ガチャン
と、開錠。
ちなみに鍵には宝石がついていて、真眼で見ると【魔紋の鍵】との表示。
我らがクランハウスと同じ。
まさに貴重な品のある場所に向かうのだと実感する。
しかし、そんな厳重警備な場所に予約もなく、顔パスで入れるとは……さすが、黒獅子公ですな。
チラッ
思わず、隣の黒獅子のお姉さんを見てしまう。
視線に気づき、
ニコッ
彼女は爽やかに笑った。
やがて、支配人さん手ずから格子扉を開く。
キィィ
かすかに金属が軋む音。
道が開かれ、僕らは奥の階段へ。
ちなみに階段には、紅い絨毯が敷かれていらっしゃる。
(凄……)
僕1人なら、絶対に通してもらえなかったんだろうな……と思いながら、階段の絨毯を踏み締め、2階に上っていく。
やがて、2階に到着し、
(おや?)
2階と階段の境にも、金属製の格子扉と2人の門番がいた。
支配人さんが再び鍵を取り出す。
ちなみに、1階とは別の鍵。
ガチャン
開錠し、僕らはようやく2階フロアに入った。
(お……?)
入って、少し驚く。
2階は1階とは違い、空間が狭かった。
ただの1室。
まるで応接室みたいな雰囲気で、高級ソファーや机などが置かれている。
壁には、陳列棚。
(あ、石板だ)
まるで高級な本棚に貴重な本を置くように、棚の上にいくつもの石板が並んでいた。
ガラスの仕切りも何もない。
手を伸ばせば、触れる感じ。
ただ魔法石板は、1つ、1つ、丁寧に飾り置かれている。
(へ~?)
門番もいるけど、客への信頼がなければこんな無造作に置いてはおけないだろう。
特別なお客様のための、特別な部屋。
そんな印象を与えられた。
(なるほど、これが高級店か)
なんか自分が特別になったと錯覚する感じがして、まだ15歳の僕には場違いにも思えてしまう。
でも、3人の美女は違うみたいで。
(平然としてるなぁ)
さすが、大人です。
自分の未熟さを知る僕でした。
……ま、いいや。
今回の目的は、石板である。
余計な考えは捨て置いて、僕は室内を見る。
この2階の部屋は五角形の構造で、5面の壁全体に陳列棚がある。
陳列された石板の数は、
(多分、200個ぐらいありそうかな?)
と、推定。
クレタの町には、3個しかなかったのにね……やっぱり王都は凄いや。
数の多さに、僕、驚き中。
そんな僕の表情を見て、レイアさんが素っ気なく言う。
「知ってる、シンイチ?」
「ん?」
「魔法回路の変更をするために、今の時代は『近代魔法の石板』が使い捨てにされてるけれど、実はパルディオン魔法王国時代の『マトゥーンの魔法石板』も使い捨てだったらしいわよ」
「え……」
使い捨て!?
(あの、強力な古代魔法を……?)
僕は唖然。
彼女は肩を竦め、
「当時は、石板と魔力紋の適合の法則がわかっていたんでしょうね」
「…………」
「だから、遺跡から発掘される石板も数が多いの。1度に50個とか100個とか、20年ほど前の記録だけど、2000個以上も見つかったこともあるらしいわ」
「2000……」
凄ぉ……。
(だから、こんなに商品が並ぶんだ?)
石板研究員だという支配人も、レイアさんの説明にニッコリと微笑んでいらっしゃる。
訂正ないから、真実らしい。
この部屋の10倍の石板を見つけるって、とんでもないね。
そこで、
(……ん?)
ふと、気づく。
3人の美女を見て、
「あの……発見した人たち、その石板を自分で使ったりしないんですか?」
と、聞いた。
だって、1個50万円の石板だ。
100個で、5000万円。
古代魔法を覚えるためには、それぐらいの金額も必要とか言うけれど、でも、見つけた人は0円で覚えられるじゃないか。
だけど実際は、商品として陳列される以上、発見された石板は売られている。
(見つけた人は、なぜ売るんだろう?)
だって、覚えた方がいいじゃん?
そんな疑問を思ったんだ。
僕の言葉に、3人は顔を見合わせる。
すると、
「――それは、確率の問題でしょうね」
と、支配人さんが穏やかに言う。
その言葉に、黒髪の美女も「あ、それだね」と同意する。
(確率?)
僕は、首をかしげる。
アルタミナさんは僕を見て、「あのね」と言う。
「一般的に、古代魔法は100分の1の確率で習得できると言われてるけど、実際、100個使えば、確実に覚えられる保証はないんだ」
「え?」
「だって、確率だから」
「あ……」
「運が悪い人だと、200個、300個、使っても適合しない。習得できないなんて普通にあるんだよ」
「…………」
「あとね」
言葉を切り、彼女は周囲を見回す。
僕も見る。
並んだ、たくさんの石板。
500年前のパルディオン魔法王国期に創られた古代魔法の石板たち。
黒獅子公は言う。
「今は、石板に刻まれた古代魔法が何か判別する方法がない。そして、困ったことに、せっかく習得できたとしても、古代魔法の中には意外と残念なものもあるんだよ」
「残念なもの?」
僕は、黒い目を丸くする。
彼女は苦笑し、
「近代魔法で代用可能なもの、さ」
「…………」
「例えばだけど、私が実際に見たことがあるのは、空中に光の玉を生み出す古代魔法かな。持続時間は最大50時間。確かに地下遺跡や洞窟の探索、夜間活動には役立つ魔法ではあるけどね」
「う、うん」
「でも、近代魔法にも似たような『光源を生み出す魔法』があるんだよ。持続時間は3時間ぐらいだけど……でも、必要なら、3時間ごとにかけ直せばいいだけだからさ」
「…………」
「他にも、空中に洗浄液を吹き出す掃除用の魔法とか、楽器もなく多種多様な音楽を奏でる魔法とか……」
「…………」
「シンイチ君、欲しい?」
「いらないです」
僕、即答。
(そりゃ、5000万円も払ってそんなの欲しくないよ)
ええ~、本当に?
古代魔法って、そんなビミョ~な魔法もあるの?
なんか、複雑な気分です……。
金髪のクレフィーンお母様は苦笑する。
「当時の人々にとっては、いつでも交換可能な使い捨ての魔法ですからね」
「……ああ」
そっか。
現代ではともかく、大昔は、コンビニの商品ぐらい、安く、手軽な感覚だったのかもしれない。
だから、魔法の種類も多種多様で……。
(ふ~む)
微妙な気持ちで、僕も納得だ。
見れば、離れて控えている支配人さんも微妙な表情で微笑んでいらっしゃる。
(うん、わかります~)
なんか、同士な気分。
アルタミナさんも頷き、
「だからね? 相当、古代魔法を欲する人じゃなければ、見つけた石板は売るんだよ。100個で大体、相場は30万リドにはなるからね」
30万……3000万円か。
なるほど。
(その100個だって、きっと命懸けの探索で見つけたものだよね)
命を懸けて、手にした結果。
だけど、そうした結果の全てを費やしても、実際に古代魔法を習得できるかわからない。
しかも、5人パーティーとかだったら、1人当たり20個しか石板も使えないから、より確率が落ちてしまう。
(そっか)
不確実な古代魔法より、確実な3000万円。
古代魔法には浪漫がある。
でも、浪漫があっても、お金がなくちゃ生きていけないのも現実だから……そういう選択をする冒険者も多いってことだね。
確率の問題、か。
うん、支配人さんの言う通りだ。
僕も納得して、頷く。
と、その時、
ツン
そんな僕の額を、レイアさんの白い人差し指が突いた。
(へ? 何々?)
驚く僕に、彼女は言う。
「つまらない話は、これぐらいにしましょう」
「え?」
「それより、せっかくマトゥーンの魔法石板が眺められるのよ? ほら、その『目』でじっくり見てみなさい」
と、澄ました表情で促す。
(あ……)
言外の意味に気づく。
見れば、アルタミナさん、クレフィーンさんも微笑み、頷いている。
うん、そうだ。
お店に来た目的は、話をすることじゃない。
魔法石板である。
僕も笑って、
「――うん、わかりました!」
大きく頷いた。
よ~し、
(真眼チェックだ)
適合する古代魔法の石板がないか、調べてやるぞ、お~!




