041・出現、深緑の大角竜!
森の中を歩いていると、
チャポッ
突然、冒険用の僕の防水靴が水溜まりを踏んだ。
(お……?)
草地の地面には所々に水が滲み出している。
グニッ
足元は、泥のような感触。
一見、草原のような大地にはまばらに大木がそびえ、遠く正面には青空を映す水面が広がっていた。
湖……?
ああ、そうか。
(ここが、北東の森の沼地か)
そう僕は気づく。
と同時に、
ヒィン
【北東の森の沼地】
・平均水深、約1メートルの沼地。最深部は約3メートル。
・周囲は約6キロ。
・多種多様な水棲生物が生息し、また多くの地上生物の水飲み場ともなっている。
・水底は泥状で動き辛い。
との表示。
(ふぅん?)
見た感じは、普通の湖みたい。
ただ水深は浅いし、水面には大きな岩や樹木、背の高い水草が生えていて、視界を遮る物も多い。
その死角のどこかに、深緑の大角竜も隠れてるのだろうか?
足元は、水と泥。
人間が戦うには不向きな環境だろうし。
……うん、少し怖いぞ。
ドキドキ
なんか、緊張する。
3人は、足首まで水に浸しながら沼地の方に進む。
僕も続く。
チャポ チャポ
小さな水音が静かに響く。
少しずつ、水深は深くなっていく感じ。
と、その時、
「――待って。探知魔法に引っかかったわ」
レイアさんが言い、足を止めた。
2人も止まる。
(おっと?)
僕も慌てて、出しかけた足を停止させた。
水面を渡る風に赤毛の髪をなびかせながら、美人エルフさんは薄紫色の瞳を細める。
その視線を追いかける。
えっと、
(あっち……?)
何もない水面が見える。
そして、
ヒィン
真眼が発動した。
【深緑の大角竜】
・待ち伏せ中。
・巨体の大半を沼底の泥に沈め、貴方たちの接近を待っている。
・水面に鼻先が見える。
・距離、約300メートル。
(へ……?)
慌てて、目を凝らす。
水面上に、灰色の岩が出ている。
その遠い岩の上に、真眼の見せる文字が浮かんでいた。
……嘘だろ?
(あれが、竜の鼻先?)
全然、わかんなかった。
このまま知らずに近づいたら、僕らはバクン……ってされてた訳か。
……ひぇぇ。
背筋が震えちゃうよ。
レイアさんは、
「あの辺の水中にいるみたいね」
と、結構アバウトな感じで、竜の位置を仲間2人に伝えている。
2人も目を凝らし、
「あの岩の近くかい?」
「それほど、水深が深くは見えないですが……」
と、呟く。
(あ……)
3人とも、あれ、ただの岩だと思ってる?
僕は慌てて、
ギュッ
目の前のクレフィーンさんの手を掴んだ。
彼女は驚き、
「シンイチ君?」
「岩じゃない」
「え?」
「あれ、竜の鼻。水底の泥に潜りながら、僕らを待ち伏せてる」
と、僕は伝えた。
彼女は青い目を丸くし、僕を見つめる。
ジッ
僕も見つめ返した。
理解してもらえたのか、彼女は真剣な表情で頷いた。
綺麗な金髪もサラッと揺れる。
他の2人にも聞こえていたようで、
「泥の中かい?」
「驚いた。今回の竜は、相当、頭がいいのね」
と、言う。
クレフィーンさんが僕に微笑む。
「教えてくれてありがとう、シンイチ君。おかげで、無駄な奇襲を受けないで済みそうです」
「うん」
よかった、と僕も笑う。
そして、
(ありがとう、真眼君……!)
と、我が目にも感謝。
3人は僕が教えた岩――竜の鼻先を見る。
シャリン
背中の荷物を地面に降ろし、クレフィーンさんが幅広の両刃剣を抜く。
美しい刃が陽光に輝く。
同じように他2人も荷物を捨て、アルタミナさんは大きな戦斧を、レイアさんは大弓をその手に握る。
全員、武器を用意した。
空気が変わる。
ゴクッ
その圧力に、僕は唾を飲む。
前を見たまま、
「――これから戦闘に入る」
と、黒髪の『煌金級の冒険者』が告げた。
重く、静かな声。
そして、
「レイア、初手は任せたよ」
「ええ」
「そのあと、フィンは私と前へ。2人で接近戦を挑むよ」
「はい、わかりました」
「シンイチ君は、この位置から前には出ないように。万が一の時は、この場から1人で離脱するんだ」
え……?
万が一って、
(3人が負けた時ってこと?)
僕は驚く。
だけど、
「――いいね?」
彼女は、静かに言葉を重ねる。
逆らうことを許さない、強者からの絶対命令の響き。
でも、そこに戦士としての矜持と優しさも感じる。
……うん。
コクッ
「わかりました」
僕は頷いた。
頷かないと、多分、3人も安心して戦えない。
だけど、
「でも、1人ぼっちの帰り道は寂しくて泣いちゃうので、絶対、一緒に帰りましょうね?」
と、言う。
前を向いたまま、3人の美女は笑った。
「わかったよ」
「そうね」
「ええ、一緒に帰りましょう」
そう答えてくれる。
そして、また表情を引き締め、
「――よし、戦闘開始」
黒髪の美しい冒険者が開戦の号令を告げた。
◇◇◇◇◇◇◇
3人は、沼地へと歩いていく。
ジャポッ
水深が増え、彼女たちの膝上までが水に浸かる。
僕からは約200メートル先、岩みたいな竜の鼻先まで約100メートルの位置で、3人の女冒険者の歩みは止まった。
と、前衛の2人だけが数歩前へ。
2人の間の後方で、
バシャッ
レイアさんは片膝をつき、腰の矢筒から矢を抜くと大弓を構える。
(なんか、綺麗……)
その美しい構えに、少し見惚れてしまう。
ギ……ギッ
大弓は大きくしなり、停止する。
次の瞬間、
ボッ
空気を裂くように、巨大な矢が射出された。
放物線ではなく、ほぼ直線の軌道――もしかして、魔法の力かな? と、推測。
そして、
ガギャアン
巨大な矢は、岩に命中した。
激しい音と火花が散り、矢が弾け飛ぶ。
一見、ただの岩にぶつかり、矢が弾けただけに見えた。
けれど、3秒後、
ゴゴ……ッ
岩が動き、
ザパァアアッ
沼の水を落としながら、巨大な生き物が水面上に現れた。
(おお……っ!)
僕は、目を瞠る。
――怪獣だ。
いや、本当に!
濃い緑色の岩みたいな外皮をした4つ足の化け物だ。
体長20メートル。
体高も5メートル以上ある。
黄色い眼球は、左右に2つずつ、計4つ。
1番の特徴は、蜥蜴に似た顔の額部分から前方に伸びる1本の太い角だ。
まるで、電柱。
しかも、先端が細く、刺突槍みたい。
(怖……っ)
あんなのに突進されて突き刺さったら、現代日本の家とかでも普通に粉々にされるぞ。
ああ、うん。
マジ、恐竜。
300メートル離れてるのに、全然、安心感がない。
ゾクゾク
背筋が痺れる。
3人とも、あんな近いのに怖くないのかな?
本当、凄い。
そして、先の作戦通り、
バシャッ
身体強化の力で水を蹴散らして、金と黒の髪の美女たちが竜へと走り出した。
レイアさんは、第2射の用意に入る。
(か、勝てるよね?)
僕の中で、不安と心配が混ざる。
と、その時、
ヒィン
【深緑の大角竜】
・森林に棲む竜種。
・推定150歳以上の成体の雄である。
・約15トンの巨体で相手を圧倒し、刺突角で殺傷する危険な生物である。
・頑丈な鱗は、大抵の剣などの刃を通さない。
・対魔性能も高い。
・口内から広範囲への火炎を噴ける。
・戦闘力、1100。
(……強っ!)
なんちゅう生き物だ。
生きる戦車とか、そんな感じ?
しかも、あの巨体だけでも脅威なのに、炎まで吐けるって反則じゃないか。
(…………)
に、人間の勝てる相手じゃねぇ。
いや、普通にさ。
現代日本の自衛隊3人が、銃とか持ってても勝てる気しないよ。
え……?
(クレフィーンさんたち、大丈夫なの?)
本当に心配。
しかも、
『戦闘力、1100』
今まで見た中で、1番高い数値。
3人で1番高いアルタミナさんでさえ『540』しかない。
他2人、クレフィーンさんの『320』、レイアさんの『370』も足せば、合計1230だけど……。
1人1人は、半分以下の数値。
王国トップ3の冒険者も、1人じゃ敵わない。
(それが……竜)
ゴクッ
僕は唾を飲む。
なるほど、『異世界の最強生物』なんて定番がある訳だ。
(やば過ぎだよ)
もちろん、戦闘力は目安だけどさ。
でも、ね?
ギュッ
僕は両手を握り、
(頼むよ、3人とも無事に勝ってくれ……!)
と、必死に祈る。
その先で、
『――ギャオオオン!』
深緑色の怪物は、自分に迫る人族の女たちに向け、大きく咆哮を放った。




