044・竜殺しの少年〈※アルタミナ視点〉
(――驚いたなぁ)
私の目の前には、頭部が四散した『深緑の大角竜』の死体が倒れていた。
骨の見える傷口からは、
ジクジク
今も紫色の血が流れ、沼地の水面に広がっていく。
そんな私の後ろでは、レイアが「大丈夫、フィン!?」と友人の両肩を押さえ、その安否を問いかけていた。
友人……私の義妹のような存在、クレフィーン。
その彼女は、
「ええ、大丈夫です」
と、淡く微笑む。
そんな彼女の腕の中には、意識のない黒髪黒目の少年が抱かれていた。
シンイチ君だ。
彼は、完全に気を失っている。
急な体内魔力の消耗で、相当、脳に負荷がかかったのだろう。
(無理もない……か)
彼は使ったのだ。
――古代魔法を、2度も。
薄れゆく水蒸気の中、私とレイアは、竜を貫く『黒い石の槍』をはっきり目にしていた。
あの、忘れられない光景を。
私は、目の前の死体をもう1度、見上げる。
首なしの深緑の大角竜。
(参ったね)
私は、嘆息する。
あの時、私とレイアは水蒸気によって完全にフィンの位置を見失っていた。
そんな中、シンイチ君はたった1人、秘術の目でフィンの位置を把握して、彼女のピンチに駆けつけ、その命を守ってくれたのだ。
もし、彼がいなければ……。
(…………)
フルフル
その想像に、私は小さく首を振る。
彼を見る。
義妹の恩人は、あどけない寝顔を見せている。
それに私は苦笑する。
しかし、
(大したものだよ)
彼が使ったのは、尖った岩を射出する魔法だった。
貫通力も高そうで……。
けど、それでも竜の鱗は頑強で、普通、古代魔法でも簡単には貫けない。
ただ彼は、竜の口内に魔法を放った。
故意か、偶然か、わからないけれど、さすがの深緑の大角竜も体内の強度はそこまでなかったのだろう。
だから、貫通することができたんだ。
「……ふっ」
私は小さく笑う。
まだ幼さも残る異国の少年。
でも、
(竜殺し……か)
この国でいったい何人、その称号を持てる人物がいるのかな?
私は、その少年を見つめる。
彼は、いまだフィンに抱かれていた。
と、その時、
「シンイチ君……」
ギュッ
彼を抱きしめ、フィンが呟く。
……ん?
腕の中の少年を見る眼差しは、熱く潤み、その頬は赤味を帯びている。
(…………)
彼女のあんな表情は、久しぶりに見るね。
私は少し驚き、苦笑する。
そして、
チャポッ
沼の水を踏み分け、3人に近づく。
「フィン」
「あ……」
「怪我はない?」
「はい、シンイチ君が守ってくれたので……」
「そう」
私は頷く。
フィンは、心配そうに彼を見ている。
すると、レイアが私を見て、
「驚いたわね」
と、小声で言う。
(ん?)
「この子、古代魔法も使ったわ。例の『秘術の目』といい、『古代魔法』といい、いったい何個、奥の手を隠してるのかしら?」
「うん、そうだね」
私は同意し、
「本当、面白い子だよ」
と、笑った。
そんな私の物言いに、レイアは呆れた顔をする。
(ふふっ)
でも、興味深いじゃないか。
それにレイアだって、男嫌いの癖に彼のことは不思議と気にしているだろう?
もう1度、彼を見る。
可愛い寝顔だ。
でも、起きる気配は全くなく、回復までもう少しかかりそうかな?
(……うん)
私は頷き、仲間2人を見る。
そして、
「目的も果たしたし、まずは町へ報告に帰ろうか」
「あ、はい」
「そうね」
「フィン、立てるかい? シンイチ君は私が背負うよ」
「いえ」
長い髪を揺らし、フィンは首を振る。
ギュッ
少年を抱きしめ、
「――この子は、私が運びます」
彼の顔を見つめて、はっきりと言う。
私は、目を瞬く。
そして、苦笑する。
もう1人の友人を見れば、彼女も肩を竦めてくる。
私は、再びフィンを見る。
「そうかい? じゃあ、任せるよ」
「はい」
フィンも頷いた。
そして、意識のない黒髪の少年を背負い、立ち上がる。
彼を見る眼差しは、
(……うん)
ただの知り合いや友人に向けるようなものとは少し違っている。
自覚はあるのかな?
いや、これ以上は、何も言うまい。
(全く……)
私は眠る彼を見る。
ねぇ、シンイチ君?
君がフィンを助けてくれたことは感謝するよ。
だけど、私の義妹は頑固で一途で、そして、大人しく見えて意外と情熱を秘めた女なんだよ?
だから、
(――覚悟しておいた方がいいかもね?)
と、私は自分の尻尾を揺らしながら、クスクスと笑った。




