069・強者との対峙
(手合わせ……って)
いやいや。
この人、現役のアルタミナさんより戦闘力高いんだよ?
勝てる訳ないじゃん。
僕の表情に、ギルド長は気づく。
「勝ち負けは関係ねぇ。現状を把握するために、俺が坊主の実力を正しく知りたいだけだ。勝つことなんざ、期待してねぇよ」
「…………」
「ただ、今のお前の実力を見せろ。それだけだ」
「……はぁ」
僕は、曖昧に頷く。
(正直、安心安全大国の日本でぬくぬく育ってきましたので、荒事は嫌いなんですが……)
チラッ
3人の美女を見る。
僕の視線に気づき、
「このギルド長、言い出したらやめないから」
「諦めなさい」
「…………」
アルタミナさんは苦笑し、レイアさんは達観したように言う。
うぇ~ん。
そして、金髪のお母様は、
「シンイチ君がどうしても嫌なら、例え私が相手をしてでもギルド長が止めてみせます。――シンイチ君は、どうしたいですか?」
と、真面目な顔で言う。
(……うっ)
僕のための彼女の覚悟が見えた。
くっ……そこまで思ってくれるこの人の前で、これ以上、格好悪い姿を見せられぬ!
僕は、巨漢のギルド長を見る。
ジッ
その目を見返し、
「わかりました、やります」
と、答える。
銀髪のギルド長は少し感心した表情を見せ、そして、笑う。
「そうか」
と、大きく頷いた。
クレフィーンさんは「シンイチ君……」と呟く。
お母様の友人2人は満足そうに頷いたり、肩を竦めたりしている。
僕は、深呼吸。
(正直、怖いけど……)
でも、やったるぞぉ~!
◇◇◇◇◇◇◇
僕らはギルド長室を出る。
さすがに、ここで手合わせできないからね。
3階から階段を降り、2階、1階……そして、更に下へと向かった。
(地下……?)
と思ったけど、
「地下1階に、冒険者用の訓練場がある」
とのこと。
話を聞くと、だいたい中学校の体育館ぐらいの広さがあるらしい。
冒険者なら申請すれば誰でも利用できるらしくて、人を密集させると危ないため、訓練場は5つもあるという。
(へぇ……?)
贅沢だね。
今回、手合わせのため、その1つを貸し切りにしたらしい。
ザ・ギルド長権限、だ。
やがて、訓練場に到着。
(おお……!)
結構、広い。
訓練場は、全面、石造り。
王都アークロッドを囲む大白壁と同じ『魔銀鉱石』が用いられ、物理、魔法、両方に強く頑丈な材質なんだとか。
古代魔法でも簡単に砕けない強度らしい。
見た目は、真っ白い綺麗な石。
見回せば、場内には、備品らしい木人もある。
(あ、車輪付きだ)
なるほど、移動もできるのか。
壁際の棚には、木製の剣、盾、槍、弓などの他、布製の防具なども入っていて自由に使えそうだ。
眺めていると、
ガシャッ
巨漢のギルド長の大きな手が、備品の木剣を2本、掴む。
「ほら、使え」
「あ、はい」
1本を差し出され、受け取る。
ズシッ
(わ……?)
結構、重い。
驚いていると、
ヒィン
【訓練用の木剣】
・木製の剣。訓練用。
・剣の内部に鉄の芯棒を通しており、本物の金属剣と同じ重さになっている。
(あ、なるほど)
そうなのね。
納得しながら、僕は剣を握り直す。
う~ん、
(多分、2キロ弱ぐらいかな?)
体感、そんな感じ。
ギルド長は、訓練場の中央へと歩いていく。
その時、
ズ……ズズ……
太い右足を少しだけ引き摺るような動きが目に入った。
(あ……)
そう言えば、右足が悪いんだっけ。
その事実を思い出す。
(…………)
僕は、息を吐く。
そして、ギルド長の大きな背中を追う。
美女3人は、壁際で待機。
巨漢のギルド長は中央に到達すると、右手に握った木剣を下に向けたまま、こちらに向き直る。
目の前の僕を見つめ、
「よし、始めるか」
「あ、はい」
僕は頷く。
(えっと……)
人生で1度も持ったことのない剣を、アニメなどの見様見真似で、正眼に構えてみる。
ギルド長は動かない。
ただ、かすかに目を細める。
(?)
あれ?
もう、攻めていいの……?
僕、困惑。
と、その時、
ボッ
(うわっ!?)
突然、巨漢のギルド長の全身から、強い突風が吹いた気がした。
な、何だ……?
いや、彼は何もしていない。
だけど、目が違う。
さっきまでと違い、眼光が刺々しく、こちらに向けて明らかな敵意を宿している。
――殺気。
その単語が、脳裏に浮かぶ。
(……なるほど)
これが、元煌金級のプレッシャーか。
ゴクッ
唾を飲む。
それだけでも、大変な動作。
やばい、息苦しい。
無防備に見えるのに、どう斬りかかっても反撃される未来しか見えない。
と、
「――どうした? 来い」
銀髪の巨漢が言う。
気安い口調とは裏腹に、感じるのは、重く、静かな圧力。
く……っ。
どうする?
勝ち負けは関係ない、と言っていた。
だけど、この結果次第で、彼の中の僕の印象が変わるのは間違いない。
そして、こんな僕のことを信じて、認めてくれた3人の顔にも泥を塗ることになるかもしれない。
(そんなの、嫌だ……!)
何より、クレフィーンお母様の見ている前で、無様な姿を晒すのは我慢できない。
勝てる気はしない。
でも、
(――せめて、一太刀!)
だけど、どうすれば……?
その時、
ヒィン
万能の何でもわかる真眼が、目の前の空中に、1つの答えを表示した。




