043・絶対、助ける!
(クレフィーンさんに死が……?)
その赤文字に、僕は唖然。
だけど、
ジャバッ
同時に、僕の足は水を蹴散らしながら走り出していた。
だって、真眼の情報だ。
今まで1度だって、外れたことがない。
なら、
(嘘だろ!?)
と、心の中で叫びながら、彼女に死が迫っているのは真実だと確信する。
バシャッ バシャッ
必死に走る。
身体強化された足でも、太腿まである水の中を走るのは大変だ。
急げ、急げ。
アルタミナさんの待機命令も、今は無視。
うん、忘れた。
視線の先では、3人の女冒険者と深緑の大角竜の戦闘が続いていた。
負傷した竜。
3人は、動きの鈍った相手に優勢に立ち回る。
勝利も間近――そう思える。
……なのに?
このままだと、クレフィーンさんが死ぬの?
(どういうことだよ、真眼君!?)
僕は心の中で問う。
すると、
ヒィン
正面、空中に文字が見えた。
【竜の覚悟】
・深緑の大角竜は、不利な現状の打開を模索中。
・戦いの中、3人の中で1番弱い個体がクレフィーン・ナイドだと気づいた。
・同じく、自身の最大の武器である火炎ブレスを防ぐ個体も彼女だと気づいた。
・彼女を排除すれば、現状の打開は可能と判断。
・最優先での殺戮を決断。
・困難と知りつつ、死中に活を得るため、全身全霊の覚悟で挑もうとしている。
(……っ)
あの竜も必死なのだ。
生きるため、最後の賭けに出る気なのだ。
そして、
ヒィン
【クレフィーン・ナイドの死亡率】
・現状の確率、91/100。
(9割以上!?)
何だそりゃ!?
僕は愕然となり、血の気が引く。
けれど、
ヒィン
【生存の可能性】
・桐山真一の行動次第で、クレフィーン・ナイドの生命は助けられる。
(!)
ぬああっ!
絶対、絶対助けるぅ!
だって、そうじゃん。
クレフィーンお母様が死んだら、残された天使ちゃん、どうするんだよ!?
どう説明すんだよ!?
(無理無理無理!)
その時の顔、絶対見たくない。
平和大国の日本で甘やかされて育った平凡な高校生(入学前だけど)に、そんな状況、耐えられるかぁ!
バシャッ バシャッ
僕は、必死で足を動かす。
前方の3人を見る。
その中の1人、金髪の美しい女冒険者を。
(――絶対、助ける!)
心の中で絶叫し、
タン
水面上に生えた近くの岩を蹴って、彼女の方へと跳躍した。
◇◇◇◇◇◇◇
~クレフィーン視点~
「――!」
状況の変化に、私は気づきました。
これは、
(……私が狙われている?)
少し前から、あの竜の攻撃が私1人に集中し始めました。
他2人には、見向きもしません。
ガィン ギィン
迫る巨大な牙を、爪を、私は剣で受け流します。
(なるほど)
どうやら1人ずつ、確実に仕留めるつもりのようですね。
長く戦場から遠ざかっていた私が、3人の中で1番倒し易いと判断されたのでしょう。
無理もありません。
確かに、戦いの勘は鈍っているでしょう。
ですが、
(舐められたものですね)
私は内心、苦笑します。
私に集中する分、他の2人は戦い易くなる。
ならば、
ヒュッ キィン バシャン
私は防御、回避に専念し、竜の意識を引きつけながら、仲間に攻撃を任せます。
狙い通り、
ドシュッ
レイアの矢が竜の眼球の1つを貫き、
ガシュン
アルタミナの戦斧が負傷した胸部の鱗の奥の肉を、更に抉りました。
けれど、
(……?)
深緑の大角竜は止まりません。
どれだけ2人に攻撃されようと、私だけを執拗に狙い続けてきます。
なぜ……?
不可解な行動に、嫌な予感がしました。
ですが、
(いえ、何を狙おうと、このまま倒し切れば……)
問題はないはず。
そう思った時でした。
ボコン
竜の太い喉が、大きく膨らみます。
――火炎ブレス。
察した私は、それを相殺するため、左手で剣を持ち、右手を竜の頭部に向けました。
手の甲に魔法陣を光らせ、
「――白き炎霊」
ボパァン
古代魔法の純白の炎を放ちました。
ですが、
(!?)
竜は私ではなく、足元の水面に火炎ブレスを放ちました。
ボパァアン
水面が沸騰し、盛大な水蒸気が広がります。
(な……っ?)
一瞬で、視界が真っ白になりました。
深緑の大角竜も、アルタミナも、レイアも、完全に見失います。
彼女たちも同様の状況でしょう。
そして、
バシャン
「……ぁ」
咄嗟の状況に対応できず、立ち尽くしていた私の前に、巨大な竜の顔が現れました。
2人ならば、すぐに移動したでしょう。
ですが、私は……。
(ああ……本当に鈍っている)
そう自覚します。
深緑の大角竜の頭部は、私の『白き炎霊』に焼かれ、酷く爛れていました。
眼球も水分が蒸発し、白く濁っています。
ですが、闘争心と殺意は変わらず、
グパァ……ッ
その巨大な牙の生えた口は、限界まで開きながら、私に迫っていました。
防御も、回避も、もう間に合いません。
ファナ……。
あなた……。
私の脳裏に、2人の顔が浮かびました。
あの人に再会できる暗い喜びと、それ以上に、幼い娘1人を残してしまう後悔が胸を埋め尽くしました。
(ああ……)
絶望が心を満たします。
全身の力が抜け、
ガバッ
(!?)
そんな私の身体を誰かが抱きしめ、後ろに引っ張りました。
間近に見える顔は、
(……え?)
黒髪黒目の異国の少年です。
――シンイチ君?
彼は今にも泣き出しそうな必死な顔で、私を庇うように抱きしめながら、右手を竜の口へと伸ばしました。
息を吸い、そして、
「――土霊の岩槍!」
◇◇◇◇◇◇◇
~シンイチ視点~
「――土霊の岩槍!」
全力で僕は叫んだ。
同時に、竜の口に突っ込んだ右手の甲に光る文字列が浮かび、
ジジ……ドンッ
黒曜石みたいな石の槍が射出される。
直後、ゴン……と鈍く重い音が竜の口内から聞こえ、その巨大な頭部が後方へと弾かれた。
そして、僕は、
バシャン
(ぐへっ……!)
引っ張ったクレフィーンさんごと、後ろの水面に尻もちをつく。
ひゃあ、お尻冷たい!
なんて場合でもなくて……。
僕の腕の中には、今、無事な彼女がいる。
僕に背後から左腕1本で抱かれる形で、綺麗な金髪が僕の頬にも押し当てられている状況だ。
なんか、サラサラでいい匂い。
(じゃなくて!)
クレフィーンお母様は、僕を呆然と見ている。
……うん。
間に合った!
うおお……よかった!
本当に、あと3秒遅かったら間に合わなかったぞ。
ギリギリだぁ……。
安心した僕は、力が抜けて笑ってしまう。
途端、
「……っ」
それを見た彼女は、身を固くする。
ん? 何?
何だか頬が赤くなって、青い瞳も熱く潤んでいるような……?
と、その時、
ヒィン
【警告】
・深緑の大角竜は、まだ活動中。
・前を見るべし。
(!)
赤文字の警告。
僕は慌てて、前を見る。
水蒸気に半分隠れた沼地の中、巨大な深緑色の竜がそこにそびえていた。
でも、
(……あれ?)
その口内からは大量の血が溢れ、よく見たら、喉の奥から反対側の青い空が見えている。
え……。
コイツ、喉の奥から後頭部まで穴が開いてるぞ。
多分、『土霊の岩槍』で。
だけど、
グ……ググッ
(う、動いた!)
その口が震え、喉がボコンと膨らむ。
何だ、コイツ!?
驚き、同時に何となく理解した。
意識はない。
多分、頭部の穴も致命傷。
だけど、強靭な生命力と凄まじい闘争本能が、死の最後の瞬間まで、肉体を動かしているのだろう。
これが、竜。
これぞ、竜。
喉の膨らみが輝き、それは、開いた口の奥にも光となって溢れる。
ボッ ボボッ
漏れる炎の揺らめき。
(…………)
ああ、凄ぇ。
これが、異世界。
冒険って奴なんだ?
胸の奥に、熱い何かが生まれ、僕も静かに右手を上げる。
1日2発。
これが、僕の全力だ。
誇り高い『深緑の大角竜』を見つめ、
「――土霊の岩槍」
静かに告げる。
生み出され、射出された黒曜石みたいな石の槍は、再び竜の口内へ。
内部に溜まった炎と接触し、
ドパァアアン
魔力的な何かが反応したのか、盛大な爆発が巻き起こった。
竜の頭部は四散。
血と肉片がバラバラと、雨みたいに降ってくる。
(うは……)
骨か鱗か、硬い物も混じっている。
バシャ バシャ
沼地の水面に何度も波紋が広がり……やがて、それも消える。
最後に、
バシャン
頭のない巨大な竜の胴体が水面に倒れ、大きな波を起こした。
その姿を見つめ、
ヒィン
【深緑の大角竜】
・死亡している。
「…………」
真眼の表示に、僕は目を閉じる。
ふぅ……。
大きく息を吐き、
クラッ
(あれ?)
突然、眩暈がした。
風呂場で急に立ち上がった時のような、貧血みたいな感覚で、意識が遠くなる。
え、何だ?
気づいた金髪のお母様が、
「シンイチ君!?」
慌てたように、倒れる僕を抱きしめた。
僕は狭まる視界で、自分の右手を見る。
すると、
ヒィン
【桐山真一】
・魔力の枯渇状態。
・全魔力を消費し、体内の魔素が欠乏している。
・脳内の魔素も減ったため、一時的に意識を喪失しようとしている。
・命の危険なし。
ああ……うん。
(土霊の岩槍、2発分の反動か)
そっかぁ。
でも、命の危険がないならいいや。
気づけば、音が聞こえない。
ただ、晴れていく水蒸気の中、こちらに駆け寄ってくるアルタミナさん、レイアさん2人の姿も見えた。
そして、すぐ目の前には、
「―――、――」
心配そうなクレフィーンさんの顔がある。
……美人だねぇ。
なんか、安心する。
こぼれ落ちてくる長い金色の髪に頬を撫でられながら、僕は小さく笑った。
そのまま、目を閉じて……。
…………。
…………。
…………。
――僕は、意識を失った。




