061・王都アークロッド、到着!
(何だ、あれ……?)
街道の先、草原の地平に白い物が見えた。
目を凝らすと、
――壁だ。
気づいた僕は、茫然となった。
え、マジで?
白亜の壁は、見える草原の左右にどこまでも続いている。
端が見えない……。
やがて、時間の経過と共に、白い壁はせり上がり、巨大な都市を囲む城壁なのだとわかった。
ゴクッ
僕は唾を飲む。
ここが、
「王都アークロッド……」
と、呟く。
ここを拠点に活動する2人の女冒険者が「そうだよ」「ええ」と笑う。
クレフィーンお母様は、
「……懐かしいですね」
と、青い瞳を細めている。
娘のファナちゃんも、あんぐり……と、その口を開けて巨大な白い壁を見上げていた。
(でっかいなぁ)
50万人の暮らす都市。
それを囲む壁って、どれだけの距離なんだろう?
正直、想像できないし、実際、それを造り上げたこの世界の人々に脱帽だよ……。
目を凝らすと、
ヒィン
(お……?)
【アークロッドの大白壁】
・アークレイン王国の首都を守る壁。
・高さは、約50メートル。
・大量の魔銀鉱石が使用され、物理、魔法、両方の衝撃に耐えるよう設計されている。非常に頑丈。
・壁の上部には、物見台と魔導大砲が設置されている。
・総工期、約40年。
・現在も点検、補修、拡張は毎日、行われている。
(ほへぇ……)
40年か……!
しかも、異世界の特殊材質みたい。
大砲もあるとか、なかなか物騒。
でも、1国の首都の防衛の要なのだからか、当然と言えば当然か。
(ほわぁ、凄いな)
素直に感動。
僕は、敬礼だよ。
太陽の光がキラキラ輝く純白の壁の方へ、僕らの竜車は街道を進んでいった。
…………。
しばらく進むと、
(あれ? 渋滞……?)
王都に向かう車両が街道で列をなして停車していた。
先頭付近の大白壁には、巨大な門がある。
黒髪の美女が、
「入都の手続き待ちだよ。王国の首都だからね、色々、検査も厳しいんだ」
と、教えてくれる。
(へ~?)
僕は頷き、
「そうなんですね」
「うん。門は東西南北4ヶ所あるんだけどね。王都には各地から大勢の人が集まるし、門1つで手続き場も5ヶ所あるんだけど、なかなか捌き切れないんだよ」
「あらぁ……」
「王都の王侯貴族の依頼だと、特例ですぐ通れるんだけど……」
「……ああ」
今回は、クレタに出張しての依頼だったもんね。
彼女は苦笑し、
「今日は、素直に待つしかないかな」
と、諦めたように言う。
(そっかぁ)
色々あるんだね。
と、その時、レイアさんが赤毛の髪を揺らして座席を立ち、寝台室の方に向かう。
(ん?)
僕の視線に、
「私は寝るわ」
「え?」
「この列の長さ、多分、半日かかるわ。手続きの時に、起こしてちょうだい」
ヒラヒラ
繊細そうな白い指を舞わせ、エルフさんは寝台室へ。
え?
(半日……?)
僕は、黒髪の獣人さんを見る。
彼女は再び苦笑する。
「まぁ、今日は列も長そうだし、最低3時間以上は待ちそうだね」
と、相方の発言を認められた。
マジで……?
僕、唖然。
クレフィーンお母様も「まぁ」と上品に驚き、
「でも確かに、昔もそうして待ったような気がしますね。何年も前で、忘れていましたが……」
「…………」
そうなんだ?
僕は、窓から列を見る。
……うん、長い。
何百メートルあるんだか……しかも、会話中、ほとんど進んでなかったぞ。
列に並ぶ、徒歩の旅人も見える。
皆、うんざりした顔。
組み立て式の椅子を持参して、座ってる人もいる。
中には、お弁当を食べてる人もいて、
(あ……はい)
本当に、待つの長そう。
僕も実感してきたよ。
ちょっと遠い目になる……。
アルタミナさんが苦笑し、
「シンイチ君たちも、奥で休んでていいよ。東大門の手続き場が近づいたら呼ぶからさ」
と、言ってくれる。
(う~ん)
僕とお母様と幼女は、顔を見合わせる。
そして、
「わかりました」
「では、アルの言葉に甘えますね。何かあれば、呼んでください」
「あ、ありがと、アルおば様」
「はいはい」
頷く僕らに、黒獅子公の美女は優しく笑う。
3人で寝台室へ。
レイアさんは「すぅ……すぅ……」とすでに寝息を立てている。
早いなぁ。
そして、うん、綺麗な寝顔。
やがて、僕も寝台の1つへ横になり、母娘も2人で1つの寝台へ。
寝たまま目が合い、
「おやすみなさい、クレフィーンさん、ファナちゃん」
と、僕は笑う。
長い金髪をシーツに広げながら、お母様も微笑む。
「はい、おやすみなさい、シンイチ君」
「お、おやすみ、お兄様」
娘ちゃんも、ちゃんとご挨拶。
(うんうん)
僕はほっこりしながら、目を閉じる。
王都を目前の思わぬ時間だけど……うん、まぁ、のんびり待つとしましょうか。
◇◇◇◇◇◇◇
西の空が赤くなった。
(……マジか)
夕方になり、ようやく僕らの手続きの番が来たのである。
待ち時間、えぐぅ。
結局、5時間待ちでした……。
途中、1度、目が覚めると、車内でお昼も食べました。
実は、行列で待つ人を対象に、食べ物や飲み物を販売している売り子さんが何人も歩いていたんだよね。
そのお弁当を買ったんだ。
(商売できるほど、この行列は日常的なのか……)
と、少々、呆れたよ。
あ、お弁当は美味しかったけどね。
ご馳走様でした。
で、僕らの手続きだ。
前もって用意していた馬車ギルドの書類と、僕らの身分証――冒険者証の登録魔刻石を提示し、機械で確認。
担当した兵士さんは、
「く、黒獅子公?」
と、驚いていたっけ。
でも、有名人でも審査はしっかり。
機械に表示された情報を口頭でも確認され、書類にも代表としてアルタミナさんがサインする。
そして、
「うむ、通ってよし」
と、許可が出た。
手続き、約5分。
300分待ちで、5分……。
何だか遠い目の僕に、
「これが王都よ」
と、涼やかに笑う赤毛のエルフさん。
う、う~ん、
(つまり、王都の洗礼って奴かしら?)
早速の洗礼を喰らって、何だか疲労感の重~い僕だけど……うん、ま、いいや。
待つのは終わり。
僕は、ついに王都アークロッドに入るのだ。
ギギィ
手続き場を離れ、竜車が動き出す。
目の前には、巨人用みたいな巨大な門が開いていて、僕ら5人の乗る竜車はその下を潜った。
…………。
…………。
…………。
(う、ぉぉ……!)
目の前に、凄い景色が広がった。
無数の人と車両の洪水だ。
門を抜けた先には、片側5車線ぐらいの広い道路が真っ直ぐ伸び、その左右には同じく広い歩道が設置されていた。
そこを、たくさんの人と車両が行き来している。
車線中央には、分離帯の芝生が。
歩道には、緑の街路樹と街灯が並んでいる。
真っ直ぐな車道の先には円形交差点があり、その中央には、クレタの町の教会で見た『慈母神マトゥ』の女神像の更に大きな物がド~ンと両手を広げて来訪した僕らを迎えてくれていた。
歩道の外には、商店らしい店舗が並ぶ。
どれも美しく、構造もしっかりした建物だ。
造りは店舗ごとに差異はあるけど、景観を損なわないような統一感がある。
で、女神像のずっと先。
直線道路の終端には、丘の上に建てられた見事なお城があった。
遠目にも、凄く綺麗だ。
純白で、外見も美しく、気品を感じる。
中世ヨーロッパ風ではあるけれど、より洗練され清潔感もあり、言わば、非現実のファンタジーゲーム世界の素敵なお城が現実に造られちゃったみたいな感じだった。
夕日に外壁が煌めき、どこか神々しい。
「…………」
窓から身を乗り出し、僕は言葉もない。
異世界だ……。
本物の異世界の都市だ。
肌に伝わる空気、耳に届く喧噪、鼻に届く無数の匂い、身体に伝わる竜車の振動……全身で感じる現実感。
ブルブル
身体が震える。
(ああ、僕は、本当に異世界にいるんだ)
その強い実感。
なんか……泣きそう。
そんな僕の様子を、クレフィーンさんたち3人の大人な美女は驚いたように見つめ、やがて、優しく微笑んだ。
アルタミナさんは、金色の瞳を伏せ、
「さて、今日は日も暮れそうだし、まずは私たちのクランハウスに泊まろうか」
と、提案する。
長い金髪を揺らし、お母様も頷く。
(クランハウス?)
僕は目を瞠る。
少し驚いたけど、反対する理由もなく。
それは、赤毛のエルフさんと金髪の幼女ももちろん同様で。
――僕らの竜車はギシギシと規則的な音を響かせながら、王都の赤く染まった広い車道をゆっくりと進んでいったんだ。




