063・クランハウスの管理人
「――4日間、お世話になりました」
ペコッ
僕は、去っていく竜車に頭を下げた。
無事、目的地に到着したことで、馬車ギルドで借りた竜車とはここでお別れとなったのだ。
ギッ ギッ
豪邸前の車道を遠ざかる竜車の後ろ姿。
(……ん)
少し、しんみり。
青空の下で食事したり、野盗に襲われたり……色々あったもんね。
御者さんたちにはお礼を伝え、彼らも笑顔で「またのご利用を!」とお別れの挨拶をしていた。
個人的には、
(パル竜ぅ……)
と、異世界生物との別れも名残惜しい。
実は、道中、御者さんのご厚意で、僕も一緒にパル竜に生肉を食べさせたりもしたんだよ。
迫力、凄かった……。
うん、もっと仲良くなりたかったなぁ。
ばいば~い。
僕は、竜車の姿が曲がり角で見えなくなるまで見送った。
そんな僕の肩を、
「シンイチ君」
ポン
クレフィーンお母様の白い手が優しく叩く。
振り返る僕に、彼女は微笑む。
(うん)
僕も頷いた。
彼女の後ろには、美女2人と幼女も待っている。
僕は気を取り直し、お母様と一緒に彼女たちのいる豪邸の門扉の方へと向かったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
ガチャン
豪邸の所有者の黒髪美女が門扉を開ける。
うん、重そうな音。
彼女を先頭に、僕らは豪邸の玄関まで、芝生の前庭の中に造られた石畳の道を歩いていく。
歩きながら、
「そう言えば、クラン名ってあるんですか?」
と、僕は聞いてみた。
美女3人が振り返る。
アルタミナさんが微笑み、
「うん、あるよ」
と、頷く。
レイアさんも僕を見る。
片手を腰に当て、
「『月輪の花』――それが私たちのクラン名よ」
と、教えてくれた。
(へ~?)
なんか、お洒落。
興味をそそられ、僕は聞く。
「由来とかあるんですか?」
「はい、一応」
答えてくれたのは、10年前までクラン所属だったクレフィーンお母様だ。
懐かしそうに青い瞳を細め、
「当時、クランを結成すると決めた時は、夜だったんです。その時、ちょうど3つの満月が見えていて、私たちもちょうど3人だったものですから」
「おお~、なるほど」
この世界の月は、3つあるんだっけ。
彼女は頬に手を当て、
「花と付けたのは、私たちが全員、女性だったからですが……今思うと、少し恥ずかしいですね」
と、少し困ったように笑う。
(そう……?)
僕は正直に、
「素敵だと思いますよ? みんな、美人だし」
「おや? 嬉しいね」
「あらそう」
「ふふっ、ありがとうございます」
と、3人の美女の内、2人はまさに花のように微笑み、1人は澄まし顔で肩を竦める。
ん~?
(お世辞と思われてる?)
本気なんだけどなぁ。
僕は、後ろの幼女を振り返る。
「ファナちゃんもいいと思うよね?」
「う、うん」
おかっぱの金髪を揺らし、頷く幼女。
(うん、いい子)
やっぱり、天使です。
天使のお母様は嬉しそうに「ありがとう、ファナ」と娘を抱き締めて、ファナちゃんも幸せそうに青い目を細めている。
友人2人も微笑ましそうだ。
(ふふっ)
さすがのレイアさんも、天使の言葉は否定できないみたいだね。
うんうん。
3人の反応に、僕も満足。
ま、そんな話をしている内に、僕らは『月輪の花』のクランハウスの玄関に到着したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
玄関扉の前で、豪邸の所有者である黒髪の美女が、懐から鍵を取り出す。
(お……?)
宝石の填まった鍵だ。
少し高そう。
見ていると、
ヒィン
【魔紋の鍵】
・魔力紋を登録できる特殊な鍵。
・扉側の錠とも登録情報は共有され、例え形状が同じ鍵であっても、登録者以外は開錠不可能。
・値段、1本500リド。約5万円。
(おお……!)
異世界テクノロジーの鍵だ。
凄~い。
と、僕の視線に気づいて、
「今度、フィンとファナとシンイチ君の分の合鍵も用意するからね」
と、アルタミナさん。
(わ~い)
僕が喜んでいる間に、彼女は鍵穴に鍵を差す。
一瞬、指の触れている宝石が光り、黒髪の美女が鍵を回すと、ガチャンと重い音が響いた。
「さ、どうぞ」
ギィ
アルタミナさんが扉を開け、僕らに先を促す。
(あ、どもども)
会釈し、前へ進む。
僕、クレフィーンさん、ファナちゃんの順に入り、そのあと、レイアさん、アルタミナさんが続く。
入った瞬間、僕は目を見開いた。
(うわぁ……)
目の前には、豪華な玄関ホールが広がっていた。
ホール正面には、小ぶりな女神像が鎮座する。
像の左右には大きな花瓶に活けられた花々が飾られ、更に奥には2階に通じる螺旋階段があった。
床石は、大理石みたいにピカピカだ。
左右を見れば、奥へ続く廊下と別室に通じる扉がある。
(……うん)
マジ、豪邸じゃん。
クレフィーンお母様は懐かしそうだけど、娘のファナちゃんは目と口を真ん丸くしていた。
(わかるよ、ファナちゃん)
その気持ち。
今の僕らは同士じゃ。
家主の美女2人は、僕らの反応に楽しげに笑う。
と、その時、
カチャ
玄関ホール右側にあった別室の扉が、不意に開いた。
(えっ?)
木製の扉を抜け、僕らの前に現れたのは、1組の男女――老紳士と老婦人だった。
え、どなた?
驚く僕と他の4人に、ご老人お2人は丁寧に頭を下げる。
老紳士の方が、
「おかえりなさいませ、アル様、レイア様」
と、穏やかに笑う。
老婦人の方も優しく微笑み、家主2人から、そばにいる僕と金髪の母娘にも視線を向けた。
頷いて、
「フィン様……クレフィーン様ですね?」
「あ、はい」
驚き、答えるお母様。
(ふむ?)
反応から察するに、お母様の知り合いではないらしい。
老婦人は、
「アル様、レイア様のお話通り、とてもお美しい方ですね。そちらは、娘のファナちゃん? まぁまぁ、本当に可愛らしい」
と、柔らかく笑う。
褒められた幼女は、少し身を固くする。
キュッ
(お?)
僕の服を摘まみながら、僕の背中に隠れた。
ザ・真一ガード!
うん、いくらでも盾にしなさい、天使ちゃん。
老婦人は「あらあら?」と少し申し訳なさそうに笑う。
でも、微笑ましそうな温かな感情だけが見え、人見知りの子供に対して悪い感情は何も感じてないみたいだった。
老紳士の方も優しい顔。
むしろ、お母様の方が「……ファナ」と娘の様子に困った顔で、その髪を撫でている。
(おやおや)
僕も小さく苦笑。
老紳士の方が、家主2人に言う。
「長年、希望されていたフィン様の勧誘に、ようやく成功されたのですね。本当におめでとうございます」
「うん、ありがとう」
「ええ、長かったわ」
2人も笑顔で答える。
その様子を見るに、家主2人も老紳士と老婦人には心を許してる感じ?
と、そのお2人が僕を見る。
「ところで、こちらの少年は?」
「ずいぶんとお若いお坊ちゃまですが、この邸宅までお招きなさるとは、いったいどうされたのですか?」
そう、美女たちに聞く。
(おっと?)
僕は背筋を伸ばす。
そんな僕に、アルタミナさんが苦笑する。
「彼は、シンイチ・トウヤマ君。今日から私たちのクランの一員になったんだ」
「え……?」
「このクランのですか?」
「うん、私から誘ったんだよ」
「なんと」
「アル様から……?」
驚くご老人の男女。
長い赤毛の髪を払い、レイアさんも言う。
「今回のクエストで協力してもらったんだけど、その時、高い実力を見せられてね。クランに入る資格があると、私も認めるわ」
「おお……」
「まぁまぁ、レイア様がそんなことを言うなんて」
(へ~?)
お2人と一緒に、僕も驚いた。
なんだ、レイアさん、僕のこと、結構高く評価してくれてたのね?
(……嬉しい)
頬を緩ます僕。
そんな僕を、怜悧な美貌のエルフさんはジト目で見る。
軽く嘆息し、
「あとね。頑固なフィンを説得してくれたのが、彼なの。彼女がクランに入る理由の大半も、このシンイチなのよ」
と、言う。
その発言に、お母様が驚く。
「レ、レイア、何を……?」
と、赤くなり、アタフタ。
でも、レイアさんは素知らぬ顔でそっぽを向き、アルタミナさんは苦笑する。
老紳士と老婦人も『まぁまぁ』といった表情だ。
(あはは……)
僕は、嬉し、恥ずかし。
やがて、アルタミナさんが僕らに言う。
「遅ればせながら紹介するよ。2人はクランハウスの管理人として雇っている、ジーグルとハンナ。私たちの留守を任せたり、在宅時も色々な雑務をしてもらっているんだ」
おお~、管理人?
僕らの視線に、お2人は微笑む。
「ジーグル・ダルトンです」
「ジーグルの妻、ハンナ・ダルトンです」
と、優雅な所作で一礼。
(あ、ご夫婦なの?)
少し驚きつつ、僕らも頭を下げ返す。
「クレフィーン・ナイドです。こちらは娘のファナ」
「フ、ファナです」
ペコッ
金髪の幼女も、何とかご挨拶。
老夫妻は、とても穏やかな表情で幼女を見つめ、頷く。
そして、お母様には、
「雪火剣聖……ですね?」
「お噂はそれはもう……。それに、アル様、レイア様も再び共にあれる日を楽しみしておりましたのよ?」
「ああ……そうですか」
色々知られていて、金髪のお母様も苦笑される。
(ふふっ……)
僕は、ほっこり。
と、老夫妻の視線が僕にも向く。
(あ)
僕は慌てて、お辞儀。
「日本という国から来た、桐山真一です。よろしくお願いします」
ピシッ
日本人の誇りとして礼の角度も気をつける。
第一印象、大事!
そんな僕を見つめ、2人も微笑む。
「はい、シンイチ様」
「こちらこそ。――ふふっ、このクランに入りたがる方は大勢いますが、アル様、レイア様が自ら誘うなんて、本当に珍しいんですよ?」
「へ~、そうなんですか?」
「ええ、ですな」
「ふふ、むしろ断ることばかりで」
老夫婦と一緒に、僕は2人を見る。
美女2人は目を見開き、片方は恥ずかしそうに笑い、もう片方は視線を逸らす。
あらら?
僕は、老夫婦と一緒に笑ってしまう。
そして、老紳士と老婦人は、僕と母娘に優しく言う。
「ハウス内で何かありましたら、いつでも私どもにお申し付けください」
「フィンお母様の留守中、ファナ様のことは私どもが責任持ってお世話させていただきますので、どうかご安心くださいね」
と、穏やかな笑顔。
(う~む)
ジーグルさんもハンナさんも凄く素敵。
人柄が滲み出ると言うか、態度とか口調とか、凄く芯があるのに優しくて温かいんだよなぁ。
うん、
(こんな風に、年を取りたいものだ)
なんて思ってしまう。
お母様も「ありがとうございます」と感謝し、ファナちゃんもようやく老夫妻に慣れたのか、ご夫人の方に頭を撫でられていた。
うんうん。
その様子を、僕と家主2人は微笑ましく眺めてしまう。
と、その時だ。
ヒィン
(ん……?)
突如、真眼が文字を表示する。
【ジーグル・ダルトン】
・人間、男、65歳。
・月輪の花クランハウスの管理人。
・15年前に引退した元冒険者で、引退前は『白銀級』の実力だった。当時の異名は『悪鬼覇斬』。
・現在の戦闘力、250。
【ハンナ・ダルトン】
・人間、女、62歳。
・月輪の花クランハウスの管理人。
・15年前に引退した元冒険者で、引退前は『白銀級』の実力だった。当時の異名は『鬼子母神』。
・現在の戦闘力、260。
(何、だと……?)
元冒険者?
しかも、クレフィーンさん、レイアさんと同格の『白銀級』!?
あと、
(異名、怖ぁっ!)
現在の穏やか~な風貌、雰囲気からは想像もつかないんですが、昔はどんなだったの……?
でも確かに、立ち姿勢とか凄く綺麗なんだよね。
そっか、鍛えてたからか。
しかし、戦闘力……。
還暦を超えていらっしゃるのに、古代魔法持ちの僕より強いわぁ。
当たり前ですが、
(うむ、お年寄りには敬意を持ちましょう!)
色んな意味で……ね?
見つめる僕の視線に、2人は気づく。
(!)
ドキン
思わず、直立。
そんな僕の様子に不思議そうに小首をかしげ、やがて、クランハウス管理人の老夫婦は穏やかにニコリと微笑まれたのだ。




