055・金髪母娘との再会(おかえりなさい!)
タイトル、あらすじ、少しだけ変更しました。
(今後もまた変わるかもしれませんが、お許し下さいね)
それでは本日の更新、第55話です。
よろしくお願いします。
クレタの町の停車場に、1台の乗合馬車が停車した。
ギギィ
車輪が軋み、止まる。
僕、アルタミナさん、レイアさんの3人が見守る中、乗客が車内から次々に降りてくる。
2人が乗車しているのは、真眼で確認済み。
そして、
(あ……)
美しい金髪をなびかせ、1人の美女が降車する。
彼女は後ろを気にしているようで、その視線の先からもう1人、今度は美しい金髪の幼女が現れた。
母の手を取り、段差を降りる。
トン
地面に足がつく。
おかっぱの髪が揺れ、顔が上がる。
青い瞳が偶然、僕を見た。
「…………」
お目目が真ん丸になり、小さな口も半開き。
その娘の反応に気づき、母親の方も顔を上げ、僕らの存在にようやく気づく。
お母様と目が合う。
トクン
僕の胸が少し高鳴る。
僕の横で、アルタミナさん、レイアさんの2人が笑い、軽く手を挙げた。
「やぁ」
「おかえり、フィン」
友人に、声をかける。
金髪のお母様は、娘の手を取りながら、僕らを見つめる。
僕も息を吸い、
「――おかえりなさい、クレフィーンさん」
と、はにかんだ。
僕の声に、彼女もようやく微笑む。
安心したような、嬉しそうな表情は、まるで綺麗な花が咲いたかのようで……見ていて、少しドキドキする。
空いている手を胸に当て、キュッと握る。
紅い唇を開き、
「――はい。ただいま、シンイチ君」
美しき未亡人のクレフィーンさんは、僕に再会の挨拶を伝えてくれたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
8日ぶりの再会だ。
でも、
(何だか、もっと長かった気がするよ)
と、思う僕である。
そんな僕に、
「お、お兄様……」
ムギュッ
金髪の幼女、ファナちゃんは抱き着いてくる。
おお、天使ちゃん!
僕は笑って、
「おかえり、ファナちゃん」
と、その綺麗な金色の髪を撫でてやる。
その感触が気持ちいいのか、彼女は猫みたいに青い目を細めている。
(うんうん)
この子、本当、可愛いのぅ。
僕らの様子に、お母様と友人2人は微笑ましそうに笑う。
それから、
「無事、離村届は受理されたかい?」
と、アルタミナさんが聞いた。
少し真剣な顔。
レイアさんも同様の表情で、クレフィーンさんの答えを待っている。
お母様は微笑み、
「はい、何とか」
と、答えた。
(ん?)
その声と表情に、何だか疲れを感じる。
何だろう?
と思っていると、
ヒィン
【クレフィーンの苦労】
・離村の話を伝えた際、村人との諍いが発生した。
・白銀級冒険者である彼女は、魔物や野盗などから村を守る防衛戦力でもあるため、翻意を促されていた。
・決意を変えなかったため、悪口、暴言を多々吐かれた模様。
・精神的疲労、33/100。
(え……!?)
何だ、それ?
村の中で孤立した彼女に散々嫌がらせとかしてきたのに、自分たちを守るために村に残れって言ったってこと?
村の人、馬鹿なの?
(ああ……でも)
嫌がらせしてるの、一部の人だけなんだっけ?
ほとんどは中立で。
静観して、ずっと何もしないで……でも、いざ、彼女がいなくなるとなったら慌てた訳か。
(う~ん?)
自業自得、かな。
いじめって、助けず見てるだけでもいじめに加担してるのと同じだもんね。
少なくとも僕は、そう思う。
友人の様子に、
「そう……お疲れ様、フィン。がんばったわね」
ギュッ
レイアさんが、彼女を抱きしめる。
クレフィーンさんは少し驚き、けれど、すぐに微笑み、赤毛の髪の流れる背中に手を添え、軽く抱き返した。
小さく頷き、
「……はい」
と、答えた。
黒髪の友人も、彼女の肩をポンポンと労うように叩く。
僕は、その様子を見つめ、
(…………)
今も僕のお腹に抱き着くファナちゃんを見る。
この子も……。
うん……きっと、お母様に向けられた悪意をたくさん目にしただろう。
もしかしたら、この子自身にも向けられたかもしれない。
(……うぐ)
やばい。
想像したら、泣きそう。
僕は、幼女の髪を何度も撫でる。
(ファナちゃんもがんばったのぅ……偉いぞ、偉いぞ)
ナデナデ
彼女は気持ちよさそうだ。
と、そんな僕らの方に、金色の長い髪を揺らしながらお母様もやって来る。
僕の前に立ち、
「シンイチ君」
と、僕を見つめた。
綺麗な青い瞳。
彼女は、少し寂しげに微笑み、
「アレスの墓前で、村を離れることを伝えました」
「うん」
「不思議なのですが、その時、不意に風が吹いて……その、アレスが優しく笑い、私の決断を応援してくれたように感じたんです」
「…………」
「気のせいかもしれませんが」
「ううん」
僕は、首を横に振る。
彼女を見て、
「――気のせいじゃないよ」
と、伝えた。
真眼で視た訳じゃない。
でも、間違いないさ。
僕みたいにクレフィーンさんを好きで、彼女も愛した人なんだから。
僕の言葉に、彼女は目を丸くする。
僕は、
ニコッ
と、笑った。
それに、彼女も安心したように微笑む。
息を吐き、
「アレスの墓のことは、墓守の方に頼んできました」
「そっか」
「その方は、村の中でも私に親切にしてくれた方で、私の離村にも納得されていて……お墓のことも大丈夫だと言ってくれました」
「うん」
「…………」
「……?」
彼女は何も言わず、僕を見つめた。
な、何だろう?
ドキドキ
美人に見つめられて、少し胸が高鳴るよ。
すると、
「――ありがとう、シンイチ君。貴方のおかげで、私はまた前を向いて歩けそうです」
と、微笑んだ。
(――――)
お……。
何だ?
なんか今のクレフィーンさん、めっちゃ綺麗だぞ?
え、何?
同じ笑顔なんだけど、何か違う。
何か解放されたような、明るくて、優しくて、暗さが何1つない輝きだけを放っている感じ。
何、この人……?
凄い美人じゃん。
日本で見たことのある海外女優とか、モデルよりも、クレフィーンさんの方がずっと綺麗だよ。
(うへぇ……)
今更、そう感じる。
僕、茫然。
そんな僕に、
「……シンイチ君?」
彼女は綺麗な金髪を揺らしながら、無邪気に小首をかしげたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
その日は、宿屋に1泊する。
慣れ親しんだ客室とも、今夜でさよなら、明日は王都に出発だ。
(……少し寂しいね)
しんみり。
ま、仕方ない。
ちなみに、お世話になった冒険者ギルドの受付嬢アリアさん、鑑定の眼鏡おじさん、よく買い物したレッド道具店の店主さんには今日の内に別れの挨拶を済ませてある。
もちろん、この『春風の宿』の女将さんや従業員さんにもね。
で、今夜は、宿での最後の食事。
(王都でも、ここぐらい美味しい料理、食べたいね?)
と、思う僕であります。
食堂は、今夜は満席だ。
僕、クレフィーンさん、ファナちゃん、アルタミナさん、レイアさんも1つのテーブル席を占領してる。
料理も、今夜は追加料金を支払い、豪勢だ。
ヒィン
【赤目牛のフィレ肉のステーキ】【芳醇なレノ茸と7種野菜のチーズ和え】【甘豆と鹿肉のコーンスープ】【5種の山菜と焼き魚のほぐし身入りご飯】【レモラ果実のクリームアイス】【50年物のパレキータ産果実酒】
といった品揃え。
金額、1名様、約2万円です。
あ、僕と母娘の分は、アルタミナさんが奢ってくれるって。
(やったね!)
で、実際に食べてみると、
モグモグ
う、美味ぇ!
高いだけあって、ただでさえ美味しい料理がもう1段、グレードアップしてるよ。
ああ、最高じゃん。
この宿、出たくないよ~。
(いや、出るけどね?)
モグモグ
自分で自分に突っ込みつつ、僕は食べ続ける。
ファナちゃんも小動物のように料理を食べ、時々、僕の方を見て目が合うと、ニコッ……と笑う。
(うむ、天使)
幸せ気分で、食欲増進。
僕も、しっかり笑顔を返す。
そんな僕らの前では、3人の大人の女性たちも上機嫌で食事を続けていた。
……いや、
(上機嫌すぎない?)
と、思うぐらい。
意外と気さくなアルタミナさんはともかく、上品なお母様と気品あるエルフさんもはしゃぐような食べっぷり、飲みっぷりだ。
ふむ?
これは、あれかな?
お母様は、村での苦しい日々の終わりが。
友人2人は、もう1人の友人がようやく自分たちの誘いに応じてくれたことが。
(きっと嬉しかったんだねぇ)
だって、7年だもん。
7年の辛くて心配な日々が、ようやく終わるんだもん。
そりゃ、はしゃぐよね。
3人の様子は、まるで10代の女の子みたいで、
(ああ、うん)
きっと昔、3人で冒険してた頃は、こうした姿が当たり前だったのかもしれないね。
なんか、僕も嬉しいかも。
こんな彼女たちを見れて、さ。
明日を夢見て、希望に満ちた時間を生きてる3人を見れて……ね。
と、またファナちゃんと目が合う。
僕は笑い、
「よかったね、ファナちゃん」
「? う、うん」
わからないまま、幼女は頷く。
(うん、可愛い)
僕は笑いながら、彼女の頬についていた汚れを布巾で拭いてやる。
彼女も素直に、身を任せてくれる。
(ふふっ)
いい子だね~。
と、お世話していると、お母様も気づき、
「まぁ、すみません、シンイチ君」
「あ、いえいえ」
僕は手を振り、
「ファナちゃんのことは僕が見てるんで、クレフィーンさんは安心して楽しんでください」
と、笑いかけた。
彼女は青い目を見開き、
「シンイチ君……」
と、嬉しそうに、申し訳なさそうに微笑む。
そんなお母様の首に、
ガシッ
アルタミナさんが巻き付けるように右腕をかける。
(おや……?)
だいぶ飲んだのか、美形な顔がずいぶんと赤くなっているご様子だ。
彼女は笑いながら、
「ほら、フィン? 彼は、本当に素敵な男の子だろう?」
「アル……」
「君たち母娘のことを、こんなに大事にしてくれてるんだ。手放さないように、しっかり掴まえておくんだよ?」
「あ、貴方は何を……」
少し慌てるクレフィーンお母様。
お母様も、頬が赤い。
黒髪の友人は、ケラケラ……と笑う。
細長い尻尾も、
パタパタ
上機嫌に左右に揺れている。
(うん、酔っ払い)
僕は苦笑。
と、赤毛の友人も果実酒を自分のグラスに手酌しながら、
「アルの言う通りよ、フィン?」
「レイアまで……」
「この子の秘術の目は、侮れないわ。貴方がいない間に、またとんでもない発見したんだから」
「とんでもない発見?」
「邪竜の呪詛」
「呪詛? 邪竜の?」
「そ」
頷くエルフさん。
そして、先日、魔力結晶石で視た僕の話をお母様にも伝える。
話を聞いて、
「まぁ、そんなことが……」
と、驚くお母様。
僕を見て、
「そんなこともわかるだなんて、シンイチ君は本当に凄いですね」
「あはは、どうも」
微笑むお母様に、僕は会釈。
熱っぽい視線に、少しドキドキするよ。
レイアさんは、
「そう、凄いのよ」
「…………」
「将来性もあると思うわ。だから、フィン、わかってるわね?」
「何をですか……」
「今度こそ、貴方は幸せになるの。だから、その魅力的なおっぱいで彼を誘惑して――」
「はいはい、わかりました」
ムグッ
身を乗り出す友人の口を、クレフィーンさんは白い手で押さえる。
レイアさんは手を払う。
「……もうっ」
不満そうに、友人を睨む。
クレフィーンお母様は苦笑し、僕を見る。
僕は、キョトン。
彼女は長い金色の髪を揺らし、首を左右に振る。
「何でもないんです。気にしないでくださいね」
「あ、はい」
僕は頷く。
でも、彼女は僕を見たままだ。
えっと、
(クレフィーンさん?)
その視線は妙に艶っぽく潤み、何だか僕の頬も熱くなってくる。
彼女の頬も赤い。
お酒のせいかな?
その唇が動き、
「明日からは、王都までずっと一緒ですね」
「あ、はい」
「村に帰るまでも、帰ったあとも、シンイチ君と旅ができることを楽しみにしていました。それを励みに、私はがんばれたと思います」
「…………」
「明日から……よろしくお願いしますね」
「はい」
僕は頷く。
笑って、
「僕も、クレフィーンさんと旅ができるの、嬉しいです」
と、答えた。
彼女は、青い目を瞠る。
すぐに恥ずかしそうにはにかみ、金色の髪を揺らしながら「はい」と首を頷かせた。
僕らは、数秒、見つめ合う。
ドキ ドキ
自分の心臓の音が、なぜかわかる。
と、その時、
「お母様? お兄様?」
不思議そうに、ファナちゃんが呟いた。
(あ……)
僕は、我に返る。
お母様も同じ表情で、僕らはつい顔を見合わせてしまう。
お互い、苦笑する。
そして、お母様は、
「何でもないですよ、ファナ」
優しく微笑み、可愛い娘を抱きあげる。
ギュッ
頬を寄せ、しっかりと抱擁。
腕の中の娘ちゃんも幸せそうだ。
僕と、お母様の友人2人も微笑む。
そんな風にして、穏やかな食事会は続いていく。
――やがて、日付けが変わり翌日、僕ら5人が王都へと向かう日がやって来た。




