062・君もクランに入らないか?
竜車の車窓から、僕は王都の景色を眺める。
――美しい街並みだ。
緑の公園もあれば、各所に綺麗な水路も流れ、家々も規則的に立ち並び、上質で整然とした都市の景観だ。
歩く人々の人種も様々。
エルフ、獣人、ドワーフ、人間など、何でもござれ。
商店も店員、客は礼儀正しく、けれど活気があり、明るい生活感が感じられる。
(ええなぁ)
こういう街、大好き。
でも、遥か遠方に見えるお城の向こうにも街並みが続く。
僕らが入ったのが、東大門。
でも、西大門が見えない。
というか、北も南も、果てが見えない。
(……どんだけ広いの、ここ?)
と、思ったり。
その時、
ヒィン
おや、真眼君?
【王都アークロッド】
・アークレイン王国の首都。
・人口約50万人。
・城壁は楕円形をしており、直線で東西に25キロ、南北に15キロの距離がある。
・都市の中心に貴族街、アークロッド王城がある。またその周辺、都市中央区に各行政機関、ギルド関連施設が集まっている。
・北西城壁付近には、貧民街がある。
・都市が広いため、王都民の中には一生行かない区画も多数存在する模様。
・王都近郊には大陸3大迷宮の1つ、『グレゴリオス大魔洞窟』が存在する。発見より150年経つが、現在も未踏破。
・王都内では、迷子に注意。
(おお……)
そんな感じなのか。
色々面白いし、興味深い情報だね?
しかし、
(迷子に注意って……)
でも、真眼君が言うくらいだから、うん、気をつけよう……。
…………。
30分後、住宅街っぽい区画に到着する。
結構、立派な家ばかり。
(高級住宅地……?)
かしら?
雰囲気は、そんな感じ。
そう言えば、『クランハウス』に行くって言ってたよね?
(クラン……)
前世でも聞く単語。
あ、そうだ。
僕は、登録時にもらった『冒険者手引書』を久しぶりに開き、確認する。
ペラ ペラ
(……ふむふむ?)
『冒険者クランとは』
・クランとは、冒険者同士の結成するグループのことです。
・クラン内の冒険者でクエストごとに自由に少人数パーティーを組んだり、大規模クエストに大人数で当たることもできます。
・ギルドからの報酬はクランに支払われ、各人への分配はクラン内で自由に行えます。
・クラン結成は、最低3人から。最大100人までです。
(うん)
思ってたのと、ほぼ一緒かな。
日本でオンラインゲームしてた時を思い出すね。
…………。
……当時、中学生で、人見知りであまり他の人と話せなかったけどさ……ふふふ……。
(ま、まぁ、いいさ)
昔は昔、今は今だ。
今は、優しいお母様もいらっしゃるし、うん、きっと大丈夫。
そんなことを考えている間にも、竜車は高級住宅地の中を進み、やがて、1件の家の前で停まった。
僕らは降車する。
え、ここ?
目の前には、豪邸があった。
3階建ての立派な建物で、前庭もあり、当然、豪華な柵とお洒落な門に囲まれていた。
お母様が、
「懐かしいですね」
と、青い瞳を細めて呟く。
友人2人も笑い、
「そうだね」
「フィンは10年ぶりかしら?」
「ええ」
友人たちの言葉に、クレフィーンお母様も微笑み、頷く。
(……やっぱ、ここなんだ)
僕は唖然。
もう1度、目の前の豪邸を見る。
いや、どう考えても、3人だけで使う感じに見えないぞ?
しかも、今日まで10年、クレフィーンさんもいなかったんだし、実質、2人だけになる訳で……。
(そんな馬鹿な)
うん、あり得んな。
となると、他にクランメンバーがいらっしゃるのだろう。
どんな人が……?
ドキドキ
久しぶりに人見知りが発動し、心臓が痛くなってきたぞ。
そんな僕に、
「お兄様……?」
と、金髪幼女が気づく。
その声で3人の大人の美女も振り返り、僕に視線が集まる。
あ、はい。
僕は、素直に他の人のことを聞く。
すると、
「え? いないよ」
と、クランリーダーだろう黒髪の美女が、あっさり言う。
(……え?)
僕は目を瞬く。
彼女は少し驚いた様子だったけど、僕も今の答えに驚いてる。
戸惑いながら、
「で、でも、こんなに大きな家なのに……」
「ああ、うん」
彼女は苦笑し、
「10年前に建てた時は、20~30人ぐらい集まってもいいようにしたんだよ。だけど実際は、ね」
「……人、集まらなかったんですか?」
「いや、うん……」
「???」
歯切れが悪い。
(どうしたのだろう?)
不思議に思っていると、
「――全員、辞めたのよ」
と、赤毛のエルフさんがはっきりおっしゃった。
(え?)
全員、辞めた?
僕は、唖然と口を開けてしまう。
なんで?
どうして?
もしかして、当時はブラックな職場だったとか?
色々想像しちゃう。
そんな僕に、レイアさんは言う。
「クラン結成時の私たち3人は、新進気鋭でね。3人とも古代魔法を覚えてたし、将来性も高く、ギルドの期待も高かったのよ」
「うん」
「で、人も多く集まったわ」
「集まったの?」
「ええ。だけど、私たち女でしょ? 下心のある男も多かったし、面倒なこともあったのよ」
「ありゃ……」
「しかも、実力がね。私たちと一緒にやるには、皆、足りなくて……」
「…………」
「私たちは上を目指して、難易度の高い依頼を受けてたわ。だけど、同行しても役に立たない、足を引っ張る、怪我をする……結局、3人だけで活動してることが多くてね」
「ああ……」
「で、気がついたら……ね?」
と、嘆息して肩を竦める。
(……うん)
なるほど、そっか。
ゲームの世界でも、色々あるもん。
実際に命のかかるこの異世界じゃ、余計にシビアな関係にもなるんだろう。
で、その結果……ね。
(人が集まるって、本当、大変だ)
僕も頷く。
クレフィーンさんは、少し申し訳なさそうに、
「クラン存続のため籍だけは残しましたが、実質、私も辞めて、結局、2人だけにクランを任せることになってしまいましたね」
と、友人2人を見る。
黒髪と赤毛の美女は苦笑。
でも、すぐに優しい表情で、
「ま、構わないよ。私たちも最終的には、フィンの決断を受け入れたんだ。フィンが気にすることは何もないさ」
「…………」
「それに何より、今はこうして戻ってきてくれたしね」
「アル……」
黒髪の友人の言葉に、お母様は声を震わせる。
獣人さんは笑い、
ポン
安心させるように、妹分の美女の腕を軽く叩く。
それに、お母様も微笑む。
そんな2人を、レイアさんは優しく眺める。
それから、
「シンイチ」
と、僕を見る。
(ん?)
怜悧な薄紫色の瞳が、僕を見つめ、
「――わかってると思うけど、貴方も私たちのクランに入りなさい」
(え?)
突然の言葉に、僕は驚く。
お母様も長い金髪を揺らし、驚いたように振り返る。
でも、僕の前に立つエルフさんの涼やかな美貌には、冗談を言っている雰囲気はない。
戸惑っていると、
「そうだね。私も、そうした方がいいと思うよ」
と、黒髪の美女も同意する。
(アルタミナさんまで?)
僕、少々、唖然。
そんな僕に、彼女は言う。
「一緒の活動しろとは言わない。君は自由に1人で行動してもいい。でも、私たちのクランに入れば、もしもの時に黒獅子公が後ろ盾となれるんだ」
「後ろ盾……」
「そう。王都も色々物騒だからね? その方が安全にもなるよ」
「…………」
「それに、秘術の目でもしも問題を起こしても、私たちが君を守れる。その方が、私たちも安心できるんだよ」
「…………」
「どうだい?」
と、誘惑するような笑みで、僕に言う。
(う、う~ん?)
確かに魅力的な提案だと思う。
僕に何も損はないし……。
でも、
(そんなに3人に頼っていいのかな?)
少し不安でもある。
正直、自立したい男の子としての意地とプライドもあるし?
答えは、一旦保留にして……、
「――ちなみにクランに入ると、私たちと一緒にこのクランハウスで暮らせるよ。もちろん、これからはフィンもいるけど?」
「あ、入ります」
僕、即答。
いや、意地とプライドなんて時代錯誤だよ。
ね~?
むしろ、男の子としちゃ、ここで断る方がいかんでしょ。
(うんうん)
僕は腕組みし、1人頷く。
そんな僕に、黒髪の美女は満足そうに笑う。
尻尾も左右に揺れて、上機嫌。
一方のレイアさんは、どこか軽蔑気味の眼差しを僕に向けていらっしゃっる。
(……うぐ)
で、でも、その表情もお似合いで。
そして、当のお母様は、
「シンイチ君……」
と、驚いた様子。
でも、すぐに嬉しそうに表情が緩んで、ほんのり頬が赤くなる。
(うは……)
可愛い。
少しドキドキしちゃうぞ。
そんな僕の視線に気づき、彼女は慌てて、両手でその口元を隠す。
コホン
咳払いして、表情を戻す。
僕を睨み、
「もう……シンイチ君は、こんなおばさんを喜ばせるような真似をして……こんな年増のおばさんをからかって楽しいんですか?」
なんて、拗ねたように呟く。
でも、頬は赤いまま。
(…………)
うん。
僕、楽しいです。
からかってないけど……。
でも、その表情が見れただけで本望です、はい。
そんな開き直る僕と恥ずかしがるお母様を、ファナちゃんは不思議そうに交互に見比べていた。
お母様の友人2人も、苦笑したり、呆れたり。
――ともあれ、こうして僕、桐山真一は、美女3人だけの冒険者クランに4人目として加入することが決定したのである。




