006・馬車の旅
乗合馬車は、街道を進んでいく。
速度は、人が歩くよりも少し速いぐらいか。
ゴトゴト
(う~ん)
振動が凄いや。
車窓から見えるのは、起伏のある草原に木々がまばらに生える風景である。
遠くには、森林。
そして、その奥には、青く霞む山脈だ。
日本と違って、土地が広く開放的な印象だった。
そんな車内で、母娘と話す。
「え……? クレフィーンさん、馬車の護衛とかじゃないんですか?」
僕は驚いた。
てっきり、定番の護衛冒険者だと思ってたぞ……。
金髪の女冒険者さんは、苦笑する。
「はい。私はたまたま乗り合わせていただけで……非常時だったので、魔物との戦闘に参加をしていただけなんです」
「ええ……」
なんて災難。
僕は聞く。
「じゃあ、本来の護衛の冒険者とかは……?」
「いませんよ」
「…………」
「この街道は、そこまで危険な道ではないんです。定期的に街道警備隊も巡回していますから。……ただ今回は不運でしたね」
と、困ったように笑うクレフィーンさん。
(そっかぁ)
本来は、安全な街道。
今回は、例外だったってことか。
……だけど、日本の安全とこの国の安全は、多分、基準が違いそう。
こういう異世界って基本、命の価値が軽そうだから。
(うん)
その辺の意識の差、気をつけよう。
僕は頷き、
「じゃあ、クレフィーンさんたちは何の目的でこの馬車に?」
と、聞いてみる。
彼女は微笑み、
「仕事です」
「…………」
「知人の冒険者がクレタ近郊での魔物討伐の仕事を引き受けて、その手伝いで呼ばれたんです。そのため、乗合馬車でクレタの町に」
「へぇ……?」
魔物討伐か。
うん、実に冒険者らしい。
その女冒険者さんは、娘の金髪を優しく撫でる。
「夫を亡くし、今は娘と2人暮らしなので、この子も一緒に。仕事中は、町の宿に残すつもりですが」
と、続ける。
(…………)
慈愛に満ちた眼差し。
娘さんの方も、母親の手が気持ち良さそうだ。
そっか。
僕は頷き、
「お母さんと一緒に旅して、ファナちゃんも偉いね」
「あ……」
彼女は、少し恥ずかしそう。
赤くなりながら「あ、ありがと……」と小さな声で言う。
お母様は、微笑んでいる。
(……そう言えば)
ふと、僕は思い、
「その冒険者って、誰でもなれるんですか?」
と、聞いてみた。
長く綺麗な金髪を揺らし、クレフィーンさんは頷く。
「はい。12歳以上ならば、誰でも」
「日本人の僕でも?」
「ええ、冒険者ギルドは各国にある国際組織ですから。特に国籍などの条件もありません。まぁ、犯罪歴などがなければ……」
「なるほど」
僕は、頷く。
考えていると、
「……シンイチ君は、冒険者になりたいのですか?」
と、聞かれた。
娘さんも、僕を見ている。
(えっと……)
「検討中……かな?」
「…………」
「路銀が尽きる前に、何かしらお金を稼がないとまずいので」
と、答えた。
彼女は頷く。
「なるほど、そうですか」
「…………」
「もし登録するなら、クレタの冒険者ギルドまで私が案内しますし、登録も手伝いますよ」
「え、いいんですか? 助かります」
やった~!
僕は、素直に喜ぶ。
クレフィーンさんも微笑み、
「大事な娘を助けてくれた恩人に、これで少しでもお返しとなるのなら……」
と、言ってくれた。
(なります、なります)
よ~し、なら登録するか。
ま、冒険者になるのは、異世界転移の定番コースだしね。
先人に倣うべし。
と、その時、
ジッ
(ん……?)
ファナちゃんが僕を見ていた。
何だろう?
彼女は、少し赤くなりながら、
「が、がんばって……」
「…………」
て、天使か!
幼女の応援に、なんか心がグッとしたよ。
僕は笑って、
「ありがとう、がんばるね」
ナデナデ
その天使の頭を撫でてあげた。
天使ちゃんの顔は、真っ赤っか。
お母様の方は、娘の行動に驚いた顔をし、それから少し困ったように微笑んでいた。
◇◇◇◇◇◇◇
馬車の移動は、意外と遅い。
乗車時間も長く、その間、僕は他の乗客とも話をした。
話の内容は、
『日本ってどんな国?』
という感じで。
「えっと、平和で小さな島国です。あと、刀という武器を使う侍……騎士みたいな人たちがいます」
「カタナ? サムライ?」
「はい」
そんな風に、僕は誤魔化す。
聞きかじりの知識で、刀は2種類の鋼を使って強度と切れ味を両立してるとか、侍は盾を持たず、代わりに甲冑の肩の部分が盾になっているとか説明。
皆、「へぇ?」とか感心する。
特に冒険者のお母様は、仕事柄か、興味深そうだった。
(ま、昔の日本のことだけど……)
さすがに、車とか飛行機とか、インターネットとか話しても信じてもらえないだろうし、むしろ不信感を煽りそうだしなぁ。
色々、配慮する僕である。
また、時間の経過で車窓も変わる。
馬車の外は雑木林になり、木々の隙間に、遠く湖が見えたりした。
で、時刻はお昼。
みんな、持参の弁当を食べる。
僕も、例の【乾燥したパン】を食べようとしたら、周りの人に慌てて止められた。
(え……?)
僕はキョトンと、
「周りを削れば、食べられますよ?」
と言う。
皆さん、なぜか沈黙。
巡礼者のおばあさんは「若いのに、苦労しとるんじゃね……」と悲しげに呟き、隣の金髪天使ちゃんも涙目だ。
全員、なぜか、可哀相な子を見る目。
……なぜに?
結局、僕のパンは没収、ポイッされ、代わりにクレフィーンさんや周りの人たちが【柔らかいパン】や【干し肉】などを分けてくれた。
普通に美味しかった。
ありがたや。
でも、
(1口ぐらい、あのパン、食べてみたかったな……)
とも思う僕だった。
…………。
そんなこんなで、約3~4時間。
遠くに見えた山脈が、だいぶ近く、大きく見える。
乗合馬車は、木々の生えた草原の丘を越え、
(あ……)
その先に、広い平野と湖、そして、その畔にある円形の石壁に囲まれた町が見えた。
もしかして……?
僕は、金髪のお母様を見る。
彼女は微笑み、頷く。
(……!)
もう1度、町を見る。
すると、
ヒィン
【クレタの町】
・森と湖の恵みで暮らす人々の町。
・近くのバオルコット山脈からは、鉱物資源も採掘できる。
・王都に向かう街道の中継点であり、旅人の宿場町としての側面も持っている。
と、『真眼』の文字も表示される。
(うん!)
間違いなし。
僕はようやく、初めての異世界の町に到着したようだった。