056・貸し切り竜車、だと……!?
王都に向かう当日、僕らはクレタの町の停車場を訪れた。
(ほへぇ……)
僕の目の前に、1台の馬車がある。
馬車ギルドからアルタミナさんが借りた馬車で、乗用車どころかバスぐらいの大きさがあった。
でっかい。
そして、馬車を牽くのは馬ではない。
――竜だ。
体長4メートルぐらい。
外見はトカゲに似た4つ足の竜が、横に2頭、頑丈そうな木枠と革紐と鎖で車両と連結されていた。
凄い……。
(本物の竜だ!)
こんな間近で見るのは、初めてだ。
いや、『深緑の大角竜』も見たけど、生きてる姿を近くで見たのは数秒だったし、落ち着いて観察できる状況でもなかったからね。
へぇ、へぇ?
鱗の色は、砂っぽい黄色。
凹凸があり、ザラザラしてる。
紅い目は円らで、ちょっと可愛らしいかも……?
でも、巨大な口には鋭い牙が生えていて、人を噛まないように拘束具が嵌められている。
足は太く、筋肉質。
足の指は6本で、それぞれに鋭い鉤爪が生え、石畳の地面をガキッと掴んでいる。
また下顎からは、短い角が生えている。
太い尾の先端にも、5センチほどの棘が3本生えていた。
(か、格好いい……!)
僕、感動。
僕も男の子ですから、こういうの大好きです!
ちなみに、
ヒィン
【パル竜】
・人が飼育した益竜である。
・この2頭は、馬車ギルド管理の竜であり、いざという時は車両の護衛も兼ねている。
・名前は、トトンカ、ケレレマ。4歳の雄と6歳の雌で、実は番である。
・2頭とも、竜車牽き歴3年と5年のベテラン竜である。
・戦闘力は、180と150。
なんて、真眼情報。
(へ~、夫婦竜?)
しかも、戦闘力だけ見たら『深緑級』、7つの冒険者等級の真ん中の強さだ。
なるほど、護衛も兼ねる訳だね。
(うんうん)
心の中で、僕は頷く。
一緒にいた金髪幼女も初めて見るのか、僕の隣で青いお目目を真ん丸くしていたよ。
そんな僕らの後方では、3人の大人が会話する。
「まさか、貸し切り竜車ですか」
「そうだよ。しかも、客室には寝台もあるからね。夜も移動できるし、休む時も楽だと思うよ」
「……奮発しましたね」
「そりゃ、フィンが一緒だもの」
と、黒髪の獣人さんは笑う。
赤毛のエルフさんも頷き、金髪の友人を見る。
「私たちが、どれだけ貴方を待ったと思っているの?」
「…………」
「またフィンと冒険ができる夢が叶ったんだから、これぐらい当然よ。いいえ、まだ足りないぐらいだわ」
「レイア……」
「全く……待たせすぎ」
ピンッ
レイアさんの白い指が、お母様のおでこを弾く。
金髪のクレフィーンお母様は目を丸くして額を押さえ、けれど、弾いたエルフさん本人は楽しそうに笑っていた。
(仲良しだなぁ)
僕、ほっこり。
にしても、寝台付きの車両か。
……あれ?
もしかして、僕、この3人と同じ場所で寝起きするの?
(……おほっ♪)
い、いかん、いかん。
妙な想像をしてしまった。
自重、自重。
(でも、着替え中の下着姿をうっかり見ちゃうとか、ハプニングあったりして……?)
いや、だから。
パン パン
自分の頬を叩く。
煩悩退散。
そんな僕のことを、隣の幼女は奇異の目で見ている。
うむ、
(この子の前で、変なこと考えちゃいけないね)
だって、天使だし。
気をつけよう、うん。
――そんなこんなで、やがて準備が整うと、僕らの寝台付き竜車の出発時刻になった。
◇◇◇◇◇◇◇
竜車の御者は2名。
馬車ギルド所属の50代と20代の男性の御者さんで、王都まで2人で交代しながら竜車を運転してくれるんだって。
お名前は、
「ガリント・ブラムです」
「アイザック・クライブです。高名な黒獅子公の車両の手綱を握れて、光栄です!」
との、自己のご紹介。
50代の方は、ベテランらしく落ち着いて。
20代の方は、アルタミナさんたち3人に憧れの視線を送りながら、元気に。
(おお~)
やっぱり、有名人で人気者。
その事実を、改めて認識だ。
僕らも「よろしくお願いします」と挨拶し、用意された踏み台を使って、車両に乗り込む。
「わっ?」
中、広っ。
座席はL字型で、真ん中には床に固定されたテーブルが。
頭上には、部屋にあるようなお洒落な照明もある。
車両中央に仕切りがあり、ドアを抜けた先は、立派なベッドが4つ並ぶ寝台室だ。
僕らは5人だけど、幼女はお母様と一緒に寝る感じかな?
ベッドの下には、荷物の収納箱もある。
窓はガラス製で、カーテン付き。
(ああ、うん)
これ、車両というか、移動式の部屋だ。
台所はないけど、キャンピングカーの大型版みたいなイメージだろうか。
(……凄いなぁ)
思わず、車内を眺めてしまう。
と、
「ほら、座りなさい、シンイチ」
ポンポン
座席を叩き、レイアさん。
「立ってたら、いつまでも発車できないわよ?」
「あ、ごめんなさい」
僕は、慌てて座る。
クレフィーンさんも娘と座ろうとして、
「あ、フィンは、シンイチ君の隣ね。私の隣は、ファナちゃんがいい」
「え?」
「おいで、ファナ」
と、アルタミナさんが白い歯を見せ、笑う。
戸惑う母娘。
でも、いい子のファナちゃんは求められたら応じてしまい、黒髪の美女の横に座る。
ちょこん
(うん、お人形さんみたい)
可愛い。
アルタミナさんも「よしよし」と頭を撫でている。
気持ちわかる。
僕も撫でたい。
そして、1人立っているお母様は、黒髪の友人に困った顔をする。
でも、その友人は、お母様の視線をあえて無視。
お母様も嘆息だ。
僕を見て、
「ごめんなさい、シンイチ君。こんなおばさんですが、隣、失礼しますね」
と、申し訳なさそうに微笑む。
僕は笑って、
「ううん。むしろ僕は、隣にクレフィーンさんが座ってくれるなんて嬉しいです」
「え?」
「さ、どうぞどうぞ」
「…………」
彼女は青い目を瞬く。
と、レイアさんが「よかったわね、フィン」とからかうように言う。
お母様は苦笑。
そして、
「では、失礼します」
と、僕の隣に座った。
綺麗な長い金髪が、拍子にサラサラと流れていく。
座るだけでも絵になるね。
(美人って凄い)
そんな感じで、クレフィーンさんを中心に左右に僕とファナちゃん、更に友人2人という配置。
ちなみに、L字の長い方にレイアさん、僕、クレフィーンさんが座り、短い方にファナちゃん、アルタミナさんが座っている。
御者の2人が荷物の積み込みも行い、そして、御者席に座る。
準備OK。
「では、出発します」
ベテラン御者さんが窓越しに言う。
僕らは頷く。
そして、
ギッ ギギィ
(お、おお……)
動いた。
窓の外では、2頭の竜が足の筋肉を見せつけながら、力強く歩いていく。
牽かれる車両もゆっくり進む。
そして、気づく。
(あれ? 振動、少なくね)
乗合馬車と比べて、全然、お尻に伝わってこない。
座席の良さと、多分、サスペンションも違うのか、こういう部分でもさすが高級車両だと思わされる。
でも、快適なのは良いことだ。
(うむ)
今だけかもしれないし、贅沢を楽しもう。
と、その時、
(ん?)
隣のクレフィーンお母様の青い瞳が、ジッと僕を見ていることに気づいた。
目が合うと、
「あ……」
彼女は、ハッとした顔をする。
(???)
少し恥ずかしそうに、目を逸らす。
頬が、ほんのり赤いような……?
(はて?)
どうしたのだろう?
そんな金髪のお母様の様子に、友人2人は満足そうに笑っている。
ま、いいか。
王都への旅は始まったばかり。
僕は、窓の外を見る。
竜車はクレタの町の停車場を出て、門を潜り、西に通じる街道へ。
車両の外には、草原の景色が続く。
町の近くには湖があり、遠くには山脈と森、そして、その上には青空が広がる。
(……うん)
僕は、黒い目を細める。
――僕ら5人の王都を目指す旅は、竜車に揺られながら、こうして始まったのである。




