004・金髪の母娘(未亡人と天使)
(――あ。あれか)
ようやく見えた。
街道の真ん中に、1台の馬車が停車している。
そして、馬車の周囲では、3人の人間と10頭ほどの黒い狼みたいな生き物が戦っていた。
狼には、角が生えている。
ヒィン
【ダークウルフ】
・狼系の魔物。
・集団で狩りをする習性がある。
・頭部の角による突進は、要注意。
・戦闘力30~50。
(なるほど?)
僕は、情報を吟味する。
あれが、魔物。
だけど、読んだ感じは、多分、角の生えた狼の認識でいいのだろう。
戦闘力は、
(危険度の目安かな?)
と、判断する。
魔物の群れは、馬車を取り囲む。
狙われる馬車は、10人乗りぐらいの大きさだ。
車内には、乗客もいる。
4頭引きの馬車で、
(あ……)
その内の1頭が倒れていた。
ヒィン
【馬】
・死亡している。
との表示。
なるほど、だから立ち往生してるのか。
そんな動けない馬車を守るように、3人の人間が魔物相手に武器を振るっていた。
3人の内、1人は、
(女の人だ)
と、少し驚く。
2人の男の人は、御者っぽい。
剣を握っているけど、あまり扱いに慣れていない様に見える。
ヒィン
(ふむ……?)
2人の頭上には、【馬車ギルドの御者】と表示される。
戦闘力は、20と25。
……魔物より低い。
次に、女の人を見る。
金髪の美人なお姉さんだ。
白色の金属鎧を身に着け、幅広の両刃剣を持っている。
むしろ、御者さんより戦い慣れてる感じで、
ヒィン
彼女の頭上にも文字が浮かぶ。
(――お?)
僕は、またも驚いた。
【クレフィーン・ナイド】
・人間、女、27歳。
・冒険者ギルド所属、白銀級の冒険者。
・夫を亡くした未亡人。幼い娘が1人いる。
・戦闘力320。
との表示。
(冒険者……!)
異世界の代表的な職業の人……しかも、子持ちの未亡人さんだって!?
戦闘力も320。
ずいぶん、高い。
だけど……う~ん?
戦局は、あまりよろしくないように見える。
彼女1人なら、問題ない。
だけど、馬車と御者2人を守りながら戦っている感じで、凄く大変そうだ。
狼の数も多い。
仮に1頭が30~50として、10頭で単純に300~500の戦闘力。
勝てるか、微妙……?
と、その時、
バキッ
3人の隙を突き、魔物の1頭が馬車の扉を角で突き破った。
(あ、やばっ)
乗客の悲鳴があがる。
魔物が中に入り、小さな女の子を1人、引き摺りだした。
あの女冒険者さんが気づき、
「ファナ!?」
と、叫ぶ。
女の子も「お、お母様ぁ!」と涙目で手を伸ばした。
女冒険者さんが駆け寄る。
けど、間に合わない。
ダッ
その狼の魔物は、女の子を咥えたまま走りだした。
……僕のいる方に。
…………。
……え?
(こ、こっちに来たぁ!?)
◇◇◇◇◇◇◇
僕は、焦る。
なぜか狼の魔物は一直線に、僕の方に走ってくる。
に、逃げなきゃ……!
咄嗟に思った。
だけど、
(――そうしたら、あの子が死ぬぞ)
同時に、理性が訴える。
ええいっ!
目の前で殺されそうな子供を見捨てるような教育を、僕ら日本人は受けていないのだ。
ガチャッ
僕は、折れた剣を構える。
落ち着け。
迫る魔物を見据える。
ヒィン
【獲物を捕らえたダークウルフ】
・メス、7歳。
・人間の幼児を捕獲し、移動中。安全な場所で、生きたまま仲間と捕食するつもり。
・時速50キロで走っている。
・貴方に気づいている。
・貴方の右横を走り抜けるつもりでいる。
集中したせいか、文字が色々と見えた。
(……5項目目!)
僕は、覚悟を決める。
魔物が迫る。
このままだと、頭部に生えた角が僕に刺さるだろう。
だけど、
(信じるぞ、真眼!)
僕は、その場から動かない。
狼の魔物は、僕にぶつかろうと迫り――けれど直前で、僕の右側に進路を変える。
同時に僕は、
「んっ!」
折れた剣を横に突き出した。
ザキュッ
柄を握る両手に、重い手応え。
魔物の首に刺さった折れた剣の刃は、突進の勢いのまま、その腹部まで斬り裂いていた。
ブシャアッ
紫色の血が噴き出す。
魔物が地面に倒れる。
女の子もその口から解放されて、地面に転がる。
僕は振り返り、
ヒィン
【ダークウルフ】
・死亡している。
(やった……!)
生き物を殺した罪悪感はあったけど、興奮が上回った。
少し手が震える。
あ……。
(そうだ、女の子は?)
我に返った僕は、地面に落ちた女の子の方に駆け寄る。
女の子は、呆然としていた。
柔らかそうな金髪と青い瞳。
10歳ぐらいの子で、
(天使か……?)
と、思うぐらいに可愛い。
ヒィン
【ファナ・ナイド】
・人間、女、9歳。
・父親を亡くし、母親と2人暮らし。母が大好き。
・現在、状況の変化に混乱中。
・旅服のおかげで、無傷。
(無傷……)
よかった。
僕は、ホッと息を吐く。
と、幼女は、自分を見つめる僕にようやく気づいた。
青い瞳が僕を見る。
僕は笑って、
「大丈夫?」
と、聞いた。
幼女――ファナちゃんは、目を見開く。
「あ、う」
コクコク
何度も頷く。
その頬がほんのり赤くなっていくのは、助かった安心で血流が良くなったからかな。
などと思っていると、
「――ファナ、大丈夫ですか!」
馬車の方から、女冒険者さんが娘の安否を心配して叫んだ。
娘さんの方も、
「へ、平気……!」
と、大きな声で返した。
お母様は、ホッと安心した顔。
だけど、
バキン ガツン
1頭失ったけど、まだ魔物の群れとは交戦中である。
戦局も不利なまま。
(う~ん?)
何か、打開策はないかな。
と思った時、
ヒィン
(ん……?)
馬車から少し離れた草原部分に、文字が浮かんだ。
【ダークウルフのボス】
・オス、18歳。
・群れの統率個体。
・現在、草むらに潜伏中。
・俯瞰した位置から戦場を眺め、高周波音で仲間に指示を出している。
・戦闘力80。
(は……?)
あの草の茂みに、魔物のボス個体がいるだと……?
ジッと見てみる。
けど、わからん。
だけど、僕は『真眼』を信じて、
「――その草むらに、群れのボスがいる!」
ビシッ
と、指差した。
女冒険者さんは驚いた顔をする。
けど、すぐに険しい表情で僕が示した草むらを振り返った。
左手を剣から離し、
ボワッ
その手のひらに、白い炎が浮かぶ。
(お……魔法?)
驚いた直後、
ボパァン
真っ白な炎の奔流が、その草むらを焼き尽くした。
同時に、
(――あ)
悲鳴をあげて、他より大きな狼が飛び出した。
本当にいた。
真っ白な炎に焼かれながら、魔物はのたうち回り、やがて動きが鈍くなる。
次の瞬間、
ザキュン
女冒険者さんの両刃剣が、その首を刎ね飛ばした。
血が噴き、巨体が倒れる。
ヒィン
【ダークウルフのボス】
・死亡している。
(うむ)
真眼でも確認。
群れのボスを失い、残った魔物は一斉に逃げ出した。
おお、速い……。
1頭残らず、草原に消えてしまう。
馬車の乗客たちは、歓声をあげた。
御者の2人は、へたり込む。
女冒険者さんは大きく息を吐き、そんなお母様に幼女が駆け寄った。
「お母様!」
「ファナ」
ギュッ
しっかりと抱きしめ合う。
娘の温もりに、お母様も慈母の表情だ。
(うんうん)
僕も頷く。
これで、状況は一段落。
だけど、
(……僕にとっては、ここからが本番かね)
1度、深呼吸。
異世界人との初交流。
協力したし、悪い印象は持たれてないと思うけど……。
カチャッ
折れた剣は、しっかりしまう。
よし。
前を向き、僕は、馬車の方へと歩きだした。
ご覧頂き、ありがとうございました。
次回は明日、更新予定です。
しばらくは毎日更新でがんばりますので、もしよかったら続きも読みに来てやって下さいね。
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