051・一時帰村
説得は成功した。
(よかった、よかった)
抱き合う母娘を見て、僕も安堵である。
友人2人も安心した表情で、それから僕の方に感謝の視線を送ってきた。
(いいえ~)
どういたしまして。
正直、詐欺師っぽい説得だったけど、でも、ま、嘘でも方便でも、クレフィーンさんたち母娘のためになるなら構わんでしょ?
その日の食事会は、それでお開き。
で、翌日だ。
「――私たちは1度、村へ帰ります」
(へ?)
早朝、僕の部屋を訪れたお母様。
突然、そんなことを言う。
驚いたけど、村を出るなら役場と村長に離村届を出さねばならないらしい。
(あ、なるほど)
無断で出る訳にはいかんのか。
あと、
「アレスの墓にも、最後にきちんとお参りしたいので……」
と、寂しげに微笑む。
(そっか)
僕も頷く。
だけど、彼女は青い瞳で僕を見つめ、
「そのあと、必ずシンイチ君の所に帰ります。なので……待っていてくれますか?」
「うん」
僕は頷き、
「待ってます」
と、笑った。
彼女は、眩しそうに僕を見る。
そして、美しい花が咲くように、嬉しそうに笑ってくれたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
その日の午前中に、クレフィーンさんたち母娘は乗合馬車に乗り、クレタの町を発った。
ガラガラ
遠ざかる馬車。
窓からは、金髪の母娘が見送る僕と友人2人に軽く手を振っていた。
(またね~)
ブンブン
僕らも手を振り返す。
ちなみに、往復8~10日かかるらしい。
(村、遠いのかな?)
と思ったら、
ヒィン
【レイシア草原の東の村】
・母娘の暮らす村。
・王国南部にある一般的な農耕地の小村の1つである。人口187人。
・距離、約350キロ。
(うえっ!?)
350キロ!?
東京から名古屋ぐらい……?
と、遠い~。
しかも、往復だから700キロ……こりゃ、大変な長旅だ。
(が、がんばれ~!)
思わず、振る手にも力が入っちゃうよ。
やがて、2人を乗せた乗合馬車は町の大門を抜け、見えなくなってしまった。
…………。
ちと、寂しい。
本当はね?
クレフィーンさんたち母娘が心配で、僕も一緒に村まで行こうかと思ったんだよ。
村を出るなんて言うと、また村人の反感買いそうでさ。
(……でも)
僕は男だ。
まだ15歳だけど、男なんだ。
もし未亡人のクレフィーンさんが男連れで村に戻り、村を出ると言ったら、どうなると思う?
だから、我慢したんだ。
……この判断、間違ってないよね?
(ね、真眼君?)
心の中で問う。
すると、
ヒィン
【真眼君の答え】
・貴方の判断は正当性が高い。
・もし同行すれば、余計、彼女の立場は悪くなっている。
・また、クレフィーン自身、村人に陰口を叩かれる自分の姿を貴方に見られるのは辛いことと思っている。
・優しく、良き判断。
(し、真眼く~ん……!)
ありがと、嬉しい。
心配だったので、最後の1行に僕は涙目になってしまう。
と、
「シンイチ君……?」
「何? 貴方、泣いてるの?」
お母様の友人2人がそれに気づく。
(え?)
何を勘違いしたのか、彼女たちは優しい顔で笑う。
黒髪の美女が、
ポン
と、僕の頭に手を置き、
「そんな顔をしなくても大丈夫だよ。フィンたちはちゃんとすぐ帰ってくるさ」
「う、うん」
「これも、君のおかげだよ」
「え?」
「ありがとう、彼女を説得してくれて」
「…………」
驚く僕に、黒髪のアルタミナさんは白い歯を見せる。
爽やか王子スマイル。
そして、
クシャクシャ
(わ?)
僕の髪が、少し乱暴に撫でられた。
目を丸くする僕に、黒髪の獣人さんはおかしそうに笑い、長い尻尾を揺らしながら手を離した。
呆気に取られていると、
ピン
(ふぐ?)
今度は、レイアさんの人差し指が僕の鼻を軽く弾く。
鼻を押さえながら、彼女を見る。
赤毛の美しいエルフさんは、
「フィンが戻るまで、私たちもこの町にいるわ。だから、寂しかったら遊んであげる」
「…………」
「いいわね、シンイチ?」
と、怜悧な美貌が、今は柔らかく笑う。
なんか、凄く綺麗。
アルタミナさんも優しい眼差しで僕を見ている。
(……うむ)
大人な美女2人に魅力的な微笑みを向けられて、僕、ドキドキしちゃうぞ?
でも……そっか。
2人とも上機嫌。
きっと、長年心配していた友人の決断が嬉しかったのだろう。
(うん)
僕も笑って、
「――はい、一緒にクレフィーンさんたちを待ちましょうね!」




