071・理解不能の少年〈※ギルド長視点〉
(……素人だな)
異国の少年の構えを見て、俺はそう悟った。
5年前に引退した身だが、それまで『煌金級の冒険者』として数多の魔物と人を相手に戦ってきている。
また、ギルド長に就任してからも、多くの有望な若者を目にしてきた。
だからこそ、言える。
――こりゃ、駄目だ。
おおよそ『戦い』というモノを経験したことがない素人。
下手したら、喧嘩もしたことがねえんじゃねえか?
そう思えるぐらい、戦意が緩い。
俺がぶつけた殺気に、人生で初めて自分の『死』を実感したような反応をしてやがる。
(ちっ)
次代の『煌金級』を任せたアルタミナがあれだけ言うから、少しは期待していたんだがな……完全な期待外れだ。
だが、まぁ……逃げないのは合格か。
素人の中には、俺が殺意をぶつけた途端、尻尾を巻いて逃げ出す奴もいる。
この坊主も、怯えてる。
だが、逃げない。
むしろ、木剣を握る手に力を込め、踏ん張っている。
(……ふん)
ま、骨はあるか。
多少だがね。
俺は、坊主の出方を窺う。
と、その時、
(ん……?)
坊主の目から怯えが消え、表情が空虚なものに変わった。
……何だ?
目に力がない訳じゃない。
だが、どこを見ているのかわからない。
目の前に、殺気を放つ敵がいるというのに、その俺を見ていないように感じる。
(馬鹿なのか?)
けど、集中を感じる。
戦うことを放棄したようには感じない。
……わからんな。
かつて、剣の達人と対峙した時、似たような虚空を見る眼差しをしていたが……まさか、な。
(お……?)
坊主が動いた。
木剣を振り上げ、斬りかかってくる。
……遅ぇ。
眠気が出るほど遅く、素人丸出しの動き。
ガンッ
俺は、自分の木剣で坊主の木剣を弾いた。
坊主は後ろに弾かれ、一瞬、驚いた表情をする。
けれど、また表情が虚無に変わり、どこを見ているかわからない眼差しになった。
(…………)
本当に、わからん。
と、また坊主が仕掛けてくる。
(またか)
素人の剣。
膝を痛めた今の俺でも、余裕でかわせる。
ヒュッ
坊主の剣は空振り、床を叩く。
だが、今度は止まらず、そこから斜めに斬り上げてくる。
(ほう?)
感心しながら、弾く。
カン
乾いた音が響き、坊主の木剣が跳ね返された。
いや……?
弾かれた反動を利用し、逆に威力を増した横薙ぎの剣を放ってくる。
正確なタイミング。
偶然か……?
だが、間合いが甘い。
俺は半歩下がり、坊主の木剣を素通りさせる。
クン
剣が反円の軌道を描きながら、上段から落ちてくる。
(ちっ)
嫌なタイミングだ。
膝の悪い俺が、ギリギリ回避できない瞬間に合わせたように坊主の木剣が来る。
しかも、素人なりの全力で。
……遊びは終わりか。
俺は、坊主の木剣を強く弾く。
ガィン
坊主は後方に押し返され――けれど、踏み止まった崩れた体勢から強引に木剣を振ってきた。
(何っ?)
予想外の剣。
だが、遅い。
見てからでも、俺は横に回避する。
(はっ、残念だったな)
もう少し速さがあったなら、その剣は俺に届いていたかもしれない。
だが、無理だ。
何度やっても、その遅さでは当たらん。
内心、苦笑し、
(もう少し鍛えてから出直せ、坊主)
坊主へと木剣を振る。
がら空きの頭部を狙うのはさすがにやばいので、坊主が木剣を持てなくなるよう右腕の上腕、肩下の辺りを狙う。
ボッ
俺の木剣の空気を裂く音がする。
手加減はしてある。
坊主は木剣を振った直後の体勢で、防御は不可能。
――当たる。
そう思った瞬間、
カクッ
坊主が膝の力を抜いた。
(――何?)
達人が重力を味方に、初動を速めるように、坊主は恐ろしい速さで下に落ちる。
ギリギリ、俺の木剣を回避した。
馬鹿な……?
手加減したとはいえ、当てる気で放ったんだぞ。
その俺の剣を?
(お前は……素人じゃないのか?)
驚き、混乱しながら、坊主を見る。
そして、気づく。
木剣を振り下ろした勢いを利用し、しゃがみ込んだ体勢で、奴は弓を引き絞るように剣を構えていた。
突きの構えだ。
――まずい。
直感で理解する。
坊主の剣は遅く、回避は容易い。
だから、油断した。
ここまで深く懐に入り込まれ、俺が攻撃した直後の隙を狙われ、そこから逃れるための蹴り足は膝の踏ん張りがきかない右足だ。
まさか、
(狙ってやったのか?)
俺は驚愕する。
その俺の目に、坊主の木剣が伸びてくる。
遅い、遅い突き。
けれど、避けられない。
見えているのに、俺が逃げられない絶妙のタイミングで攻撃されている。
まるで、悪夢だ。
(……くっ)
必死に首を捻る。
シュッ
肌を掠めながら、坊主の木剣は天高くへと突き出された。
…………。
坊主は間合いを取る。
残心を忘れず、こちらに剣を向けたまま――相変わらず、素人の構えだ。
だが、
「…………」
俺は、自分の首を触る。
木剣が表面を撫でただけ。
けれど、もしこれが実戦で、お互いの武器が真剣だったら……?
――俺の頸動脈は、撫で斬られてるな。
(……ちっ)
俺も焼きが回ったか。
引退して5年、勘が鈍っちまったのかもしれん。
坊主を見る。
さっきまでの、あの不可思議な表情と眼差しが消え、確かな感情が戻っているように見えた。
集中が切れている。
(はっ……決着はついたってか?)
俺は、大きく息を吐く。
坊主は、驚いた顔をする。
……おい?
何だ、その反応は?
まるで、まだ手合わせが続くと思っていたような顔じゃないか。
(わからん)
この坊主が、本当にわからん。
だが、面白い。
実力はない癖に結果を出す――訳の分からない奴だが、だからこそ、この先、何を成すのか楽しみじゃないか。
……ああ、そうか。
だから、アルタミナも気に入ったのか。
あの男嫌いのレイアも賛同し、引退したクレフィーン君も復帰するほど彼に恩義を感じてる。
(くく……っ)
俺は、苦笑する。
……駄目だな。
引退しても、俺も元冒険者だ。
こういう訳の分からない、面白い奴は嫌いじゃないんだぜ。
俺は、決着を宣言する。
パン
坊主の背中を叩き、
「――がんばれよ」
と、激励を送った。
ああ……最近、嫌な事件が多かったからか、久しぶりに爽快な気分だ。
坊主は呆け、そして、俺に一礼する。
「おう」
片手を上げ、俺は笑った。
冒険者ギルドの長として、俺も、これからこの黒髪黒目の少年の描く未来が楽しみで仕方がないぜ。




