046・美女たちの詰問
「え……? わかったから……買った?」
金髪のクレフィーンお母様は、青い瞳を見開く。
驚きの表情だ。
(うむ)
美人は驚いても美人ですな。
眼福であります。
と思ったら、彼女だけでなく、黒髪の獣人さんと赤毛エルフさんも驚愕の眼差しで僕を見ていた。
(おや?)
皆さん、なかなかの反応だ。
そう思う僕に、
ガッ
(わっ?)
レイアさんが手を伸ばし、僕の襟元を掴む。
端正な顔が目の前に。
ち、近……っ。
ドキドキ
そんな僕を、薄紫色の瞳が至近距離から睨んでくる。
白い指に力が入り、
「ちょっと、それって貴方には『マトゥーンの魔法石版』と適合する魔力紋がわかるってこと!?」
「うぐぐ」
ち、ちと苦しぃ。
身体強化してるのに、力入り過ぎ~。
パンパン
ギブギブと手首を叩く。
でも、異世界人には通じません。
だけど、黒髪の友人が慌てて「こら、レイア」と、彼女を引き離した。
(ふ、ふぅ)
助かったぁ。
僕は安堵の息を吐く。
「大丈夫ですか、シンイチ君?」
「あ、うん」
心配そうなお母様に、僕は頷く。
なんとか笑って、
「うん、大丈夫です」
と、答える。
だけど、3人は、まだ僕を見てる。
微妙な圧力。
(……え~と)
その視線に負け、
「あ~、あのですね、魔力紋との適合だけじゃなくて、石板に秘められた古代魔法が何かもわかりますよ」
「…………」
「…………」
「…………」
僕の重ねた暴露に、3人の口が半開きだ。
(あら?)
なんか、可愛い。
雛鳥みたい。
そんな風に、年上の美女たちが放心する様子を、僕はしばし堪能させてもらったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
――お話があります。
3人にそう言われて、僕はクレフィーンお母様の背中から降ろされました。
周囲は、美しい森の景色。
そんな森の地面に、今、僕は正座中です……。
(な、なぜ……?)
と、思うけど、目の前に立つ3人の美女の雰囲気に何も言えません。
ジッ
3人の視線が怖いです。
アルタミナさんは複雑そうに、レイアさんは不機嫌そうに僕を見ている。
唯一、優しいクレフィーンお母様だけは、悪戯っ子を見るような困った表情だったけど……。
と、その時、
「はぁ」
と、黒髪の美女が嘆息した。
パタン パタン
細長い尻尾が揺れる。
獣耳もピクピク……と、感情の昂ぶりを感じさせる。
(…………)
僕は神妙な顔を維持。
そして、彼女が言う。
「シンイチ君、私は君を信じてる」
「は、はい」
「だから、さっきの言葉も嘘じゃないと思ってるよ?」
「……はい」
「でもね……だからこそ聞きたい。君は自分の言ったことがどういう意味を持つのか、理解しているかい?」
「…………」
意味……。
沈黙する僕に代わり、彼女が口を開く。
「約50万~500万リド」
「…………」
「一般的に、1人の人物が1つの古代魔法を覚えるのにかかると言われる費用だよ。王侯貴族だと、1億支払う人もいるらしいね?」
1億リドって、100億円?
(ほへぇ……お金持ちは凄いね)
僕は感心する。
だけど、
「多くの人が、人生をかける大金だ」
「…………」
「適合しなくて、結果、自死する人も大勢いる。それなのに君は、魔力紋が適合するかわかると言ったね」
「は、はい」
「適合率1%の確率を、君は100%にできると言ったんだよ」
ピリッ
肌が痺れる。
それぐらいの圧力。
彼女の後ろにいる赤毛のエルフさんが、冷たい表情で言う。
「しかも、まだ未解析の魔法石板が秘める未知の古代魔法が何かも、貴方はわかるのでしょう? ――その目でね」
「…………」
コクッ
僕は、正直に頷く。
途端、2人は大げさに嘆息する。
金髪のクレフィーンお母様が、心配そうに僕を見つめる。
そして、
「シンイチ君……もし、そのことを人に知られたらどうなると思いますか?」
と、聞いてくる。
あ~、うん……。
想像し、答える。
「え~と……多分、もし悪い人ならその人たちにどこかに監禁されて、一生、石板と睨めっこする人生……ですかね?」
「…………」
「…………」
「……何よ。わかってたの?」
3人は、意外そうな顔をした。
そりゃ、ね。
(それぐらいは想像しますよ)
不幸な異世界転生、転移の物語も多いし、実際の日本にも悪い人はたくさんいるんだし……ね?
レイアさんは頷き、
「そうね。手足切られて、鎖に繋がれて、地下牢にでも閉じ込められたまま自死もできない人生よ」
「…………」
お、おう……。
想像以上に、凄惨かも?
表情が強張る僕に、
「脅しじゃなく、実際に王侯貴族はそういうことをするんだよ」
と、黒髪の美女も言う。
マジな顔。
(そ、そうですかぁ)
やはり、異世界。
日本より人権意識は低く、特権階級の横暴は強そうですね。
すると、
「そうした危険がわかっていながら、シンイチ君はなぜそのことを話したのですか?」
と、金髪のお母様に聞かれる。
え……?
友人の2人も、僕を見る。
僕はキョトンとしながら、素直に答えた。
「――だって、クレフィーンさんたちだから。クレフィーンさんたちになら、別に話しても大丈夫でしょ?」
と、本心を伝える。
途端、3人は目を見開き、意表を衝かれた顔をした。
(???)
なぜに?
僕は言う。
「他の人なら話しませんよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「僕は、3人だから話したんです。当たり前でしょ?」
真っ直ぐ彼女たちを見つめる。
ジッ
すると、僕の視線に3人とも落ち着きがなくなり、自分の髪を触ったりする。
レイアさんが唇を尖らせ、
「……まだ会って数日でしょ? なぜ、そこまで私たちを信頼してるのよ」
と、不満そうに言う。
(ええ……?)
僕は呆れ、答える。
「むしろ、その数日、1度も信頼されないような行動してないでしょ? 逆になんで、信頼されないと思ってるんですか?」
「…………」
「それに――」
チラッ
僕は、視線を動かす。
その先にいるのは、金髪の美しい女冒険者クレフィーン・ナイドさん。
目が合い、彼女は青い瞳を見開く。
僕は頷き、
「クレフィーンさんが信じる友人なら、僕も信じます」
と、笑って言った。
金髪のお母様は「シンイチ君……」と呟く。
2人も彼女を見る。
アルタミナさんが、
「よく、フィンをそこまで信じるね?」
「だって、ファナちゃんをあんな天使に育てられるお母様が、悪い人な訳ないでしょ?」
「……あは」
僕の答えに、彼女の表情が崩れた。
自分のお腹を押さえながら「あははっ、それもそうか」とおかしそうに笑い出す。
レイアさんも苦笑。
金髪の友人を見ながら、
「ま、そうね」
「レイア……」
「ふふっ、フィンの人徳か。納得だわ」
「…………」
お母様は複雑そうだ。
僕を見る。
少し拗ねたように、
「もし魔が差して、私が誰かに話したらどうするんです?」
(ええ……?)
僕は考える。
「何か想像できないですが……」
「…………」
「でも、その時は、きっとクレフィーンさんにも何か事情があったんだなと思いながら、悪い人に捕まる前に秘術の目を使って、どこか別の国にでも逃げますよ」
「あ……」
「でも、信じてますけど」
ニコッ
僕は、彼女に笑った。
クレフィーンさんは青い瞳を潤ませ、何とも言えない表情をしている。
友人2人も苦笑する。
ポン ポン
と、彼女の両肩を叩いた。
(…………)
そんな3人の美女を、僕は見つめる。
ヒィン
【3人の信頼】
・貴方が信じたことで、3人とも他言しないことを固く決意した模様。
・秘密の保持率、100/100。
・今後、変動の可能性はあり。
(うん)
僕は内心で頷く。
僕が信じたことで、3人にも僕を信じてもらえたのかな、と思う。
変動は、ね?
ま、人間だし仕方ない。
でも今後、僕が3人に信頼されないようなことしなければ、うん、大丈夫でしょう。
(自分の心がけ次第)
と、思います。
で、僕は目の前の美女たちに言う。
「……ところで、あの、そろそろ足が痺れてきたので立ってもいいでしょうか……?」
と、恐る恐るお伺い。
3人の美女は顔を見合わせる。
吹き出すように笑い、
「ああ、そうだね」
「いいわよ」
「ええ、ごめんなさいね、シンイチ君」
と許可が下る。
(ふぅ)
僕は立ち上がる。
軽く足をプラプラさせ……よし、大丈夫。
そして、
「じゃあ、ファナちゃんも待っているし、早く帰りましょう」
と、言う。
それに3人も笑顔で頷く。
――そうして僕らは、金髪の天使ちゃんが待つ町への帰路を急いだんだ。
ご覧頂き、ありがとうございました。
次回は、明日19時頃を予定しています。どうぞよろしくお願いします。




