054・邪竜の呪詛
(……待て待て)
落ち着け、僕。
不穏な文章を見てしまったけれど、ここは冷静に対処しようじゃないか。
1度、深呼吸。
(――うん)
僕は気を取り直す。
真眼君?
この『邪竜の呪詛』とは何か、教えてくれるかな?
(お願い)
心の中で手を合わせる。
すると、
ヒィン
【邪竜の呪詛】
・死して尚、この世に残る邪竜の怨念。
・魔物が低確率で汚染される。汚染された魔物は能力が強化され、より凶暴化する。
・一定数の怨念が溜まると、邪竜の幼生体が生まれる。
・世界に漂う女神の心が神聖なエネルギーとなり呪詛を浄化してきたが、3年前より神聖なエネルギーが低下したため、邪竜の呪詛が広がり始めた。
・神聖なエネルギーの低下の原因は、邪竜復活を望む者たちの暗躍である。
・邪竜復活の阻止のため、その者たちの排除、または汚染された魔物の駆除が推奨される。
(…………)
ああ……邪竜の復活。
うん、わかる。
世界の危機って奴だよね?
異世界の定番だ。
でも、うん……そういうの、僕、いらないんだよねぇ?
(あ、ああぁあ……)
知りたくもなかった世界の裏事情を知って、僕は両手で顔を押さえてしまう。
そんな僕に、美女2人も驚く。
「シンイチ君?」
「何よ、どうしたの?」
「えっと……」
僕は少し迷う。
2人は、僕の『目』を知っている。
でも、この場には、クレタの冒険者ギルド長と鑑定の眼鏡おじさんもいる。
なので、
「ごめんなさい、あの、2人に内密のお話が……」
「内密?」
「何よ?」
「その、僕の『目』関連で……」
ピトッ
僕は人差し指で、自分の目の下を触る。
2人は察してくれたようで、少し驚いたあと、頷いてくれた。
そして、アルタミナさんが無関係のおじさん2人に「報酬の分配で話し合いがしたいから、2人は少し席を外してもらえるかな?」と話しかけた。
王国トップ3の1人、『煌金級冒険者』のお願いだ。
彼らは、すぐに解体室を出てくれる。
ガチャン
重い金属扉が閉まる。
室内には、僕ら3人だけ。
(ふぅ……)
僕は息を吐く。
美女2人は、そんな僕を見る。
綺麗な赤毛の髪を手で払うと、レイアさんが自分の腰に片手を当てながら、
「――で?」
と、言った。
「人払いまでして、何の話?」
「何か、事情のある話なのかい?」
アルタミナさんも頷き、金色の瞳で僕を見つめる。
(……うん)
2人とも、ごめんね?
僕1人で抱えるには、重いのです。
なので、話させてください。
僕は2人を見つめ、
「あの、実は、この『魔力結晶石』で視えちゃったことなんですけど――」
と、隠すことなく事情を話した。
◇◇◇◇◇◇◇
2人は、驚いた顔をした。
数秒、半信半疑の表情で僕を見つめ、それから頷く。
「そうなんだ」
「それは困った話ね」
(え……?)
その反応に、僕の方が驚く。
えっと、
「信じて……くれるんですか?」
と、聞く。
彼女たちは顔を見合わせ、そして、僕に苦笑する。
「秘術の目の正しさを、私たちは見せられてきたからね。信じられない話でも信じてしまうよ」
「そうね」
レイアさんも頷き、
「だいたい、そんな噓を言うメリット、貴方にはないでしょう?」
「…………」
ない、けど……。
2人の信頼に、僕は戸惑う。
アルタミナさんはクスッと笑い、
「それにね?」
「?」
「出会って数日だけど、君が善良なのはわかってるからさ」
「……え?」
「何しろ、人とは一定の距離を保ち、あまり深入りしようとしないフィンが心を許してるんだよ? そんな君の言葉を疑いはしないさ」
「…………」
金色の瞳が、僕を見つめる。
彼女の隣で、赤毛のエルフさんも頷いていた。
(アルタミナさん、レイアさん……)
やば、嬉しい。
なんか目が潤むぞ……くそ。
ゴシゴシ
目元を袖で擦る。
2人は笑い、
「あとは、少し心当たりもあるからさ」
と、表情を戻した。
(心当たり?)
僕は目を丸くする。
少しだけ真剣な表情で、黒髪の美女は言う。
「確かにここ数年、魔物災害の被害が増えているんだよ。実際、私たちが頼まれる討伐依頼も増えててね」
「そうなんですか?」
「うん。毎年、右肩上がりさ」
「…………」
魔物の凶暴化、という奴か。
現場に出る現役トップの冒険者として、その実感があるらしい。
(そっか)
相棒のエルフさんも頷き、
「大陸各国には『邪竜信奉者』や『破滅主義者』もいるし、そういう集団も複数存在するの。だから、邪竜復活を望む馬鹿がいてもおかしくないのよ」
「…………」
マ、マジか。
(……異世界、恐るべし)
僕は青褪めちゃう。
そんな僕に、2人の美女は苦笑する。
そして、
「教えられた内容は、情報源を秘匿して国王様や教皇様に伝えておくよ」
(え?)
国王様? 教皇様?
驚く僕に、
「汚染された魔力結晶石の取り扱いも注意するよう、関係各機関に連絡してもらわないといけないしね」
「…………」
「色々対処してもらうから、ね?」
「う、うん」
僕は頷く。
子供を安心させようとする大人の顔で、当たり前のように話してくる。
ああ、うん。
目の前の女の人は、王国最上位の『煌金級』の冒険者だっけ。
(そっかぁ)
王様とか偉い人と話せるだけの地位と権力があるんだ?
凄いなぁ。
今更、僕は彼女の凄さを実感し始めたよ。
その相棒の美女は、
「汚染された魔力結晶石の浄化は、具体的にどうすればいいのかしら?」
と、僕に聞く。
あ、うん。
(えっと……)
僕は、自分の目に意識を集中する。
ヒィン
【浄化方法】
・浄化、解呪の魔法で可能。
・神殿で創る『聖水』を使用しても浄化できる。
・汚染の度合いにより浄化は難しくなるが、基本、赤黒い色が抜ければ問題なし。
(なるほど)
僕は頷き、2人にも伝える。
聞いた2人は、
「なら、魔力抽出時の通常処置で問題ないかな?」
「そうね」
と、安心した様子。
聞けば、魔力結晶石は魔物の体内にあるため、様々な毒素や不純物を除去するために、魔力の抽出時には浄化処置も行われているのだとか。
(へ~、それは安心だね?)
僕も感心する。
……うん。
2人に話して、よかった。
邪竜の復活なんて、起きない気がしてきたよ。
(そうだよね)
きっと、何とかなるなる。
不安を信じるより、希望を信じて生きてた方が楽しいし……よし、大丈夫って信じよう!
自分に言い聞かせ、ようやく心も軽くなる。
目の前では、2人の美女が色々と対策方法を話している。
(…………)
大人って頼もしいな。
僕も、彼女たちみたいになりたいなと思う。
…………。
やがて、ギルド長も戻り、僕らは冒険者ギルドから素材の買取代金を口座に入れてもらった。
クレフィーンさん含め、金額は4等分。
その額は、
(1人、3万2000リド……320万円!)
ひぇぇ。
僕の金銭感覚、おかしくなりそう。
ちなみに冒険者ギルドに運搬、解体費用を支払い、更に税金も引かれてこの金額である。
竜素材、凄い……。
ま、煌金級、白銀級のお2人は『いつも通り』って顔だったけどさ。
…………。
それも凄いよね……?
ともあれ、
「今回のクエスト報酬は、これで全額だよ。お疲れ様、シンイチ君」
「あ、はい」
茫然としていた僕は、何とか頷く。
そんな僕に、
クスッ
アルタミナさんは笑うと、手を伸ばして僕の髪をクシャクシャと撫でる。
(わ、わわ?)
少し慌てる。
レイアさんも、そんな僕を澄まして見つめ、
「あとは、フィンを待つだけね」
「あ……」
「戻ってきたら、5人で王都に向かいましょう?」
と、涼やかに微笑んだ。
僕も頷き、
「――うん!」
と、笑った。
やがて、僕らは冒険者ギルドをあとにすると、3人で宿屋への帰路に着く。
何事もなく日々は流れる。
そして、
――それから5日後の午後、クレフィーンさんたち母娘が無事、クレタの町へと戻ってきた。




